神様の薬草園 松浦「桃花見」

桃花見



 風が吹けばまだまだ寒いと感じるものの、暖かい日の昼間には汗ばむほどになった四月の末に差しかかったある日のこと。

 一人古民家に住む仙庭智花は、庭の手入れに日々追われていた。

 三月を過ぎた頃から一気に緑に包まれる庭では、夏に向けての土作りや剪定などをしなければならない。

 土壌測定器を片手に土の状態を調べ、与える肥料などを考える。病気やカビが発生してないかなど、調べる項目はとても多かった。

 手帳に土の状態を書き込みながら植物の成長速度からの日程の割り出しをしたり、地味ではあるが今年一年を決めるとても重要な作業だ。

 庭には桃などの果樹も多い。枝ものは冬に伸びた枝を一本一本確認しながら剪定していく作業などもあり、果てしない量を一人でこなしている。


 仙庭家の庭は先祖代々、神に見守られ続けている庭だった。この庭はあやかしの世界に面しており、あやかし専用の薬草を栽培している。

 智花は小さな頃から祖父と共に、この庭で薬草を育てていた。

 さらに仙庭家の者は不思議なものを目にする事ができた。この古民家ではたくさんのあやかしが住んでいたのだ。

 祖父と仲の良いあやかし達は、庭の手入れを一緒に手伝ってくれる大切な家族だった。

 両親を早くに亡くしてしまった智花は祖父に引き取られた後、祖父とあやかし達と共に育つ。

 その祖父も故人となってしまった今、十九歳の智花は表向きではバイト中心のフリーターをしながらも、庭の薬草を引き継ぎ、卸しながら生計を立てていた。

 毎日朝五時に起床し庭の手入れ、収穫、薬草を卸して昼食。その後はバイトへ行ったり家事をしたりと忙しい。

 夕方にはまた庭の手入れをする。そんなサイクルで生活していたある日のこと、智花の日常が一変する出来事が起きた。

 突如、足下から『くしゅりを売ってくだしゃれ!』と、あやかしの声がしたのだ。

 思わず足下に目を向けると、そこにはかまいたちと呼ばれるあやかしがいた。


『智花しゃん! 今日は何しゅるでしゅか?』

 かまいたち三兄弟の末であるマツ。イタチともオコジョともいえない何か。ネコの大きさほどもある彼は、頭に小さな帽子を被り、車掌鞄のような丸みを帯びたショルダーバックを肌身離さず下げている。

