大嫌いな男に恋をした〜ノンフィクションの夏物語〜

ミナミフユミ

第1話


「お前、鉄人28号みたいやな。」


アメスピの煙が銀色のラックと薄い布団だけの部屋に広がった。




人口三千人にも満たない島でリゾートバイトを始めて既に二か月。やっとこの湿度と仕事にも慣れてきたが、ヤモリの大音量の声で起こされる朝にはまだうんざりしていた。


こういう島での派遣は数ヶ月ごとに若者が入れ替わる。今回来たのは身長180cmのスタイル抜群で私史上最高に完璧な腰のラインを持つ男、葉山。


外見はドンピシャな葉山のことは、最初こそあの夏の終わりの歌手に似てる!だのと同期の結花と盛り上がっていたが、そんなのは最初だけで働き出せば毎日イライラさせられていた。



何なのあいつ!ちゃんと弁当説明しろよ!話してても意味わかんない所で切れるし早く契約も切られろ!


結花にぶつけるそんな愚痴が日常になっていたある日、寮の男版お局的な阿子嶋さんの部屋で恒例の飲み会があった。


39歳らしい阿子嶋さんは、いつも私達と同年代のように若者言葉で武勇伝や恋愛トークを始めるが、一回り以上年齢の違う私達からすれば完全なおじさん(=恋愛対象外)の話は痛々しく、皆からはいつも影でいじられていた。


でも、葉山は違った。


阿子嶋さんのことを突っ込みつつ、でもどこか尊敬しているような眼差しを注いでいて、それがまた意味がわからなくて無意味にムカついていた。



今日も酔っ払って何度も同じ話をしだした阿子嶋さんがトイレに立った時、向かいに座っていた楠木が阿子嶋さんのマネをして小さな笑いが起きた。


「てか葉山ってさ、なんであんな阿子嶋さんの肩もつの?」


一緒になって半笑いで聞けば、は?とまた地雷を踏んだようだ。


「橘さんにはきっとわからないでしょうね」


「わかんないから聞いてんでしょ」


「うざ」


「はぁ!?なにその態度!?てかあんたさ、お客さんにもそういう態度でてるからね!?」


「でてへんし。」


「弁当の説明だって逃げてばっかで、他の人はみんなちゃんとやってるからね!?」


「おいおいお前らなにやってんだよ〜喧嘩すんなら外でやれよ〜」


自分がそのきっかけを作ったことなんて全く気がづいていない阿子嶋さんは、トイレのドアを閉めながらシッシと手をやった。


「あーじゃあいいよ!外行こうよ!あんたに言いたいこといっぱいあるし!!」


「……………いいっすよ。」





お酒もあって日頃のストレスが溜まっていた私は勢いよくワンルームを出た。

すぐ外に木の古びたベンチがあって、飲んでいた缶ビールを片手にドスンと座れば、同じく片手に缶ビールを持った彼が少し隙間を開けて隣に腰掛けた。



「大体さ、あんたこないだもお客さんの残したおかずつまみ食いして他のお客さんに見つかって怒られてたよね!?」


「あーありましたね」


「あれなんて言われてたの?」


「お前、今なんか食ったやろ、って。」


「で何て返したの」


「……パインです。って」


「いやそこはすみませんでしょ!何やってんの本当に!?」


「でも、パインか、ならええわって言われましたよ」


「いや良くないし!はぁ!?そのお客さんも意味わかんない!てかさ、弁当説明いい加減やんなさいよ!」


「意味ないから嫌です。お客さんも女子が話した方が絶対嬉しいですもん」


「だからそれが逃げてるっつってんの!他の男子はやってるから!」


「だからなんなん?みんなやってるからやるってアホちゃう?お客さんのこと考えんなら女子一択でええやろ」


「だからそういうことじゃなくてさ!仕事じゃん!」


「矛盾してますね。」


「男子の声の方が聞き取りやすいっていう人もいるから!」


「………え、そうなんすか……………」


「そうだよ!おばあちゃんとか若い男子が話すと喜んでるもん!」


「………じゃあやります。」


「………っえ…。やるの……?」


「はい、教えて下さい。」


「………あ、そう……………………、、」


「なんすか」


「いや、急に素直だなぁと思って……」


「だって男の方がいいって人いるんすよね」


「………なんか、すごいね」


「?」


「私だったら意地になって、それでもやらないっていいそう。そういうとこすごいわ」


「……………何すか急に………」


「いや本当に、ごめん私ただやりたくないから逃げてるだけだと思ってた。ごめん。」


「……そんな急に誉められると調子狂うんですけど………」


「別に褒めてないし思ったこと言っただけ」


「……………」


「……じゃあ阿子嶋さんのことは何であんな好きなの?」


「あの人はすごい人ですよ」


「すごい?」


「阿子嶋さんのビール、良いって言われてみんな自由に飲んでますけど、飲め飲めって笑顔で若い子に奢りまくって、あれ結構な額だと思いますよ。いつも来たばっかの慣れてない子も強引に呼んで、みんなが仲良くなったのってあの人の部屋でじゃないですか。」



「……………確かに………、、」



言われてみればみんなあの部屋で繋がって仲良くなった。

そして葉山は、いつからか自分の部屋からビールを持ってきていて、たまに差し入れとして6缶入りビールを渡したりしていた。




あぁ、私は本当に……………




それから素直に奴を認めて、嬉しそうに照れられて、色んな話をして、関西出身の彼の話は面白くて、笑って笑って、話し足りなくて、もう寝ましょうと言われるのが嫌で我慢していたトイレに限界がきて、ごめん行ってきていい?と聞けば、いいですよ、と優しく笑ってくれて


戻ってきた時に遠くから見た、満天の星空を見上げている顔が優しくて、また何事もなかったように話の続きをするのが楽しくて、結局その日は陽が昇るまで話し続けた。








「おはようございます、みゆきさん」


「あ、おは………」


翌朝、初めて向けられた笑顔に、胸がギュン!と鳴った。


え?なに?いまのなに?



