僕とにぁーと小さな瓶
高澤 陽
第1話
2020年2月から世界的に流行し始めた新型コロナウイルスは夏になっても収束することもなく、小学5年生になったものの、閉鎖と再開を繰り返しながら、なし崩し的に夏休みに入っていた。何度目かの外出制限でサッカークラブもお休みで、ただただ退屈な夏をすごしていた。そんなある日、おばあちゃんが死んだ。
新型コロナウイルスによる肺炎で、病院に運ばれた時にはもう呼吸をしていない状態だったらしい。3年前におじいちゃんが死んだ後、おばあちゃんは僕の家からほんの10分くらいの距離にある 小さな庭があるちいさな家で独り、暮らしていた。お母さんが生まれ育った家だ。
コロナウイルスが流行するまではお母さんはしょっちゅうおばあちゃんの家に行っていたし、おかし目当てに僕もよくついていっていた。
おばあちゃんは僕がサッカークラブの話や友達とするゲームの話を本当にうれしそうに聞いてくれて、いつも「よく頑張っているね。えらいね。大好きだよ」と言ってくれた。
でも、コロナウイルス対策で緊急事態宣言が出た頃からお母さんが「おばあちゃんに感染したら大変だから」と僕がおばあちゃんに会いにいくのを禁止した。
だからもうずっとおばあちゃんには会っていなかった。
コロナウイルスで亡くなると最後のお別れもできずに遺骨だけが返される。
知らせがはいってから2日ほどたって、ようやくおばあちゃんの遺骨とちいさな猫を連れてお母さんが帰ってきた。
子猫は1ケ月ほど前におばあちゃんが飼い始めた野良猫の子どもだ。ある時、おばあちゃんの家の庭を通り路にしている野良猫が置いて行ったらしく、にぁーと呼んで可愛がっていた。自粛期間が終わったら会いにいく約束をしていたのだった。
茶トラのまだほんの小さな猫は僕が頭をなでるとひざの中にすっぽり入って甘え始めた。
「にぁーはきょうからうちの子だよ」僕が言うとにぁーは僕をじっと見て「ありがとうにゃ」と言った。「え!にぁー今しゃべった?」
びっくりしてにぁーをみるとにぁーもびっくりしたように僕を見返してきた。
「あんた 猫語がわかるにゃか?」
確かににぁーがしゃべっている。
しかもしゃべり方がおばあちゃんっぽい。
「え~っと、もしかして、おばあちゃん・・・なの?」
恐る恐る聞いてみる。そんなはずないだろうと心の中で自分につっこみながら、でもにぁーはキラキラした真ん丸の目をして僕を見ながら又返事をしたのだ。
「正解にゃ!さすがわたしの孫にゃ!」
にぁーが話す、おばあちゃんの話はこうだった。
あの日、おばあちゃんが亡くなった日、もう死ぬのだとわかった時におばあちゃんは強く強く心の中で叫んでいた。「まだ死ねない!あれを掘り出さないと!」その時だった、にぁーが人間の言葉で言ったんだそうだ。「しばらく私の体を貸してあげる。魂が彼岸に渡るまでの間。おばあちゃんがしなくちゃいけないことをちゃんとできるまで、貸してあげる」と
半身半疑の内に意識を失い、そして気づいたら体がにぁーになっていたという。
「それで おばあちゃんが掘り出したい事ってなに?」
僕が聞くと にぁーは急に僕の膝の間からでて少し距離を取ろうとした。そのにぁーを両手で捕まえて引き寄せる。
「おばあちゃん 僕も協力するよ。何を掘り出すの?」
僕の目をじっと見つめて、それから覚悟を決めたように口を開いた。
「K市にある 藤川小学校の楠の木の根元に埋めた小瓶を掘り出したいのにゃ」
「小瓶?K市って隣の県の?」
にぁーは神妙にうなずいた。
「彼岸に行くまでにはこの子の足でも行ってこれるかもと思ってるにゃ。」
にぁーはそう言うと大きな欠伸をし始めた。
もっと聞きたいことがあったけど、もうにぁーはうとうとし始めて、僕の手の中で寝息を立て始めてしまった。
翌朝目覚めると、にぁーはおかあさんが用意した 猫用のごはんをもらって一心不乱に食べていた。
どこからみても普通の猫だ。昨日のあれは夢だったのか。
「やっと起きてきた。早くごはん食べちゃって。」
いつものようにお母さんに言われて朝ごはんを食べながらそっとにぁーの様子を窺う。
にぁーはぺろりとごはんを平らげると大きな声で「ごちそうさまにゃ!」とはっきりと人間の言葉で言ったのだ。やっぱり夢じゃなかった。
「あら、ちゃんとご返事してえらいねぇ」お母さんは驚きもせずにそう言ってにぁーの頭をなぜてやっている。お母さんにはただの猫の鳴き声にしか聞こえないらしい。にぁーはひとしきりお母さんに甘えてから僕の足もとにやってきた。
「待ってて すぐに準備するから。僕が連れて行ってあげる。」僕は決心した。
おばあちゃんの願いを叶えるんだ。
お父さんとお母さんが仕事に出かけてしまうのを待って、準備に取り掛かる。スマホで場所や行き方を検索しておく、今は不要不急の外出禁止令がでていて電車やバスは使えないので自転車で行くことにする。片道60km 今日も暑い日になるけどサッカーで鍛えているから自信はあった。おこずかいをありったけと水筒に冷たい水を入れて、帽子とマスク、掘り出すときに使うガーデニング用のスコップも持った。