 出会った頃は子猫ほどのサイズしかなかったマツだったが、今ではもう一回り大きくなった。

 あやかしであるかまいたちは噂の通り、長男が転ばせ次男が切りつけ、三男が薬を塗るというあやかしだ。

 問題を起こしてしまった他の兄弟達のせいで薬が足りなくなってしまったと、薬を分けて欲しいとお願いしに来たのが切っ掛けだった。

 この事が発端となり、仙庭家の秘密が明るみになったり智花の力が他のあやかしに知られてしまったりと色々な事があった。

 その後、智花と和解して仲良くなったかまいたち兄弟は、一緒に暮らしながら庭の手伝いをしてくれている。

 マツは二本足で立ち、胴を長くして智花の作業服であるエプロンの裾をちょいちょいと引っ張って返事を催促した。

「マツちゃん、今日は桃の枝を剪定する予定なの。ザルを運ぶの手伝ってくれる?」

『はいでしゅー!』

 同じ大きさのザルが二つ重なったものを頭上に掲げ、二本足でよいしょよいしょと智花の後ろをついてくる。

 その可愛さが微笑ましい。癒やされながら智花は脚立を持ち、一緒に桃の木の場所へと向かった。

 庭の奥に植えられている桃の木は、なんと仙桃と呼ばれている桃だった。

 先祖がこの庭を見守る神獣・ハクタクからもらった桃。その種を大事に育て、増やしていった今では、桃農家と呼ばれてもおかしくないほどの数が植えられている。

 二月下旬から四月にかけて、枝についた蕾や枝を剪定ばさみを使って摘み取っていく地道な作業。

 マツが智花から受け取った枝と蕾をザルに分けて入れていった。

 枝が一通りたまると、今度はマツが鞄の中からしゅるしゅると紐を取り出して一つに括った。

『タケ兄ちゃん~~!』

『ゲッ、またかよ!』

『お願いしましゅ』

『しょーがねーな』

 タケとはマツの兄でかまいたち三兄弟の長男だ。頭の毛がリーゼント風になっていて、三兄弟の中では身体が一番大きい。

 短い手でよいしょと枝を括った束を持ち上げ、二本足でターーーッと軽快に走って行く。

 農具が置いてある倉庫のそばまで枝を運んでくれていた。

『ナカ兄ちゃん~~!』

『フッ……私のエクスカリ鎌が必要とは……一体どんな強敵ですか』

『ちょっとこの枝切りそろえてほしーでしゅ』

『ハッハッハッ! 私のエクスカリ鎌にかかればこんなもの……とうっ!』

 ナカはかまいたち三兄弟の真ん中だ。ネコの大きさほどある身体がぴょんと宙を舞い、スパパパパッと切られた枝の端が舞った。

 中二病をこじらせているナカは、まん丸眼鏡とドラキュラマントを愛用している。しかし見た目と裏腹に鎌を扱う腕は一級だ。器用にくるくると鎌を回してビシッとポーズを決め、最後にくいっと眼鏡のブリッジを押し上げるのを忘れない。

