第19話 戦いの始まり
「カルダモンが王の指輪を手に入れたとすれば、まずいことになった」
セージはこめかみを押さえながら、長々とため息をついた。
「あの指輪は鍵に似た性質がある……と、言ったな?」
妖精がちらりと目を向けると、マリネはそっとうなずいた。
「多くのエルフの魔道具には、特定の手順や詠唱などが求められます。あるいは、魔力の親和性が。でも、あの指輪にはそれらの認証課程を経ずに道具を使える力がありました」
セージにとっては、『王の指輪』についていまさら説明してもらうまでもないのだが、マリネが正しく効果を理解しているらしいことがわかった。シュウウは生徒の聡明さに満足するように、細いあごを撫でている。
「俺は王だったからな。いちいち細かい手順を飛ばせるようにした。でもそれだけじゃない。王の指輪がなければ起動できないものも作った」
セージは少々言いにくそうに、わざと咳払いをした。このことは、かつての王国でも一部の者しか知らせていなかった。
「つまり……他の王国に対する備えになるような……」
「戦略兵器、ですか」
シュウウが問い詰めるように短く聞いた。妖精は両手を振り上げて、どうしようもなく肯定した。
「そうだ。まだ生きているなら、指輪の持ち主はそれを起動できる」
「それは、どこにあるんですか?」
「『樫の宮殿』の地下にある。俺がカルダモンなら、今頃……」
セージがつぶやいた時、かん高い鐘の音が街に響いた。
警鐘だ。街に危機が迫ったときにのみ鳴らされる決まりになっている。
「まさか、もう……」
マリネは髪だけでなく顔まで青くしている。
「それはどのような兵器なのですか」
もはや隠し立てしている場合ではない。セージは肩を落としながら、東……森のある方を睨みつけた。
「増殖要塞ティーゼローファ。大陸を森で埋め尽くすことができる」
🌳
「まったく、なんでこんな時にかぎって……」
ハシゴに手をかけながら、ラビオリはつぶやいた。
ラビオリはパステシュの自警団の一員だ。もしも街にとって危険が迫ったときには、住民のために戦うことを誓っている。誓いは彼女の個人的な事情よりも優先される。
とはいえ、実際に「戦い」が起きることはあまり多くない。過去、街ができたばかりの頃には近隣の魔物が街を襲うこともあったらしいが、現在ではわざわざパステシュの壁を崩そうという魔物の集団が現れることは、ほとんどない。
ラビオリが学院を卒業し、自警団に所属するようになってからは初めてのことだった。
壁の上には、すでにかなりの数の自警団がそろっていた。魔法使いも幾人かいる。壁の上で横並びになって、街の東に目を向けていた。
「森で何かあったんですの?」
「何かもなにも。ごらんのとおりだ」
自警団員の肩の間から顔をのぞかせて、ラビオリもそちらに目を向けた。
「森が動いて……?」
自分が見ているものがなんなのか、しばらくの間わからなかった。地面を緑色のなにかが多いつくし、ざわめきながら動いている。いや、よく見ると、それは直立した木々だ。
ねじれた木が人間の姿になっている。木工細工の人形のようだが、もっといびつで、強引な形だった。頭に枝が生えたままのものもいるし、尻尾のように長い尾を引きずっているものもいる。さながら、森に落ちている枝をくっつけて組んだような姿だ。ただし、一般的なしっぽ族よりも一回り大きい巨体だ。
そんなものが100体以上も、まっすぐに街を目指している。ラビオリが泡を食ったのも無理はない。
「なんですの、あれは!」
「わかりませんか。ラビオリさんは学院の卒業者でしょう」
「わたくしにもわかりませんわよ。あんなもの、初めて見ました」
のそのそと不恰好に歩き続けるなにかの群れを睨みつけ、ラビオリは考え続けた。
「五王国時代に作られたというゴーレムに似ていますけど、あんなに大量にいるのは……不自然ですわ」
ゴーレムは作るのにも動かすにも魔力が必要なのだ。あれほどの量を一度に動かすための魔力がどれほどになるか、想像もつかない。
だが、ひとつはっきりしていることがある……
この街は危機にさらされている。
ラビオリは壁の上にすっくと立ち、手のなかの剣をふりあげた。
「これは警告です。あなたがたは自治都市パステシュに接近しすぎていますわ。正当な手続きを踏まずにこれ以上の接近を続けるなら、敵対の意思ありとみなして攻撃します。わたくしが十数える間に足を止めなさい!」
木組みのゴーレムたちに向けて叫ぶ。だが、不揃いな人形たちはその声をまるで無視して歩み続けた。
今や、お互いの顔が視認できる距離だ。もっとも、ゴーレムたちには顔らしい顔はない。ますます不気味に思えて、ラビオリの本能は警戒を強めた。