「みゆきさん」


「えっ!?」


「弁当説明のカンペありますか?」


「あ、あるっ、待って。」


自分で喋りやすく改訂したカンペを渡せば、おぉっと声があがった


「これすごいっすね自分でやったんすか?」


「うん……もう覚えたからあげるよ」


「あざーす」


だめだ、うそ、嫌だ。



その日は一日中ドキマギしていて、それでもヘタクソな葉山の弁当説明が終われば、頑張ったねと先輩風を吹かせて背中を叩いた。







………これが、落ちるってやつか……



ベッドに仰向けになって燻んだ天井を見上げれば、四六時中離れない彼の顔がまたよぎる


せっかく分かり合えたのに。恋愛なんかにしたくない。



押し殺した気持ちを嘘にしたくて胸を叩くけど、好きだ好きだと叫ぶ心は止まってくれない。


わかった。もう、好きだ。認める。


でも、言わない。絶対。





そんな日々が続いて、朝番の仕事を終えて寮に帰れば、今日彼が休みだったことを思い出す。

もう一人の私が、行けよ!ほら!行きたいんでしょ!?と中からうるさく叩く



「ん、なに?」


ドアをノックすれば、黒いタンクトップ姿の肉体美が出た。


「あのー………遊ぼ?」


「あー今ラック買ってきて組み立ててんねん」


「ふーん……………」


「……………な、虫入るから入るか帰るかどっちかにしてくれへん……」


葉山はこんな大自然のど真ん中みたいな島に来たくせに、虫が大の苦手だ。



「あー……、じゃあ……」



あぁあどうする!?いく!?やめる!?



「っ、おじゃまします…………。」


「……おっ……、入んねや……………、、」



二人きりの部屋。銀色のラックはキャスター部分が入らないらしく、苦戦している葉山をじっと見ていた。


「……手伝う?」


「んー………」


勝手に手を伸ばして押さえながらキュルキュル嵌めてみれば、案外簡単にはまった。


「おぉ女神!」


「あははは何女神って」


「ラックの女神やん、な、反対もいける?」


「おっけー」


そうやって完成したラックに下着やらタバコやら制汗スプレーなんかを綺麗に並べていく


「これお香?」


「ええ匂いやで。服につけんねん。」


「え?お香の匂いを?そうやって使うの?」


そういえば彼からはいつもほんのり良い香りがしていた。




敷きっぱなしの布団に座ればテレビの音だけが響く。


「……………結花とか呼ぶ?」


「なんで」


「………結花かわいいじゃん」


「かわいいですけど、別に今はいいですよ」


「じゃあどんな子すきなの?」


「痩せてる子。」


「……………へぇ……」


だんだん座ってるのがしんどくなってきて、寝転びながらテレビだけを見つめる。私には彼の背中も見えているのだけど。


帰れとも言われないし、帰りたくもない。

あーいつまでいていいのかな、なんて思えば、目の前にある背中に抱きつきたくて抱きつきたくて仕方なくなる。


こんなに近くにあるのに、なんで出来ないのか?いや、出来るよね…………?



考えるより先に身体が動いた。



一瞬彼の背中がビクッと揺れた。




「……………みゆきさん」




あれから呼ばれるようになった下の名前に、未だにさん付け&敬語なのは、上下関係に厳しい環境で生きてきたんだろう彼のバックグラウンドを想像させる。



「………俺、みゆきさんのこと……………、好きになっちゃいそうです………」



都合の良い言葉が聞こえた。



都合が良すぎて、広い背中が心地よすぎて、ただ目を閉じる


「……………みゆきさん?」


「…なに……………」


「…………あの………、俺いま好きになっちゃいそうって言ったんですけど……………」



「……………なっちゃいそうって何。」


「……………」


「……………好きだよ葉山。」



言ってしまった。


だって、こんなの。



ゆっくりと振り向いた葉山は、嬉しそうな顔で、俺も。と笑った。


向かい合ってぎゅうっと抱きつけば、あぁこの瞬間を録画して何度でも体感できるようにしたら、この先の人生ずっと生きていけるだろうなぁなんて考えていた。








〝鉄人28号〟で検索すると長い手足にむっくりとした身体のキャラクターが現れた。


だから私は走っている。このクソ暑い島のクソ暑い夏を。

どんなに時代が新しくなっても関係なくあり続ける見慣れない猫の標識と、山と海に挟まれたこの信号の無い道を。


アラレちゃんみたいやな、と笑われながら。


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大嫌いな男に恋をした〜ノンフィクションの夏物語〜 ミナミフユミ @minamifuyumi

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