『ありがとでしゅ!』

『礼は金貨チョコ一袋で手を打ちましょう!』

『チョコじゅるいでしゅ!』

 あやかしなのに小さな男の子のように肉料理が大好きで、駄菓子が大好きな三兄弟。

「二枚ずつならいいよ」

 くすくす笑いながら智花がそう言うと、マツとナカが目を輝かせた。

『やったーー! チョコでしゅーーチョコーー!』

『アッハッハッハッ! 私に感謝しなさい!』

『なになに? チョコ? 俺は板チョコで二枚な!』

『タケ兄ちゃんじゅるいでしゅーー!』

 兄弟達と大騒ぎしながら剪定を終えた智花は、手伝ってくれたあやかし達に庭の果実をお礼として差し出す。

 兄弟達はチョコレートで盛り上がってしまったので、彼らにはチョコをお礼として渡すことにした。

 チョコなんて食べて大丈夫かな? と思っていたが、そこはあやかし。好き嫌いは個であるものの関係ないらしい。

 剪定した枝を一束と花の蕾が入ったザルを抱えた智花が部屋へと戻ると、淹れ立ての珈琲の香りと共に白沢が出迎えてくれた。

 白沢は男性の姿をとった神獣・ハクタクだ。ロシア系を思わせる彫りの深い美しい顔立ちと雪のように髪も肌も真っ白な白沢は、誰が見てもイケメンだった。

 二十代後半に見えるが、その歳は恐らく三桁だろう。

 智花の作るカレーが大好きで、カレーを食べると語彙力がなくなり「美味い、すごい」しか言わなくなってしまう。

 あやかしの世界のハクタクは、あやかし専用の薬を作る一族だった。しかし、白沢はどうやら薬を作る腕はあっても、薬草を育てるということが壊滅的なほどに下手だった。

 それを助けたのが仙庭家の先祖らしい。以来、白沢は仙庭家の一族を守りながら、薬草を仙庭家の者が代わりに育てているという成り立ちだ。

 智花が不安定な体勢で持っていた枝とザルを白沢が引き取ってくれた。

「持とう。お疲れさま。珈琲を淹れたから飲むといい」

「ありがとうございます!」

 最近では白沢が珈琲を淹れてくれるようになった。何をしても不器用な白沢だったが、薬を作る腕だけは買われているから安心しろと自信満々に言った。

 その通り白沢が淹れてくれた珈琲はとても美味しい。一口飲んで驚いた智花が「美味しい!」と感動してからというもの、白沢がせっせと珈琲を淹れてくれるようになった。

 ダイニングテーブルに桃の枝とザルを置いてもらい、智花はうがい手洗いをして珈琲をもらった。

 珈琲を飲んでいると、白沢が何とも言えない複雑な顔をして桃の枝と花を見ている事に気付いた。

「どうしたんですか?」

「いや、大胆だと思ってだな……」

「え?」

「あやかしの世界でも仙桃はあまり本数がないんだ。全てが薬になるからこんな風に扱えない」

「そ、そうなんですか?」

 ぎょっとする智花だったが、それもそのはず。今の家の中は至る所に桃の花が枝が生けられていた。

 剪定した枝には蕾がたくさんついている。しかし、そのままにしてしまうと栄養が分散してしまうので、実に栄養を集中させるためにこうして剪定する事が大事だった。

 だが剪定した枝が勿体ないと、仙庭家では昔から家の中に飾られていた。

 玄関からダイニング、床の間から事務所に各部屋へと、花が開くと一気にほのかな甘い香りと共に部屋中が華やかになっていた。

 他にも綺麗に洗った小さな枝を料理に添えたりと無駄なく使う事が当たり前だった智花にとって、それすらもありえない事だと知って身体が硬直する。

「贅沢だとは思うが、何というか壮観で気分がいい」

 そう言った白沢はどこか誇らしげだ。

「そうですか……?」

 怒られるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 止めろと言われたら捨てる事になってしまうのでもったいないと思う所だったが、これでいいならよかったと智花は胸を撫で下ろした。

 智花は気付かなかったが、この仙庭家一体は白沢のテリトリーだった。己が守るこの一体が仙界に負けず素晴らしいものなのだと白沢の気分を上げていた。

「その花はどうするんだ?」

 山積みにされた桃の花の蕾を見て疑問に思ったのだろう。

「これは塩漬けにしようと思いまして。他にもお茶に浮かべたり、甘酒に入れて飲んでいます」

 祖父から受け継いだ毎年恒例となっている桃の花の塩漬け。お茶漬けに添えたりと無駄にする事はしない。

 家の中で生けられる花に関しては、花瓶の中に切り花延命剤を入れているので食用にはできなかった。

「花には通便、利水、潤膚、きょ斑作用がある。あまり食うと腹を壊すぞ」

「はい。気をつけますね」

 デトックス作用と呼ばれる効果があるのだと言われて智花は頷いた。口にする物は何であろうと取りすぎは毒となる。特に漢方に使われる物はその効果も大きいのだから気をつけるのは当たり前だった。

「そういえばあいつらはどうした?」

「え?」

 あいつらと聞いて智花はそういえば……と振り返った。チョコをくれと叫んでいた三兄弟がいない。

「あれ? まだ庭にいるのかな?」

 迎えに行こうと入り口の方へと足を向けると、廊下の向こうからダダダダダッ! と走ってくる音がした。

『智花しゃん見てみて~~! たけのきょでしゅよーー!』

 泥まみれのかまいたち三兄弟が各自手にタケノコを持ってキッチンに突撃してきたのだった。

「お前ら泥まみれじゃないか」

『ひゃ~~! ごめんなひゃい!』

 マツが今気付いたと慌てている。しかし、タケとナカは構わず大騒ぎしていた。

『俺が取ってきてやったんだから感謝しろーー!』

『私のエクスカリ鎌はスコップじゃありません!』

 タケは胸を張ってふんぞり返り、ナカはぷりぷりと怒っている。

 よくよく聞くと、庭とあやかしの世界のちょうど境目にある竹林で、マツがタケノコを見つけたらしい。

 マツがタケノコを見つけ、ナカが周囲を鎌で掘り、タケが助走をつけて蹴り倒す。そんな風に掘ってきたようだ。

「すごい連係プレーだね」

 思わず智花そう言うと、兄弟達は『まあな』と胸を張って照れていた。

『他にもいっぱいあったでしゅ。智花しゃんにあげるでしゅ』

 そう言ってマツが鞄を開けると、次から次に大量の山菜が現れた。

 鞄の中は四次元となっているようで、ひょいひょいと鞄に手を突っ込んでは山菜を取り出している。タケノコは三つかと思いきや、ごろっとした大きな物が八つも出てきて驚いた。

