妖狐の執事はかしずかない 古河樹「光舞う日に再会を」

光舞う日に再会を



 ずっと以前から約束していたんだ。

 遠くの街に旅立った、親友と。

 いつかきっと会いにいくよって。



 高町たかまちはるかは細身で中性的な少年。

 高校生の時、ゆえあってあやかしの問題を調停する屋敷――黄昏館の当主になった。


 多くのあやかしたちと絆を結び、主従の信頼を築いて、今も立派に街を守っている。

 そして季節は巡り、大学生になった夏のこと。


 遥は遠い南の土地にやってきた。


「えーと、たぶん待ち合わせの場所はここで合ってるはずなんだけど……」


 駅前のロータリーで周囲を見回す。

 人通りは少なく、熱い陽射しが降り注いでいる。

 遥は麦わら帽子を被った、Tシャツ姿。手には真っ白な子犬を抱いている。


「場所間違えてないよね、雅火みやび?」


 視線の先、隣には驚くほど美しい青年がいた。


「はい、広瀬ひろせ様とのお約束の場所はこちらで相違ございません」


 きらめくような銀髪は涼しげで、高級なスーツを着こなしているが、陶磁のような頬には汗一つかいていない。

 それもそのはず、彼の正体はあやかし。遥に仕える『妖狐の執事』だった。


 雅火は苦笑を浮かべ、少し傾いている遥の麦わら帽子を直す。


「場所は相違ありませんが、お約束の時間には少々早いかと」

「え、本当?」

「時計をご覧下さい。あと二十分ほどございますよ」


 懐から懐中時計を取り出し、見せてくれた。本当にまだ約束の二十分前だった。


「坊ちゃまは楽しみ過ぎて少々気が急いているのではないかと」

「坊ちゃま言うな。しょうがないよ。本当に楽しみだったんだから」

「ええ、存じておりますよ」


 待ち人の名前は広瀬ひろせ佑真ゆうま

 高校生の頃、転校していった親友だ。今、腕に抱いている子犬のクロスケも元々は広瀬が飼っていた犬である。


 ずっと広瀬に会いにきたかった。

 クロスケと一緒に会いにいく、それが約束だったから。


 当主の仕事が忙しくてなかなか実現できなかったけど……大学生になったこの夏、ようやくそれが叶った。

 街のあやかしたち全員の信頼を得て、当主が街を空けても大丈夫なくらいの盤石な支持を築けたのだ。


「遥様、あなたの並々ならぬ努力は私がずっと隣で拝見してきました」


 雅火が優しく微笑む。


「あなたは私の誇りです」


 遥は麦わら帽子を上げ、笑みを返す。


「みんながいてくれたおかげだよ。――ひとりじゃない。だから頑張れたんだ」


 決して忘れない。

 大変な時も、泣きたい時も、大事な人たちが見守っていてくれる。

 自分は独りだって思ってしまうような夜も、誰かが見えないところで必ず想ってくれている。


 だから大丈夫。

 夜を越えたその先には――。


「わう!」


 突然、クロスケが腕から飛び降りた。

 小さな手足でロータリーの舗装路を一直線に駆けていく。


「クロスケ? いきなりどうしたの? ……あ」


 白い子犬がしっぽを振りながらじゃれついていく。

 それを受け止めたのは、野球帽を被った大きな体。


「おう、クロスケ! よく来たなぁ。元気だったか? 高町とは仲良くやってるか?」

「わうわーう!」


 彼は「そうかそうか」と歯を見せ、クロスケを抱え上げる。


 眩しい陽射しに照らされたその姿を見ているだけで、ちょっと泣きそうになってしまった。

 雅火が後ろからぽんと背中を押してくれる。


「ちょうどお約束のお時間ですよ」

「うん」


 涙をぬぐって雅火に頷き、一歩前へ。

 そのままどんどん足は速くなり、遥は勢いよく駆けていく。


「広瀬……っ!」


 近づいていくと、高校生の時より引き締まった体になっているのがわかった。

 でも時の流れを感じて淋しくはならない。向けられた笑顔がすごく眩しいものだったから。


「よくきたな、高町っ。待ってたぜ。ずっとずっと待ってたんだ」

「僕もだよっ」


 駆け寄りながら、自然に浮かんだのは、旅立ちを見送った日の言葉。


 あの時、広瀬は『またな、親友』と言ってくれた。

 だから今度はこっちが言おう。


 あの時とは逆の言葉を。めいっぱい気持ちを込めて。



「――来たよ、親友!」



 午後のロータリーに明るい声が木霊した。


 それはほんの少し先の眩しい日のこと。

 夜を越えたその先で。

 輝くような夏の光のなかで。


 少年たちは再会を果たし、また新しい日々が始まる――。

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