ただいま

駆刃@Karuva

『ただいま』

 都会から離れた郊外にある村には 食料品、日用品が売られる小さな商店に

村役場、点々と並ぶ民家がある。

およそ一年前 この村に と或る家族が移住してきた。

その家族は村外れにある放置された牧場を買い取り暮らし始めた。


 羊や山羊を数頭飼育し、慎ましく生活をする家族。

男の名はジャック、妻の名はキャサリン、そして娘の名はシェリー。

シェリーは、明るく活発な性格で両親も笑顔が耐えない

俗に言う団欒、円満という言葉が似合う家族である。



 ---都会の夜。

この街には、夜という時間はない。空が幾ら漆黒の闇に染まろうと

色取り取りに街を染めるネオンの光、車や行き交う人々の雑踏、

繁華街や歓楽街から響く曲、それらの光や音は混ざり合い

人の感覚を狂わせる。

ここは正に、眠らない街である。


 そんな不協和音が幾分ばかり小さくなる裏路地。

ビルの裏手、壁面に取り付けられた鉄骨階段を上がる人物が1人。


カン…カン…カン…


ゆっくりと力無く鉄骨階段を登る足音。


鉄骨階段は、そのビルの屋上まで続いているが

足音は途中の階で止まった。

そこには重厚な鉄の扉があり、傍らに電卓の様なナンバーキーと表示盤がある。

扉の前で立ち止まった人物は、一つ大きなため息を吐き

ナンバーキーを押し始めた。その顔は諦めにも似た表情だ。


…ピィィィ。……ガチャン


鍵が開いた扉を ゆっくりと開ける…

街のネオンが届かない影に覆われた裏路地に

開きかけの扉から 光が漏れる…

扉を開く人物の顔を照らし出し

やがて扉は開き切る。


光に包まれた人物に甲高い少女の声がかけられた。


『おかえり!ダディ!』


おかえりと…更には、ダディと言われた人物…

名前はジャッカル。この街に隠れ家を置く何でも屋である。


何でも屋と簡単に言ってしまえば可愛く聞こえるかも知れないが

実のところ裏稼業である。


ジャッカルは、隠れ家に居る少女にため息混じりに問いかける…


『…なぜ、おまえがここに居るんだ?』


少女は、ジャッカルの問には答えず…

『おかえりって言われたら、ただいまって言うんだよ?

 ママに教えてもらわなかった?』


『・・・・・・・。』


『黙ってないで ただいまは?

 ほら、もう一回言うよ?

 おかえり!ダディ!』


『ふぅ・・・ただいま。

 しかしな、俺は おまえのダディじゃないんだぞ。

 おまえ幾つだ?自分の家に帰れよ。

 ホントの父親が心配してるだろ。』


『・・・・・・・。』

今度は、少女が答えない。


『…それにな、ここ数日 俺がここを空けて

 帰ってくると お前が居るんだ。

 どうやって ここに入ってるんだ?』


『・・・わたしには・・・』

少女が俯向きながら 小さく呟いた。


『…あ?』


『わたしはパパと会ったことがない。

 ママは1人で わたしを産んだの。

 仕事で長い長い出張に出てるんだって…ママが教えてくれた。』


『…あぁ。…すまない。』


『良いの。気にしてないから。』


『…ん。まぁ、しかし お前の境遇がどうあれ

 俺は、子供と関わる気はないんだ。

 悪いが出ていってくれ。』


『それは無理よ。今日こそ わたしの話を聞いてもらうわ。』


『…ちっ。わかった、わかった。

 話せ。そして話したら帰れ。』


『わーい!ありがとう!一歩前進ね!

 実は、わたしはビジネスの交渉に来た交渉人。』


『ビジネス?…仕事の依頼ってことか?』


『あったりー!