「すごい。こんなにいいの?」

『はいでしゅ。夢中になっちゃったから泥まみれでごめんなしゃい』

「お掃除すれば大丈夫だよ。ありがとう」

 タケノコ、タラの芽、つくし、ワラビ、コゴミと様々だ。

「天ぷら、おひたし、胡麻和え、白和え、煮浸し、ナムル……どうしよう」

「飯がいい」

 しれっと白沢がリクエストを寄越してきた。

「炊き込みご飯!」

『わーいでしゅ! 食べたいでしゅ~~!』

『飯か!? 腹減ったぞ!』

『おこわ付きなら考えます』

「下処理がたくさんあるから明日!」

 途端、『え~~!?』と不満の声が上がった。その中に微かに白沢の声も交じっていたのに智花は気付いた。

「今日は何曜日ですか?」

「カレーだ。確かにそこは譲れない」

「答えは金曜日……行き着く先がぶれないですね」

 智花の家では、祖父が海軍に所属していた影響で金曜日がカレーの日になっている。

 白沢はこのカレーが大好物なので絶対に譲らない。それはかまいたち兄弟も同じだったようで、『しかたねーな』と呟いていた。

「でもその前にみんなはお風呂入ってきてね!」

 智花がそう言うなり、白沢がかまいたち兄弟をひょいひょいひょいと担ぎ上げ、問答無用で風呂場へと連れて行った。

 その間に智花はぞうきんを持ってきて廊下の泥を掃除する。

 白沢はかまいたち兄弟にドライヤーまでかけて世話をしてくれるので、意外と三兄弟に懐かれているのだった。


 お風呂場から大騒ぎしている声がキッチンまで響く中、智花は一番時間がかかるタケノコから処理していった。

 包丁を研いで皮付きのまま真っ二つにしていく。穂先を少し切り落とした後は皮付きのタケノコが被るくらいの水を鍋にそのまま入れ、あく抜きのための米ぬかをざばーっと入れた。そして最後に赤唐辛子を数本入れる。

 煮込みながら他の山菜の下処理を済ませ、アクを取りながら二時間ほど煮込むと、ようやく串が通るほどに柔らかくなった。

「量が多くて思いの外時間がかかっちゃった」

 皮を一気に剥く瞬間は爽快だ。先端の姫皮という部分は、おひたしや胡麻和えにするので残しておく。

 タケノコの残りは水に浸して保存しながら、何を作ろうか考えていた。

「晩ご飯はてんぷらにしようかな~」

 そんな事を考えていたが、山菜の消費が追いつくか心配になってきた。それほどまでにマツの鞄から出てきた山菜は大量だ。

 あの短い時間にこんなに採れる物かと思い、後に白沢に聞いたところ、どうやらあやかしの世界の時間と人間界の時間は多少のズレがあるらしい。

 兄弟達は夢中になりすぎて、周辺の山菜を採り尽くす勢いだったようだ。

「あ、そうだ!」

 ふと目の前に入ったあるものに目が行き、智花は山菜大量消費の方法を思いつく。

 そうと決まれば早速行動あるのみだと準備を始めたのだった。


 次の日、生けられている桃の花の配置が違う事に白沢が目ざとく気付いた。

「場所を変えたのか?」

「ばれちゃいましたか。花の開花を早めるためにエアコンがある部屋へ移していたんです」

「開花を早める? そんな事ができるのか?」

「長く楽しむなら専用の薬を入れたり冷やしたりします。逆に開花を早めるなら部屋の空気を暖めるんです」

「ほう」

 朝の庭仕事は雨のためにお休みだ。智花は床の間に集めた桃の花を確かめる。襖を開けるとそこにはいっせいに花開いた桃の花が出迎えた。

「これは……すごいな」

「よかった。ちゃんと開いてる」

 智花はエアコンを切り、いそいそと花瓶を持って花の向きなどを調節している。テーブルを布巾で拭いて、中央に花瓶を置いた。

 床の間には大きな花瓶に生けられた大輪の桃の花が飾られた。

「白沢さん、マツちゃん達を呼んできてくれますか?」

「もしかして今日はここで飯を食うのか?」

「そうです! お花見かねて!」

 にっこりと笑った智花に、白沢は分かったと返事をした。


 白沢がかまいたち兄弟を連れて来る頃には、テーブルには重箱がいくつもならんでいた。

 一つ一つ蓋を開けていくと、炊き込みご飯のいなり寿司に山菜の天ぷら、だし巻き卵に山菜を肉で来るんだ肉巻きやらと様々だ。所々に山菜が使われているのに気付いたマツがとても喜んだ。

