(その7)
右を見ると、板間に広げた画帖の上にうずくまった甚六が、吊り下げられたお勝の半裸の姿を絵筆でもって写し取っていた。
涎を垂らさんばかりに口を開け、輝く目は狂気を帯び、・・・甚六はこの一瞬のために命の炎を燃やしていた。
やがて画帖を閉じた甚六は、お勝に這い寄り、慈しむように両の乳房を指先でなぞり、・・・舌先が、お勝の脇腹から臍の下の漆黒の繁みへとたどり、藻の中の真珠のようなかわいい肉芽を見つけた。
小鳥のように肉芽をついばむと、お勝はぴくんと腰を揺らせ、「ああ」と、小さな声を漏らした。
甚六が、両手で太ももを開き、その奥へ顔を押しつけると、
「ああ、・・・お前さん、どうにかなっちまうよ」
お勝は、息も絶え絶えにあえいだ。
「お勝さん、盛大にお漏らしだね」
甚六が、口のまわりををべとべとに濡らした顔で見上げると、
「いやっ。恥ずかしい」
お勝が身をよじった。
・・・白い太ももを、唾液のような淫水が伝い落ちた。
浮多郎も朴念仁ではないので、つい覗き見のほうに身が入ったのか、背後に油断があった。
いきなり後頭部を殴られた浮多郎は、そこで意識がなくなった。
―「おお、よかった」
鳶の頭のような男の顔が目に飛び込んで来た。
・・・目が覚めたのは、丸太を加工する木場の工場だった。
起き上がろうとすると、頭の後ろに激痛が走った。
「どれぐらい、ここにいます」
もつれる舌でたずねると、
「そうさね。半刻ほどかね。・・・浄心寺の裏で倒れていたのを見つけたうちの職人がふたりで、担いできたのさ」
頭が、思い出しながら答えた。
「その職人さん、あの百姓家の廃屋の中なんか見なかったですかね」
「それは知らない。あそこには、気ちがいみたいな絵師が住んでいるらしいが・・・」
「その絵師がどうなったか知りたいんで」
浮多郎が頭の肩を借りて外へ出ると、すでに藍色の夕闇があたりを包みはじめていた。
廃屋の障子戸を開けると、夕日の最後の閃光が、仰向けに倒れる甚吉を照らした。
・・・その胸には匕首が突き立てられ、口は白い足袋をくわえていた。
梁から吊り下げられていた、お勝の姿はどこにもなかった。
―頭を奉行所まで走らせ、岡埜に足を運んでもらった。
「らしくもねえな、浮多郎」
甚六の傍らにへたり込む浮多郎の頭を改めた岡埜は、
「たぶん、お前が十手持ちと知っていて、手加減したのさ。そうでなきゃあ、とっくにあの世とやらでお陀仏だったな」
そういって、唇の端に苦い笑いを浮かべた。
『甚六がくわえているのは、お勝の足袋で、梁から吊り下げたお勝を甚六が絵に描いていた。そこを襲われたのでしょう』と、浮多郎は岡埜に状況を説明した。
「お勝はどうした。殺されなかったのか?」
岡埜は、梁を見上げながらつぶやいた。
・・・『お勝は、殺されるはずがない。なぜなら、これは三角形の殺人ではないからだ』
痛む頭を抱えながらも、浮多郎の脳裏にひらめくものがあった。
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