第22話 議会紛糾

「もう、キリがないっ!」

 ラビオリはすでに十数体のゴーレムを倒している。常人が一歩進む間に十歩ぶん動くことができる疾走術の前に、魔力で動く人形など敵ではない。


 だが、それは敵がひとりか、少ない場合の話だ。

 ラビオリは気づき始めていた。軍団の中の個々のゴーレムを倒してもなんの意味もないのだ。


 ゴーレムは倒すたびに木に変わる。その木が新たなゴーレムを生む。そして、木々は互いに連なり合っていく……ゴーレムの大群が変化してできあがった森は、今やパステシュの壁を乗り越えている。


 壁の内側へ、次々に新しいゴーレムが現れてくる。

 むしろ、倒すことで事態は悪化しているとすら言える。


「避難指示を……!」

 だが、戦いを止めるわけにはいかない。ゴーレムを倒すことで、わずかとはいえその進軍を止めることができるのだ。そうしなければ、彼女らの背後にいる市民へ危険が及んでしまう。

 自警団が戦っている間に、なんとか市民の安全を確保しなければ……


(でも、どこが安全だというの?)

 無限とも思えるゴーレムの軍勢を前に、どこまで下がれば市民を守れるのか。

 ヒステリックな思考が頭の中を駆け巡るのを、ラビオリはなんとか押さえ込んだ。


 急速に森は拡大していた。ビスケットにアリがたかるように、街を木々とゴーレムが呑み込んでいく。


 さすがのラビオリも、焦りを感じ始めていた。いったい何と戦っているのか、全容をつかむことができないのだ。


 街が襲われている。いったい何のために?


 敵らしきものは何も言っていない。まるで、ここにこの街があることが邪魔で仕方ないとでもいうように、ただ攻撃してきている。


 さらに二体のゴーレムを斬って伏せながら、ラビオリは思った。

(わたくしたちを敵だと思っていないんだわ。上から見下してきている。卑劣な戦い方)


 その怒りが勘を鈍らせた。足元から生えてきた植物に足を取られて、ラビオリの体がつんのめる。転ばないようになんとかこらえたが、疾走術は解かざるを得なかった。高速で地面に体をぶつけることになってしまうからだ。

 動き続けていたラビオリの動きが止まった隙に、ゴーレムたちは非生物的な動作で取り囲んでくる。


「く……っ!」

 視線で見まわす……ラビオリがいる場所は最前線だ。前面は森と化して、左右をゴーレムに囲まれたら、後ろに下がるしかない。だが、後ろに下がってしまえばさらに戦場がひろがってしまう。


(やるしかない……!)