『ひゃ~~! さんしゃいご飯がいっぱいでしゅーー!』

『うおお飯だ飯だ!』

『食べてやってもいいですよ!』

 大喜びの兄弟達に、智花は小さな三段の重箱を取り出した。

 なんだろうと兄弟達が智花の手元を覗き込む。そこには一段ずつ、兄弟達を模した弁当が現れた。

『これ、僕たちでしゅか!?』

『おお!?』

『キャラ弁じゃありませんかーー!』

 さすがナカは分かるらしい。炊き込みご飯と白飯を駆使して耳を小さめにしたクマの形に盛りつけ、海苔をキッチンばさみで切って目と鼻とヒゲ盛りつけた。

 帽子、眼鏡、鎌、リーゼントが海苔で鞄はチーズ。顔の回りにはサラダにプチトマト、ウインナー、からあげ、肉団子や串に刺さった連結えだまめと華やかになっている。

「ちょっと不格好だけど……頑張ってみました」

 本当は外で花見をしたかったのだが、生憎の雨。朝ご飯には量が多いとは思うが、ゆっくり食べれば昼はいらないだろう。

 大量のいなり寿司はあとで他のあやかし達にも持っていくつもりだ。

 桃の花を見ながらのお花見は、仙庭家にとっては恒例行事だった。

「去年と一昨年はおじいちゃんが入院したりと忙しくてできなかったけど……今年はやりたいなって思って」

 はにかみながらそう言う智花を見た白沢は、「そうか」と呟いてフッと微笑んだ。

『お花見ーー! お花見でしゅーー!』

『そういえばこの部屋すげーな!』

 部屋の中に飾り付けられた桃の花を見て、タケが感想をもらした。

 頂きますと手を合わせた瞬間、三兄弟の肉をかけたバトルが始まる。

『しょれ僕のでしゅーー!』

『はっはーん! この世は弱肉強食よォ!』

『バーリア! これから先は私の領域です! 手を出す事は許しません!!』

「うるさいぞ。黙って食え」

 呆れた白沢がそう言って窘めるが、鳥の照り焼きとからあげ、ミニハンバーグに関してうるさかった。

「それは俺のだ」

『ダメでしゅか?』

「ダメだ」

 マツの「からあげ欲しいな」と題したうるうる攻撃にも頑として動じない。これにノックアウトされたのは智花だった。

「マツちゃん、私のあげる」

『いいんでしゅか?』

「いいよ」

『やったーでしゅ! ありがとでしゅ!』

 からあげをあーんと一口で頬張る。ほっぺを両手で押さえてもぐもぐしている姿はとても可愛い。

『智花しゃんのご飯は美味しいでしゅ~~』

「へへへ。ありがとう」

『智花俺にも』

『私にもよこしなさい!』

「何が欲しいの?」

「お前ら自分のを食え! 智花も甘やかしてほいほいやるんじゃない」

 まるでお父さんだ。思わずそんな事を思っていると、タケが白沢に向かって叫んだ。

『うるせえ! クタベ野郎は俺らの父ちゃんかよ!』

『ブッホォ! これが父ちゃんとか片腹イタターー!』

『おとーしゃん? クタベしゃんはおとーしゃんなんでしゅか?』

「お前らの親父であってたまるか!」

 そう言いながらも世話を焼いている白沢に、智花はクスクスと笑いが止まらない。

「智花も笑うんじゃない」

「す、すみません」

 謝りながらも笑いは止まらない。少し不機嫌になっているような空気が白沢から飛んできたので、智花は慌てて「これどうぞ」と差し出した。

「カレー味の手羽先です」

 それを聞いた白沢達の目が光った気がした。

『カレー味でしゅかーー!?』

『俺に寄越せえええ!』

『肉とか最高、我に献上せよ!』

 人数分あるのに争奪戦が勃発してしまった。

(お父さんじゃなかった)

 弟に取られまいと躍起になる大きな兄がいると智花は笑った。

 デザートはみかんが入った牛乳寒天。桃の花を浮かべたお茶を飲みながら、ほうっと一息つく。

 お腹いっぱいになったかまいたち兄弟はお昼寝に入る。ぽっこりと膨らんだお腹を擦りながら幸せそうに眠りについた。

 その横で同じようにうとうとしている白沢を見ながら、智花は桃の花を見てとても満たされた気持ちになった。

(来年もまたやりたいな)


 桃は邪気を払うという言い伝えがある。そんな桃の花を見ながら、何事もなく、また来年みんなで花見が出来るといいなと智花は願った。

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