 でも、依頼人は わたしじゃない。

 依頼人は わたしのボスよ。』


『…ボスだと?一体 誰なんだそれは?』


『それは、わたしのクチからは言えない。

 ボスに口止めされてるから。

 だけど、依頼の内容は あなたにとって

 悪い話じゃないはずよ。』


『メリットがあるかどうかは俺が決めることだ。

 さっさと その依頼の内容ってやつを話してくれ。』


『わかったわ。

 …あなたも知ってると思うけど この街の裏世界を

 牛耳ってるマフィアのボス…ブルズ・ホーク…』


『知ってるも何も ブルズ・ホークは俺の敵(かたき)だ。』


『そのことも知ってるわ。わたしのボスから聞いた…

 他にも あなたの名前がジャッカルであること

 あなたの仕事が裏稼業であること…

 なぜ、そんな仕事を続けているのかも…』


『…俺のことは全てお見通しってことか…

 おまえのボスってのはホントに何者なんだ…

 まぁ、いだろう・・・話を続けてくれ。』


『わかった、本題に入るね。』


『やっとか…頼む。』


『あなた自身が言った…ホークが敵だってのが重要で

 あなたが仕事を続けている理由は

 ホークに一矢(いっし)を報いる為でしょ?』


『あぁ…確かに。』


『具体的な目的は ホークの隠し財産だよね?』


『そんな事まで知っているのか…』


『そうそう。わたしのボスは何でもお見通し!』


『まさか、ホークの隠し財産を諦めろと言うのか?』


『ううん。その逆。

 その計画に協力させてほしいの。』


『…協力…だと?』


『そう協力。 

 そして、協力者は わたし!』


『なんだと!?

 冗談はよしてくれ。』


『冗談でも何でもないよ。

 本気の本気!』


『いや待てよ!…目的は何だ?

 隠し財産の一部か?

 いや…それよりも おまえみたいな子供に何が出来るんだ!?』


『そう言うと思って 良い情報を持ってきたのよ!

 これを聞いたら きっとビックリするわ!』


『あ?』


『この街の6番街の地下…

 下水道を南に4ブロック進んだ先の突き当り…

 レンガ作りの壁はフェイクで隠し扉になってるの。

 その扉の向こう側に隠し財産が保管されているわ。』


『…嘘だろ?

 本当だったら笑えない冗談だ。』


『そう。でも本当なの。

 冗談みたいな話…

 誰もマフィアと水道局が繋がってるなんて思わない。

 だからこそ本当なの。』


『百歩譲って その情報が本当だとしても

 協力はいらない。計画は俺1人でやるよ。』


『確か あなたには信念があるのよね?』


『それも、知っているのか。』


『義理や恩が無い相手とは絶対に組まない。そうでしょ?

 これを見ても まだ断れるかしら?』

少女はポケットから何かを取り出した。


『それは…起爆装置か?

 この部屋に爆弾でも仕掛けたのか?

 好きにしたらいい。そんな物 脅しにもならない。』


『違う。違う。爆弾は爆弾でも ここに仕掛けられた物じゃない。

 これは、ホークの財産が隠された部屋に繋がる壁に仕掛けられた

 爆弾のスイッチよ。』


『なんだと?』


『その爆弾に気付かず隠し扉を開けたら…ボカンッ!

 一巻の終わり。

 ホークの隠し財産の在り処を教え

 その途中にある爆弾の存在も教えたって事は

 あなたの命を救ったってことでしょ?

 これは、義理?恩?

 ねぇ、どっちかな?ミスタージャッカル?』


『…く。どっちもだ。』


『はーい。よく出来ましたぁ!

 これで交渉成立ね!』


『いや。待て。まだだ。

 おまえ…いや、おまえ達の目的は何だ?

 おまえ達は俺のことをお見通しのようだが

 俺は、おまえ達の目的を知らない。

 これはフェアじゃない。』


『んー…まだ言ってなかった?

 わたし達…ボスとわたしの目的は

 あなた自身よ。

 わたし達のファミリーになって欲しいの。

 そして、この世界から足を洗うこと。』


『ちょっと待て 条件が多すぎる…』


『わたしのボスが どうしても あなたが欲しいって言ってるの!

 もちろん、すぐに答えなくても良いのよ。

 計画が成功してから考えてくれても良い。』


『…ブルズ・ホークに復讐することを誓ってから

 10年以上…今、それを遂げる事ができるかも知れない…』


『そう言うこと。悪い話じゃないでしょ?』


『…く。人の足元を見やがる。

 わかった。交渉は成立だ。

 しかし、さっきの答えは後だ。』


『やった!晴れて交渉成立!

 善は急げ!思いたったが吉日!今すぐ実行…

 って言いたいけど もう一つ条件があるの。』


『まったく…注文が多いやつだな。』


『ミスタージャッカル…あなたの銃を

 わたしに預けてくれない?』


『何!?それはダメだ!

 子供に扱えるモノでもなければ

 俺は自分の身は自分で守るのが主義だ。』


『自分の身は自分で守る?