 ラビオリが不退転の決意で剣を構えなおした時……

 とつぜん、視界の右側に猛烈な炎が噴き上がった。


「っ!」

「《イグナイト》!」

 聞き慣れた声とともに、左にも炎が上がる。とっさに後ろに下がると、すぐそばに見慣れたしっぽ族が二人。


「大丈夫ですか、ラビオリさん」

 マリネが青い髪を抑えながら、ラビオリを守るように一歩踏み出した。視線の先では、ゴーレムたちが炭と化して崩れていく。


「危なかったね、ラビオリ」

 赤い髪のグリエがほっと息をついていた。その顔を見た途端、ラビオリは保留していた問題を思い出した。

 この戦いを挑んできた相手に対する、劣等感じみた怒りも吹き飛んでいた。


「あなた! わたくしの指輪をすり替えたでしょう!」

「あっ、やっぱりバレてた」

 バツが悪そうに、グリエが尻尾を左右にくねらせる。戦いのさなかだというのに、緊張感の欠片もない。


「ご、ごめんね、だって、必要だったから」

「『バレてた』って言ってから謝っても遅いですわ」

 つられて、ラビオリも声を高くした。曇っていた視界が急に広がったような気がしていた。


「そうだよグリエ、態度は言葉よりも大きな影響をもたらすんだから」

「だいたい、あなたは昔から自分のことばかり!」

「わー、もー、だからこうやって責任を取ろうとしてるんじゃん!」

 二人がかりで責められて、グリエは自分を守るためにぶんぶんと両手を振った。


「責任ですって? まさか、あなたがこの事態に関係してるんですの?」

「そう、全部こいつのせいだ」

 グリエの肩から顔を出した妖精が、不機嫌そうに目を吊り上げていう。


「全部じゃないけど」

 グリエは所在なさげに目を泳がせてから、じ、っとラビオリの目を見つめる。

「セージの昔の手下があの指輪を使ってこれをやってる。街を守るために、ラビオリにも協力してほしいの」


「う……」

 まっすぐでつぶらな瞳に、ラビオリはたじろいだ。昔から、この目を見ると無性に庇護欲がかきたてられてしまうのだ。


「あ、あとできちんと説明してもらいいますわよ」

「もちろん! で、どうするの?」


 グリエが傍らの妖精に目を向ける。その妖精は、なぜかやたらと偉そうに、小さな指で東をさした。

「ひとっ走りしてもらう」


 🌳


 パステシュの議場は騒乱に満ちていた。


「いったい何が起きてるんだ?」

「何者かによる侵略だ。しっぽ族が文明をもつことへの罰だ」

「とにかく戦わなければ」

「あんなものと戦うことができるのか?」

「自警団がすでに戦っている。だが、敵の数は増える一方だ」

「すぐに、全員で避難するべきだ。命を優先しなければ」

「どこへ? 周辺の街に助けを求めるにも手順というものが……」


 議員たちが唾を飛ばす勢いで話し合っている。

 戦いを主張するものがいる。何よりも逃げるべきだと訴えるものがいる。ただ嘆くものもいる。

 だが、事態を把握できてるものがいないのだから判断を下せるはずがない。


 そこへ、議場の扉が開いた。一瞬生まれた静寂のなかへ、ローブ姿のリザドが姿を現した。多くの目が、同時にやってきたリザドへ向けられた。

「シュウウ殿……今までどこへ?」


 住民の大半がしっぽ族であるパステシュにとって、リザドであり、学院の創立者であるシュウウは特異な存在だった。非難と恐れが入りじまった視線を向けられている。彼女にとっては慣れたことだ。


「この事態の原因を探っていました」

 あまりといえばあまりに単刀直入な言葉に議員たちが大きくどよめく。


「東の森にはエルフの遺産が残されています。あるエルフがこの遺産を解き放つカギを手に入れ、起動してしまいました。いま街を襲っているのは、その遺産によって生み出された魔法の人形、ゴーレムです」

 迷いのない口調。議員らは顔を見合わせた。


「どこからそれを知ったのですか?」

「遺産のカギを手に入れた冒険者からです。潜伏していたエルフがそのカギを奪い、森の奥にある兵器を起動しました」

 シュウウはなるべく端的な事実を伝えるように努めていた。正確な事情を伝えるのには多くの時間が必要だ。それに、余計なところを詮索されるわけにもいかない。


「エルフの兵器だって?」

「そんなものが起動したら、勝ち目が……」

「いいえ」

 議員たちが望みを失うよりも早く、シュウウは力強く、しずかな声で答えた。


「私の友人が事態の解決に向かっています。私たちにできることは、それまでこの街を守ることです」

「しかし、やつらは倒すたびに増えるんだ。守りようがない」

 大柄なしっぽ族がうなった。彼は議員であり、自警団の一員でもある。


「火を使います」

 全員の注目を集めるように、指を立てて告げる。


「木でできているのだから、ゴーレムを火で倒すことができれば森林化を止められます。私はこの目で見ました」

「なんと……しかし、街に火がついたら?」

「そうならぬよう、連帯する必要があります」

「火が燃え移らないよう、家を解体する必要もあるか」

 石工職人の親方が、ぐるりと肩を回した。


「やりたくはないが、やるしかなさそうだ」

「火をつけやすくするための灯油を用意しないと」

「今は魔法灯の方が主流だから灯油はなかなか……」

「なんとかかき集めないと」

 大急ぎの議論が展開していく。そそっかしいが、目のまえの事態に積極的に挑んでいく姿勢はしっぽ族の美点だ。


「こんな時に、議長はどこへ?」

 ふと、誰かが声を上げた。本来なら、議長が座るべき席は空席になっている……議長であるブルギニョンがいないからだ。


「それが……今朝から姿が見えないんです」

 議長席の傍らに所在な下げに立っている青年、ムニエルが目を伏せる。


 議員らの間に、不安が合ひろがっている。シュウウはわずかに逡巡した……真実を告げれば、彼らの気力をくじくわけにはいかない。


「彼は、東の森にいます。この事態に深くかかわっているのです」

「おお! さすが議長だ!」

「解決のためにうごいてくれているのか!」

 しっぽ族のそそっかしさは美点でもある……だが、少々思惑通りになりすぎるようにも思う。


(悪い影響を受けていますね、私も)

 多少の罪悪感をおぼえながら、シュウウは目立たないように、ゆっくりとムニエルへ近づく。セージの言うことが確かなら、彼はしっぽ族に姿を変えたエルフのそばにいて、騙され続けていたことになる。この街そのものがカルダモンによって作られたのだとしたら、だれがそのことを責められるだろう?


 ムニエルは、不安げに眉をしかめていた。

「ギルド長のこと、本当ですか? 僕には何も……」


「詳しいことは、後で説明します」

 彼にだけ聞こえるように、シュウウは静かに言った。


「グリエも森に向かっています。彼女を信じてあげてください」

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