にぁーはリュックにいれて、顔だけ外に出せるようにした。にぁー用に保冷剤も多めに入れておくことにする。
自転車に乗りもう一度スマホで地図を確認して、漕ぎ出す。夏の太陽がもう地面に照り付けていた。
さすがに 夏の日差しの中60kmを自転車で行くのはきつかった。何度か休憩して、水分と塩分をとりながら、汗だくになってようやくk市に着いた。にぁーはリュックから顔だけだして風に吹かれている。K市は古い町で道が入り組んでいてわかりにくい。スマホの地図ではよくわからず、迷いながらもようやく藤川小学校に着いたのは出発してから5時間ほどたったころだった。
藤川小学校は廃校になっていた。まわりを工事用のバリケードで囲まれて、入り口には誘導員が立っている。どうしたものかと思っているとにぁーがリュックから飛び出して、誘導員の足もとをすり抜けて入っていってしまった。
「にぁー!」僕もにぁーを追いかけてバリケードの中に入る。後ろからおじさんが追いかけてくるけどスピードは緩めない。
そしてにぁーは1本の大きな木の根元にたどり着くとその土を掘り始めた。
僕も手伝おうとリュックの中からスコップを出したところでおじさんに追い付かれた。
「こら!何してるんだ!」おじさんが大きな手で僕の腕をつかむ。
「お、お願いします!この下に埋まってる小瓶を掘り出したいんです!おばあちゃんが!
死んだおばあちゃんが成仏できないんです!おばあちゃんが独りで死んだとき僕は何にもしてあげられなかった。こんなに早くお別れするんならもっと、もっと、感染予防とか言ってないで会いに行ってあげればよかった!だからせめておばあちゃんが最後に望んだ事をしてあげたいんです!お願いします!」
僕は自分でも信じられないような大きな声でおじさんに向かって叫んでいた。
涙と汗で顔はぐちゃぐちゃだった。おばあちゃんへの思いで胸が苦しかった。
僕の剣幕におじさんはびっくりしたような顔で僕をつかんでいた手を放してくれた。僕はすぐに土を掘り始める。でも土は固くてなかなか掘れない。
おじさんが「どきな。そんな小さなもんじゃとても無理だ。よくわからんが何か事情があるんだろう。おじさんが掘ってやるから見つけたらすぐに出ていくんだぞ」
そういうと、大きなスコップでざっくざっくと掘り始める。2,30cmもほったところで土に汚れた透明の瓶がでてきた。
「あった!」それはちいさな瓶で中に白いものが入っていた。
その時起こった事はにぁーがしゃべり始めた事よりも不思議な事だった。
そこにいたのは子猫のにぁーではなく、たしかにおばあちゃんだった。おばあちゃんはその瓶をとても愛おしそうに救い上げると胸に抱いた。そして「よかった、ありがとう」と優しい声で言ったのだ。それを僕とおじさんははっきりと聞いたのだった。
おじさんはとても不思議がっていたけど、うれしそうに笑ってくれた。
そのあと、僕はおじさんにお礼を言って、子猫に戻ったにぁーと小瓶をもってまた数時間をかけて家に帰りついた。
すっかり遅くなったのとお母さんに内緒で出かけたことでものすごく怒られたけど僕は小瓶をお母さんに渡して、帰り路でおばあちゃんに聞いた話を伝えた。
小瓶の中にはいっていたものは お母さんの兄弟の骨。おばあちゃんがまだすごく若かった時に望まれない形で生まれてすぐに死んでしまった赤ちゃんの骨のかけらをおばあちゃんが小学校の木の下に埋めたのだった。こんな形でなければきっと大きくなって楽しい時間をすごすはずだった小学校にかけらでも残したかったのだと。おばあちゃんは言った。
でも、ニュースで藤川小学校が閉校になって、取り壊しが始まると知って、どうしても掘り出さないといけないと、思っていたところに急に具合が悪くなってしまった。
そしておばあちゃんは自分の骨と一緒にしてほしいとそう望んでいた。
そのことをお母さんに伝えるとにぁーはするりと僕の腕の中から抜け出すとおばあちゃんの骨壺のそばまで行ってちょこんと座り、僕の方を振り返った。
「ありがとうにゃ。本当にがんばったにゃ。これからもずっとずっと大好きだにゃ」
そう言うとにぁーから白く光るもの たぶんそれはおばあちゃんの魂が抜けるのが見えた。
お母さんも普通では信じられないものを見て、ただただびっくりしていたけど、僕の話も全て信じてくれた。
これがこの夏に起こった事。
僕とおかあさんとあのおじさんだけが信じている不思議な出来事。
にぁーはもう人間の言葉は話さないけど 僕の家で元気に過ごしている。
僕とにぁーと小さな瓶 高澤 陽 @u-chanxxx
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