バレンタイン特別SS Episode.3 夏樹の場合
昼休み。とある人物から連絡を受けた俺は、裁縫部の部室へと向かった。昼休みにここにいる人物なんて、一人しかいない。
「南波」
「早かったね」
「待たせるわけにはいかないからな」
「バカ」
最近、南波は少し毒舌気味だ。ことあるごとに「バカ」「アホ」「そういうところだから」などと言ってくる。
……と、鈍感主人公並の考えで留まる俺じゃない。南波は多分俺に好意を持ってくれている。思い返せば夏からだ。あのプールの時以来、南波が俺を見る機会が多かった気がする。
「はい、これチョコ」
そう言って差し出されたのはひとつの箱。
「おぉ、ありがとう! 開けてもいいか?」
「もちろん」
箱を開けると、六つのチョコがあり、どれも包装されていた。包装紙にはあの有名なチョコレートブランドの、『GODIPA』の文字があった。
「これ、高いんじゃないのか?」
聞いてから、デリカシーのない発言だったと後悔する。しかし南波は嫌な顔ひとつせず、答えてくれた。
「そんなことないよ。お小遣いの半分くらい」
南波のお小遣いが何円なのかは知らないが、高校生のお小遣いだ。あっても三千円くらいだろう。……諭吉さんだったらどうしよう。
「見すぎ見すぎ。ホントに全然値は張らないから、遠慮せずに食べてよ」
「じゃあ……遠慮なく」
俺はひとつ取り出し、包装紙を取って口に運んだ。とろけるような甘みと、幸福感に包まれる。さすが『GODIPA』だ。
「本当は手作りにしようかと思ってたんだけど、下木に生ゴミを食べさせる訳にはいかないから……」
「……生ゴミ……?」
南波は苦笑いで頬をかいた。どうやら、料理は苦手らしい。それにしても、生ゴミは誇張しすぎだと思うんだが……。
俺はチョコをもう一つ食べて、南波に尋ねた。
「話は変わるけど、最近屋上には行ってないんだな」
「この時期は寒いからね。先輩に合鍵をもらってなかったら凍死してるとこだったよ」
「確かに、ストーブ一個でも外よりは全然マシだよな」
チョコをまた一つ放り込む。美味しすぎて手が止まらない。残すところあとひとつになったところで、南波が口を開いた。
「私、来年からクラスに入るよ」
チョコを食べる手が止まった。思わず見つめてしまう。
「それ、本当か?」
「うん、本当。私はもう大丈夫」
決心したような顔つきだった。これは疑う余地もない。南波はやる時はやる女の子だ。
「それにしても、どうして急に決めたんだ?」
「私だけ文化祭や体育祭に参加できないのは癪だしね」
今年の文化祭と体育祭は、南波は欠席だった。やはり、高校生になったからには参加したいという思いが強いのだろう。
「……本当にそれだけか?」
行事に参加したいという思いは前向きでいいのだが、いまひとつ決定力に欠ける気がする。何か他の理由があるはずだ。
「下木には適わないね……」
そう言うと南波は窓際に立ち、俺に背を向けた。
「下木と先輩が変われたように、私も変われたの。皆に出会えてから、私は確実に何かを掴んだ。次は、自分から見つけていきたい、そう思ったんだよ」
俺は、咄嗟に言葉が出なかった。出会った時は、屋上でノーパンのまま俺に近付いてきた彼女。決して、普通とは言い難い女の子。そんな彼女が今、ひとつの決心をして、行動しようとしている。それが無性に嬉しくて、なおかつどこか胸に来るものがあった。
「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれ。できるだけ、力になるからさ」
照れ隠しの言葉だった。一番勇気を振り絞ったのは南波のはずなのに、どうして俺が照れてるんだよ。
「ありがと……優」
「お前な……」
唐突な名前呼びはズルいと思う。こんな現場、先輩に見られたらなんて言われるか分からない。とっとと退散してしまおう。
「……俺は教室に戻るぞ。チョコありがとな、美味かったよ」
「うん、バイバイ優」
「…………じゃあな……夏樹」
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彼は部室から逃げるように出ていった。私のほうが何倍も逃げ出したいよ、なんて嘆いても無駄だ。
「あーーーーーーっ!!」
天を仰ぐように、精一杯のため息をつく。
私らしくないことを言ってしまった。今でも羞恥の残り香がチラチラとうろついている。バレンタインの甘さにつられたのかもしれない。
「あ……」
雪が降ってきた。ホワイトバレンタインだ。あの時に雪が降ってきたら、雪のせいにできたのかな。なんて思ってるあたり、私はまだまだだ。私はまだ最初の一歩を踏み出しただけ。
「頑張れ、私」
Episode.4に続く
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