(その2)
浮多郎は、ひょっとこ面を持って、人形町の技巧堂へ出向いた。
技巧堂は、好次朗の実家だ。
もとは大坂から下ってきた人形浄瑠璃の人形作りだったらしいが、今ではひょっとこ、おかめ、キツネなどの面や、節句の雛人形や武者人形などが中心になっていた。
「へい、これはたしかにうちで作ったものです」
端午の節句もとうに終わったので、暇そうにしていた番頭はひょっとこ面を手に取ると即座に答えた。
好次朗の所在をたずねると、番頭は顔を曇らせ、
「それは、主に・・・」
といったが、その主は中風で寝たきりだという。
「主があれなのに、跡取りが商売に身が入らなくて。・・・なんでも京伝のような戯作者になるつもりらしいです」
とこぼしながら、番頭は通りの先の床屋を指差した。
床屋の二階で、好次朗は寝転んで黄表紙を読んでいた。
将棋指しや連歌の集まりで込んでいるので、浮多郎は好次朗を裏の掘割の端に誘った。
「いやあ、喜之助が殺されて驚いたのなんのって・・・」
好次朗は、心底驚いているようだ。
「下手人にこころ当たりでも?」
「あ、いや。喜之助は遊び人だが、ひとに恨まれるようなやつじゃねえ」
じぶんも遊び人なのに、平気で仲間を遊び人呼ばわりする。
「こっちの筋では?」
浮多郎が小指を立てると、
「それも、ない。あいつは女に目がねえが、いつも金できれいにかたをつけるんでね。でも、殺ったのは、男でしょう?」
と好次朗は探るような目で、浮多郎を見た。
なかなかの好男子で、気風もよさそうだったが、
「ええ、男です。あっしの目の前でブスリと。・・・その男は、このひょっとこ面を被ってたんで。殺したあと、喜之助さんに投げつけ、雲を霞と逃げ去りましたがね」
と浮多郎が面を被ると、気が弱いのか、・・・好次朗は震え出した。
「このひょとこ面は、技巧堂さんのものだそうで」
「ど、どうして、そんなことが・・・」
「さあ、どうしてでしょう。ところで好次朗さん、喜之助さんが殺された時分、どこにいましたかね?」
好次朗は答えない。
握った拳がぶるぶると震えている。
「い、池の端だ」
「上野の?」
好次朗は、無言でうなづく。
「どうしてまた?」
「お、お勝さんが文をよこして、池の端で待ってると。・・・でも現れなかった。かつがれたと思って、すぐに帰った」
「すっぽかすことは、しじゅうあるんで?」
「いつもです。逢いたいといっておきながら、平気で男と遊びに行ってしまう」
好次朗は、そうはいいながらも、お勝を責めてはいないようだ。
・・・むしろ、お勝に心底恋焦がれているのが、手に取るように分かる。
―浮多郎は、深川へ使いを出し、下っ引きの与太をこの床屋に寝泊まりさせ、好次朗を見張らせることにした。
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