第10話 一難去ってまた一難
「本気なの、セージ?」
「当たり前だ。お前にとっては使命なんだろ?」
十歩の距離を取って、二人は向かい合っていた。
試験は、次が最後の一回。その一回を確実に成功させるため、セージは彼が言う「秘策」を実行していた。
セージはロウソクのすぐ前に浮かんでいる。白いロウソクの半分ほどが、フェアリーの体で隠れていた。
「だったら、俺を傷つけられないはずだ」
先ほどのような火線をグリエが放てば、セージの体も巻き込まれ、命に関わることになるだろう。もし一度目のように巨大な炎なら、跡形も残らないかも知れない。
「使命は信じてないんじゃなかったの」
「他人が信じてるなら、それは利用させてもらう」
「それで、あたしにプレッシャーばっかりかけるのぉ?」
「その通り。あの像は絶対に必要だ。俺を封じたカルダモンの魔法がかかっている。俺がこんな姿になった理由にもかかわってるはずだ。それを手に入れて調べないと、元の力を取り戻す方法は分からないし、仮に戻れたとしてもだれかにまた封印されるかもしれない。あれは俺が手に入れる必要がある」
セージはロウソクのすぐ前にあぐらをかいて浮かんだ。グリエから見て、白いロウソクの下から三分の二ほどが、セージの体で隠れている。
グリエが先ほどと同じように火線を放てば、ロウソクの前にいるセージも火だるまになる位置だ。
「だから、俺にはこのために命をかける理由がある。お前はどうだ?」
妖精の小さな瞳がしっぽ族をまっすぐに見つめる。
グリエは胸の真ん中を押さえながら、ふいごのようゆっくり、そして力強く呼吸した。
「あたしは使命をかける。この一年、ずっと足踏みしてきた。でも、そうじゃなかったらセージには会えなかった。本当はたまたまだったとしても、あたしは、あたしのために今があるって信じたい」
グリエは自分の胸に手をかざした。オレンジ色に逆巻く魔力をすくい上げて、ぎゅっと握りつぶした。それは無造作に広がって、その一部が火の粉に変わって飛び散った。
「……」
シュウウの視線は、生徒ではなくロウソクへ……その前の空中に鎮座する妖精へ向けられていた。セージはオレンジの光に照らされながら、不敵に笑みを浮かべていた。
「火をつけるなんて簡単だ」
「うん」
グリエは飛び散る火の粉の一つに指をかざした。ぽっ、とその指先に炎がともる。爪の先ほどの小さな炎。
(使命があたしを導いてくれるなら、この炎は必ずあのロウソクに着くはず……)
指をまっすぐに立て、腕を伸ばす。指先の炎が、ずっと先のロウソクと、その前のセージに重なった。指の横から、セージの小さな翅が少しだけ見えた。
(ううん。もう着いてる)
その時初めて、グリエは自分のなかの魔法を信じた。彼女を苦しめてきた炎が、現実に作用するためのものなのではなく、現実そのものなのだと直感した。
とても澄んだ感覚だった。現実の方が炎に従ってくれると思えた。
指先にともった小さな炎がグリエで、グリエが炎だった。
「ふっ」
と、小さく息を吐いた。
それだけだった。皆が……シュウウを除いた全員がグリエを見ていたから、沈黙が数秒続いたあと、ほとんど全員が同時に気づいた。
炎はグリエの指から消えて、代わりにロウソクに灯っていた。
わっと歓声と驚嘆が入り混じった声が広がった。
「ぷは」
息を止めていたらしい。セージは落ち葉のように床に降りて、大きく息を吐き出した。もっとも、セージが大きく息を吐いても小さいのだけど。
「ひやひやさせるなよ」
「ひどい。信じてなかったの?」
グリエが駆け寄って、両手でセージを抱え上げる。
「これで可能性が上がるとは思ってた」
「命をかけるって言ってたくせに」
セージの頬を指でつつきながら、グリエは微笑んだ。
「合格です、グリエ」
シュウウは黒メノウのような瞳を細めて、生徒に歩み寄っていく。その懐から、ヒビの入った像を取り出した。
「これはあなたたちのものです」
「もう調べた後か?」
セージはグリエの肩に乗って、シュウウに疑いの目を向けた。彼女が優れた魔術師であれば、この像にかかった魔法を利用されるかもしれないのだ。
「ほんの少しだけ。扱えるほどは分かっていませんよ。それに……」
「わっ」
シュウウは像をグリエに手渡してから、その手をしっかりと包んだ。
「その像は自慢の生徒に私をまた会わせてくれました。そのことの方が、像にかかった魔法よりもずっと価値があります」
「先生……」
「グリエ、使命を果たしたらまた来なさい。学院はいつでもあなたを受け入れます」
