第2話:金叩家〜昼・夕方〜

 午前11時頃まで時間が経ったが、依頼者は来ないしドールのことは何も解らないしで、

「暇だ」

 ただただ暇だ。

「なあ、あんた。名前考えようぜ」

「螺旋巻様が考えて付ければよいかと思います」

「じゃ、メカ、カニ、ニズ、ズム、ムド、ドー、ール。どれがいい?」

「いや、絡繰さんも絡繰さんで無関心すぎますよ!」

 俺の適当発言に、不意にツッコむ声の主、鉄心とこの娘、金叩かねたた鉄虎てっこだ。

「ん、依頼か?」

「違いますぅ!親方が、どうせ食ってないだろうから坊主に持ってけって」

「うぅーん。まあ、食ってないからありがたい」

 鉄虎が持ってきたのは、塩握りに沢庵と水筒に入れられた味噌汁だった。

 俺は、鉄虎が持ってきてくれた握り飯を片手に話す。

「ところで、鉄虎。お前のところは、ドールにも詳しかったりするか?」

 というのも、鉄虎の父、金叩かねたた鉄心てつじんが営んでいるのは鍛冶屋であるからだ。鉄虎もそこで、鉄心の後を継ぐべく働いている。

「確か、国からドールについての説明書が届いていたので、親方が目を通していればぁですが。なぜです?」

 先ほど俺にツッコんだばかりとは思えないほどにきょとんとした顔でこちらに鉄虎が首を傾げている。

「お前、それ本気か?」

「あっはははははははは!冗談ですよ。そんな馬鹿を見るような目で見ないでくださいよぉー」

 終始笑いながら、鉄虎が涙を拭う。


 情緒不安定かお前。


「で、あの子どうしたんです?」

「今朝親父から届いたんだ」

「発条はもう巻いたんですか?」

「ああ、1440回くらいな」

「そんなにですか?!一巻きで一日は保つのに?!」

「そんなに保つのかッ?!」

「はい、なので一日経つごとに二回ずつ巻けばいいとされているので……」

「じゃ、一年以上は保つな!」

「ポジティブですねぇー」

 俺のポジティブさに、鉄虎が呆れたように言う。


「それじゃあ、診せてもらってもイイかな?」

 ドールは、無反応。

「なあ、こいつにお前の身体を診せてやってもらえないかな?」

「はい。螺旋巻様は、絶対です」

「は?」

 ドールの発言に、鉄虎が目を丸くしてこちらを向く。俺は鉄虎に、左手を横に振りジェスチャーで否定する。


「で、どうなんだ?」

「うーん、どこも変なところは無さそうっすけどねー」

 じゃ、あの親父が送ってきたもんの中で一番まともだな。

 親父が送ってきたものの中には、レアものだというグラビア写真集やその国でしか作られていないという一冊数万するノートなんかのまあいいだろうとか辛うじて思えるものから、クルミの殻を割るだけの装置なんかのいらんものを送ってきたこともある。

「一番厄介だったのは、水で出来たペンキャップだな。ガラスケースで保管されているから、異様に邪魔」

「災難ですね……」

「全くだ……」


「はあ……」

 俺は、鉄虎が持ってきた昼飯を食べ終わり、深呼吸。椅子にも垂れかけ、どうしたものかとドールのことよりも、依頼がこないことに悩む。

「絡繰さん、まだ昼過ぎですし、親方に相談しに来てはどうですか?」

「ああ。依頼もこないし、そうするかぁー」

 鉄虎は、俺が食べ終わっていることに気付くと、持ってきたものをまとめながら提案する。

「じゃあ、私、先に帰って親方に伝えますんでぇ」

「おう、頼む」


 鉄虎が家から出ると、俺はドールの前へ行き、

「今から、鉄心っていう俺の恩人の元へ行く。お前を調べてもらうためだ。いいか?」

「はい。螺旋巻様の言うことは、絶対ですから」

「それ……ヤメね?」

「はい?」

「俺の言うことは絶対っての、ヤメよーぜ。最低でも、はいだけでいい」

「……はい」


 それから俺は、ドールに下着とズボンとサンダルを履かせ、家を出た。

 相変わらず、ボーッとしているような無表情で、言ったとおり俺についてきている。

 今向かっているのは、俺と親父、親子共々世話になっている鍛冶屋で“金叩鍛冶屋かねたたかじや”というところだ。見た感じは、ボロボロの張りぼての様だが、その鍛冶屋を営むのは、国が認める凄腕の鍛冶だ。

 というか、俺これからどうしたらいいんだ?こいつを一生働かせてしまうんだろう。俺が死んだときはどうするんだろう。などと考えながら進んでいると、着いた。

「ここが、俺の恩人の鉄心がやってる鍛冶屋だ」

「おおー、来たか!坊主」

「ああ、久しぶり。昼飯ありがとな」

「作ったのは俺じゃねえ。礼なら、うちの上さんに言え」

「ああ、そうする。ところで鉄心、こいつを診てくれないか?」

「ああ、鉄虎から聞いている。奥に来い」

 それから俺は、ドールと一緒に鉄心について行くと、鉄心専用の作業部屋に来た。この部屋は、特別集中するときや、趣味でいろいろ造るときに使用する部屋なのだという。確かに、見知らぬ武器などが壁に掛けられている。

 法的に大丈夫なのか?

 その後、鉄心は、ドールの背中から歯車の動きや大きさなどを拡大鏡とライトが一緒になっているものを頭に着けて診る。

「悪いところは無さそうだな」

「そうか。ならいいんだ」

「だがなぁ……」

「どうした?異常ねえんだろ」

「異常がねえとは言ってねえ」

「どういう意味だ?」

「身体の異常はねえ。が、存在自体に異常があるかもしれん。……こんな可愛い形は見たことねえ」

「ああ?」

 濁点混じりの怒りが、声に出た。

「くだらねえこと言うためにタメてんじゃねえ!!」

 そして、爆発した。

「すまんすまん、そんな怒らんでもいいだろぉ」

 謝る鉄心に、ため息を吐き、

「帰る」

 と、ドアノブに手をかけようとしたとき、

「坊主」

 と、鉄心に呼び止められた。

「ん?」

 俺は、顔を少し横にして目線だけを鉄心に向ける。

「こいつ持って帰ってやれよぉ」

「あ」

 ついてきてなかったのか。


「守れ」


 俺が、ドールの元に行き、手を取ろうとしたその一瞬の中で鉄心から言われた。

 解ってる。


「絡繰さん」

 鍛冶屋から出、一歩目を踏み出そうとしたそのとき、鉄虎から呼び止められた。

「ん?何だ」

 振り向き問う。

 振り向いたとき、鉄虎の頭には大きめなたんこぶがあった。なんでも、俺に昼飯を届けた際、作業着のままだったために「どれだけ親しかろうと、殿方の家に行くんなら着替えて行け」と言う母親からの注意を無視したためらしい。

  話が逸れたが、

「守ってあげてくださいね。その子」

 鉄虎が、笑顔ながら何処か真剣身のある表情で言う。

 親子、一緒のこと言ってんな。家とは大違い。

 俺と親父は、何を話そうがぶつかることが多い。それでも、数分経つとそんなことは忘れてるんだがな。お互い。 

「……おう」

 俺は再び、帰路を向いて手を振り歩き出す。ドールの手を引いて。


 

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