 それこそ悪い冗談でしょ?』


『…なん…だと?』


『あなたは、その銃で自分を守るなんて出来ない

 ましてや、自分以外の人間も守れない。』


『…何が言いたい?』


『あなたは、銃を撃てない。

 14年前のあの日から…』


『おまえ!何者なんだ!!

 俺の何を知っている!!

 俺の何が わかるんだ!!』

ジャッカルは、脇に着けられたガンホルダーから銃を抜き

少女に銃口を向けた。


『…撃てばいいわ。』

少女は、そう言いながらジャッカルに、自分に向けられた銃口に

ゆっくりと近づく。


『・・・・・・・。』

ジャッカルは、銃を構えたまま微動だにしない。


『…14年前、あなたは唯一のパートナーを撃った。』

少女は、そう言いながら一歩 ジャッカルに近づく。


『・・・・・・・。』


『…知ってる。それは、事故だった。

 ホークのファミリーに人質にされたパートナーを

 救う為だった。』


『・・・・・・っ。』

その時、銃を構えるジャッカルの手が微かに震える。


『あなたが撃ち殺してしまったパートナーは

 あなたの最愛の人だった。

 そして、彼女のお腹には新たな命が宿っていた。』

少女は、また一歩 ジャッカルに近づく。


『…!!』

ジャッカルは動揺を 隠しきれない。


『そして…最愛の人と産まれてくるはずだった我が子の命

 その両方を同時に失ってしまった あなたは

 そのトラウマから銃が撃てなくなった。』

少女は、そう言いながら ジャッカルが構える銃に手を添え

ゆっくりと銃を引き離した。


『……くそ…』

ジャッカルは、小さく呟いて

既に何も持たない手を力無くゆっくりと下ろした。


『わかった?この銃は わたしが預かるね。』


『…ホントに おまえは何者なんだよ…

 …一体、どんな育てられ方をしたら そうなるんだ。』


『それは、ママに言ってよね。

 わたしを育ててくれたのはママだもの。

 そして わたしの事はY・Dって呼んでね。

 これから、宜しくねミスタージャッカル!

 じゃ、作戦実行ぉぉっー!!』


『このタイミングで急な自己紹介とは…

 ホントに読めない娘だな。』


ジャッカルたちは下水道を通り ブルズ・ホークの隠し財産の

保管場所へと向かった 途中ホークのファミリーに

見つかりかけたものの無事に目的を達成し

再び隠れ家へと帰ってきた。


小さなテーブルを挟むように置かれたソファに

向かい合い腰を降ろすジャッカルとY・D。


計画成功の余韻。その沈黙の中

先に口を開いたのはジャッカル。


『こんなにも上手くいくとはな。

 途中。ヒヤッとした場面もあったが

 結果良ければ全て良しってとこか。

 …しかし、この隠れ家が見付かるのも時間の問題だろうな。

 隠れ家を 何処かに移さなければな。』


『ねぇ。ミスタージャッカル。

 その前に、あの答えを聞いても良い?