「……三、二、一……警告は終わりです。自警団、構え!」
壁の上に並んだ自警団員が、一斉に武器を構える。手持ちの投石器を使うものが多かったが、中には弓もあった。
「撃て!」
ラビオリが叫ぶと同時、いくつもの石と矢が放たれた。それらは壁の上から降り注ぐようにゴーレムの集団へと飛来し、不気味な人形を打ち据える。頭や胴にいくつも打撃を受けたゴーレムは、その体を構成する木々がばらばらに別れて地面に崩れた。
「第二射の準備を!」
今の斉射で倒せたゴーレムはせいぜい十体というところか。集団が壁に着くまでにあと二度は同じように撃てるだろう。壁に取りついてきたとき、どうするつもりなのかを探らなければ……。
ラビオリがそんな風に考えていた時だ。
「なんだ? おい、あれ……」
自警団たちがざわつく。指さす方向には、今まさに倒されたばかりのゴーレムが倒れていた。たおしたはずのゴーレムがいた場所へみるみるうちに枝を張った木が生えてきている。地面に根を張り、分厚い樹脂に覆われた、立派な木だ。
一体だけではない。倒されたゴーレムの数だけ、その場に新たな木が生えてくる。そのうえ、倒された木々は互いに根を広げ、絡み合わせていく……そして、その枝がバキバキと音を立てて組み上げられ、新しいゴーレムが生まれた。
「た、倒したゴーレムから新しいゴーレムが生えてきやがる」
おびえの混じった声が自警団員たちの間から上がる。
「手を止めてはいけません。第二射を放つのです!」
はっきり言って、ラビオリの理解を超えていた……それでも、この突然現れた侵略者たちと戦わないわけにはいかない。パステシュに戦う訓練を受けたものは、この自警団しかいないのだから。
🌳
「五王国を構成していた種族は、世界とつながっていた。ドワーフは洞窟、リザドは湿地、ネレウスは海、オーガは荒地……そして、エルフは森から魔力の恩恵を受けている」
セージは空中を漂いながら話しを続けていた。森に近い方向から、何やら騒ぎ声が聞こえる……あまり、時間に猶予はなさそうだ。
「それで、土地を奪い合ってたんですか?」
マリネはいまいちぴんと来ていないようだ。しっぽ族は自分のなかの魔力しか扱えないのだ。
「そうです。ドワーフが穴を広げたり、ネレウスが陸を減らすことを他種族は恐れていました」
「おたがいにな」
やれやれと首を振るセージが、ひとつ、指を立てた。
「そこで、俺は世界を悩ませる土地問題を解決してやろうと思った。そのために作ったのがティーゼローファだ」
「要塞、なのでしょう?」
「そう。仕組みは単純だ。まず森の一部をティーゼローファにする」
「なんですか、その『ティーゼローファにする』って」
「高度な魔法理論だ。細かい説明は省略する」
不満そうなマリネに対して、セージはいいから聞け、と言わんばかりに首を振った。
「ティーゼローファは周囲の木と魔力を元にゴーレムを造り続ける。あまり強くはないが、このゴーレムは生きた木でできている。敵地に乗り込んで倒されると、その場でふたたび木に戻る」
シュウウの目もとがぴくりとひきつった。
「つまり、何十体ものゴーレムが倒されれば……」
「そこは森になる。森にしてしまえば、エルフにとっては戦いやすい環境だ。争いには有利になるし……同時に、新しくできた森はティーゼローファの一部でもあるから、新しいゴーレムをその場で作ることができる」
「そのゴーレムがまた進軍して、倒されたら……」
「そこも森になる」
「土地をめぐって戦っている最中から、その戦地を自分のモノに取り込んでいく、というわけですか」
シュウウの指摘に、セージはうなずいた。
「そうだ。森が増えればティーゼローファの扱う魔力も増えていく。加速度的に大陸は森に埋め尽くされ、エルフが勝利する。もちろん、他の王国が降参すれば止めるつもりだった……俺が最も偉大な王であることが証明できれば、それ以上は戦う理由もないからな」
「あなたという方は……いえ、いいでしょう。過去の過ちを糾弾するべき時ではありません」
「その通り。問題は、そのティーゼローファをカルダモンが手に入れたってことだ。長らく失われていた王の指輪と一緒にな。奴の狙いは、おそらく……」
「世界征服って言うんですか? まさか」
怪訝そうに眉をひそめるマリネ。だが、セージはその反応を一笑に付した。
「五百年も待ちかねてたんだ。あいつは唯一の王になるつもりだ……かつての俺と同じように」
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