バレンタイン特別SS Episode.2 いずなの場合

「げっ」


 彼女と鉢合わせるなりそう声を漏らした。露骨に嫌そうな顔をして、今すぐに逃げ出しそうな勢いだ。


「おっす、東坂」


 東坂いずな。裁縫部の部員だ。最近は丸っこくなったが、昔は毒舌少女だった。しかし、なにかと良い奴だ。パンツの持ち主探しにも尽力してくれた。


「言っとくけど、チョコなんてないから」


 開口一番こう言われた。別に東坂から貰えるとは思ってもいなかったけど、実際にそう言われるとどこか落ち込んでしまう。


「東坂は自分で買って自分で食うタイプだからな」


「私だってちゃんと用意しているわよ? ほら、香織と先輩と夏樹の分」


 そう言ってポケットから三つの包みを取り出した。


「常備してるんだな」


「……いつ会うか分からないから」


 どうせ部活で会うじゃないか、と思ったが、東坂は意外と心配性だ。万が一部活がなくなった時に備えているんだろう。


「だったら、今直接渡しにいかないのか?」


「……他のクラスに行くのは恥ずかしい」


 東坂いずなはこういう女の子だ。男が苦手で、異性に対しては毒舌になってしまうが、本当は気弱で恥ずかしがり屋の女の子。最近は慣れてきたのか、俺にもこういう一面を見せてくれる時がある。


「分かったよ。じゃあ皆に今日の部活は絶対来るようにって連絡しとく」


「……ありがとう」


 俺はスマホを取り出して、グループLINEに送信した。


「じゃあ、俺は行くから」


 休み時間も、もう終わる。東坂に手を振って別れを告げる。


「下木」


 名前を呼ばれたので振り返ると、何かが飛んできたので咄嗟にキャッチする。


「あげる」


 そう言って足早に帰る東坂。俺の手には、梅干し味のガムがあった。


「ありがとな」


 包みを外して口に含む。


「すっぱいな……」


 しかし酸味の中にも甘みがあり、どこか東坂らしいなと思った。


 Episode.3に続く

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