 わたし達のファミリーになり この世界から

 足を洗うって話。』


『あぁ。その話か…

 おまえ達は なんでそんなにも俺に

 足を洗わせたい?』


『それは、わたしのボスが…』

Y・Dが 話を続けようとしたが

ジャッカルは、目線を下に向け何かを考えはじめた。

その様子を見たY・Dは 言葉を止めた。


そして、Y・Dは徐に立ち上がり部屋の隅に行き

携帯電話で誰かと話し始めた。

しかし、ジャッカルは そんなY・Dの

行動は眼に入らないほど考え込んでいる。


ジャッカルの思考。

 おかしい。おかしい。おかしい…

 幾ら この娘が持ってきた情報が真実だったとして

 上手く行きすぎだ。

 それに、こいつらは執拗に俺を裏稼業から追い出そうとしている。

 俺が この仕事を辞めることで得をする人物が居るってことだ…

 俺が、辞めて特をする人物…

 更には、ファミリーになれと…


『…なるほどな。そう言うことだったのか。』

ジャッカルは、全てを悟り 小さく呟いた。


部屋の隅で電話をするY・D

『うん。作戦は成功だよ ボス。

 後は、ダディの答えを聞くだけよ。』


ジャッカルは、気配を消しY・Dの背後に立った。

そしてY・Dの肩に手を置き声をかけた。

『おまえみたいな子供を信じた俺が馬鹿だったよ。』


突然、自分の肩に手を置かれ声をかけられたY・Dは

驚きながらも 電話口を手で押さえながら振り向いた。

『…え?』


『やっと全てが わかったよ。

 おまえみたいな子供が 俺のことや

 ホークのことを知ってるはずがないんだ。

 だが、実際 おまえは沢山の情報を持っていた

 それも、全て真実をな…

 おかしいんだ…気付くべきだった。

 俺の事を良く知り、尚且 俺を邪魔だと思っている人物。

 それは、たった1人しかいない。』


ジャッカルとY・Dは向き合った状態だが

Y・Dの肩にはジャッカルの手が置かれたまま…

その手に力が込められる。


『痛い!痛いってば ダディ!!』


『うるさい!黙れ!

 おまえのボスは!!ブルズ・ホークだろ!!』


『はぁ!?何言って…』


『目的を達成させ そのタイミングで

 俺をファミリーに引き入れ引退させる。

 そうすれば、隠し財産を失うことなく邪魔者を消せる。

 しかも、監視下に置けるって訳だろ!?』


『ちょ…いっつ!

 落ち着いて!ダディ!

 話を聞いて!!

 そうだ!電話!!

 電話の向こうに わたしのボスが居るわ!

 ボスの話を聞いて!!

 そしたら、全部わかるから!』

Y・Dは勢いよく携帯電話をジャッカルに突き出した。


『ここで、おまえに逃げられたら困るんだ。

 電話をハンズフリーしろ!』


『わ…わかったわ。

 ・・・・ピッ。

 ボス?聞こえてる?

 ダディに説明してあげて。』


Y・Dが そう言ってから しばらくの間を置いて

携帯電話のスピーカーから声が聞こえてきた。


その声は ジャッカルの想像の枠を超えた音声だった。


『ジャッカル…あなたと電話が出来るという事は

 Y・Dの交渉と作戦は無事に成功したのね。』


『!!』

ジャッカルは、一瞬 理解出来なかったが

その声は自分が良く知る人物の声だと

すぐに気付いた。脳が耳が体が覚えている。

『…まさか、そんな。』


『そのまさかよ。

 あなたが殺してしまったと思っていた私は

 あの後、なんとか生き延びたの…』


『…キ…キャサリン』


『…ねぇ。ジャック。

 こんな方法しかなかった事を許して。

 そして、お願い…わたしの元に帰ってきて。

 そんな仕事は もう辞めて家族(ファミリー)になりましょう。』


『なんてことだ。

 なんて…サプライズだよ…

 ・・・・・・・・・・・・

 俺は…俺は…

 おまえを…キャサリンを…

 忘れたことなど無い。

 愛している。昔も今も…』


『私もよ。ジャック。

 私もあなたを愛してる。

 ・・・・・・・・・・・・

 ねぇ。ジャック…

 おかえりなさい。』


ジャッカル…いや、ジャックは 膝から崩れ落ち

大粒の涙を床に落している。


そんなジャックにY・Dが 促すように言葉をかけた。

『これが、真実なの。』


『そうか…そうだったのか。

 …ファミリーとは…本当の家族のことだったのか。

 …だ…だけど…だったら、おまえは?

 おまえは 何故キャサリンをボスって…呼ぶ?』


『だってボスは わたしのママだもの!』

Y・Dは 満面の笑みで答えた。


『…なんてことだ。全てを失ったと思ってた。

 おまえが…俺の子なのか…』


少し間を置いてY・Dが口を開く。

『ねぇ。ダディ…

 会いたかった ずっと。

 改めまして 私が あなたの娘です。

 長い長い出張 お疲れさまでした。

 おかえりなさい。ダディ!』


ジャックは溢れかえる感情の中 絞り出した言葉は

上手く言えない『ただいま』だった。




-----エピローグ


男の名はジャック、妻の名はキャサリン、そして娘の名はシェリー。

シェリーは、明るく活発な性格で両親も笑顔が耐えない

俗に言う団欒、円満という言葉が似合う家族である。


誰もが羨む理想の家族。

この片田舎の村で彼らの過去を知るものはいない。


 父が、ふと娘に問う…

『おまえは、いつも元気だな。何故そんなに元気なんだ?』


『それはね、ダディ。

 わたしがY・D(yours daughter=あなた達の娘)だからよ。』



誰もが羨む理想の家族。

そんな家族の郵便受けに1通の手紙が届く…

しかし、それは また別のお話…

                             

                          -完-

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