「はい。ありがとうございます」
グリエは像をぎゅっと胸に抱いて、師へと頭を下げた。
「それから、セージさん」
「なんだよ」
「グリエの純真さにつけ込むのはほどほどにお願いしますよ」
リザドは静かに言って、背を向けた。
「どういう意味?」
不思議そうに首を傾げるグリエ。セージは気まずそうに、つぶやいた。
「あいつから取り戻せて本当によかったよ」
🌳
「と、いうわけで、像を手に入れてきました!」
「お疲れ様だねー」
ぱちぱち、とマリネが手を叩く。
再び、マリネの道具屋である。
「シュウウ先生にものすごく怒られるんじゃないかと思ってた」
グリエはパンにレタスとトマトとチーズを挟んでかじっていた。遅めの昼食である。
「先生は怒ってないってずっと言ってたのに」
サンドイッチはマリネが用意してくれたものだ。二人が店に帰ってきたときにはもう作ってあった。いわく、「グリエはよく食べるのを忘れるから」とのこと。
「一度顔を出さなくなったら、なんだかもう一度学院に向かう気になれなくて、ずるずると……」
「まっ、とにかく手に入ったんだからよし、ってとこだな」
セージはちぎったチーズのかけらをほおばりながらうなずいた。この体でのモノの食べ方にまだ慣れていないせいか、白いソースが顔にべたべたくっついている。
「ふふふ。やっぱりセージにはあたしが必要だと証明されたね」
その顔を布の切れ端でぬぐうグリエ。二人とも上機嫌だ。
ちなみにグリエが勝手に使った布巾はマリネが古道具を磨くのに使っていたものだ。あまりに自然に使われてしまったので、マリネには何も言えなかった。
「それより、本題は次だ。俺がエルフの王であることを証明するには、絶対に指輪が必要だからな」
「そうだった。マリネ、指輪を買った人とは話をつけてくれたの?」
最後のひとかけらを飲み込んで、グリエが聞く。彼女はいつも食べるのが早い。
「もちろん。あ、でも、すぐに買い戻すってわけにはいかなくて……」
「おい、しっかりしてくれよ。マリネ、お前は俺に対する責任があるんだぞ」
「そうだよ。使命を果たさないと」
「お前もだよ!」
すっかり自分が指輪を売ったことを忘れたような顔のグリエの手を蹴っておく。
「最後まで聞いてよ。その人は、指輪の持ち主と話し合って決めたいって」
「俺のことを話したのか? それが『王の指輪』だと知れたら、ますます手放したがらなくなるぞ」
「は、話してないですよ。でも、もしかしたら、察してはいるかも」
「どういう意味だよ」
「はっきりとは言いませんでしたけど、持ち主がセージさんだと予測してたかもしれません」
眉間にしわを寄せて、マリネが口よどむ。
一方、グリエはやはり気楽そうに指を立てた。
「フェアリーは目立つから、街中でウワサになってるかもね。セージが現れたのと同じ日に指輪が店に並んでたわけだし」
「そのフェアリーを連れまわしてる素寒貧がいきなり羽振りが良くなったからじゃねえか」
「スカンピンって、意味わからないけどたぶんバカにしてるでしょ!」
「バカにされるようなことをしてるからだろ!」
「ふたりとも、落ち着いて」
すっかりいつもの調子でケンカを始める二人の間に(つまり、セージの前に)手を差し入れて、マリネが制止をかけた。
「とにかく、その人は直接話をすることを望んでる。お金で解決できるなら、そのほうがよかったけど……二人がその人に会わないと、指輪は返してもらえない」
「くそ、次から次に」
毒づきながら、セージはレタスに噛みついた。まだ食べている途中だったのだ。
「わかったよ。そいつと直接会って話をする。いいな?」
グリエはうなずいた。もとより、指輪はセージのものだ。どうするかに口をはさむつもりはない。
「でも、俺の事情を正直に話すとどういう反応をされるかわからないな。作戦を立てないと……」
「それには及びませんわ」
新たな声が聞こえた。二人が背中を向けている入口の方からだ。
「この図ったような登場タイミングは……」
嫌な予感に尻尾の毛を逆立たせながら、グリエはゆっくり振り向いた。
果たして、そこには予想通りの人物がいた。
「ごきげんよう、グリエさん、セージさん。マリネさんは、先ほどぶりです」
ラビオリは入り口から店内に入り込む光を背中に浴びながら、颯爽と髪をかきあげる。
「さあ、お話をしましょう」
その右手の中指に、銀の指輪が輝いていた。
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