バレンタイン特別SS Episode.3 夏樹の場合

 昼休み。とある人物から連絡を受けた俺は、裁縫部の部室へと向かった。昼休みにここにいる人物なんて、一人しかいない。


「南波」


 南波夏樹みなみなつき、こいつも裁縫部の部員だ。とある事情がきっかけで、どこのクラスにも所属していない。そこを除けばごく普通の女の子。天然の銀髪が、クールな印象を持たせる。


「早かったね」


「待たせるわけにはいかないからな」


「バカ」


 最近、南波は少し毒舌気味だ。ことあるごとに「バカ」「アホ」「そういうところだから」などと言ってくる。

 ……と、鈍感主人公並の考えで留まる俺じゃない。南波は多分俺に好意を持ってくれている。思い返せば夏からだ。あのプールの時以来、南波が俺を見る機会が多かった気がする。


「はい、これチョコ」


 そう言って差し出されたのはひとつの箱。


「おぉ、ありがとう! 開けてもいいか?」


「もちろん」


 箱を開けると、六つのチョコがあり、どれも包装されていた。包装紙にはあの有名なチョコレートブランドの、『GODIPA』の文字があった。


「これ、高いんじゃないのか?」


 聞いてから、デリカシーのない発言だったと後悔する。しかし南波は嫌な顔ひとつせず、答えてくれた。


「そんなことないよ。お小遣いの半分くらい」


 南波のお小遣いが何円なのかは知らないが、高校生のお小遣いだ。あっても三千円くらいだろう。……諭吉さんだったらどうしよう。


「見すぎ見すぎ。ホントに全然値は張らないから、遠慮せずに食べてよ」


「じゃあ……遠慮なく」


 俺はひとつ取り出し、包装紙を取って口に運んだ。とろけるような甘みと、幸福感に包まれる。さすが『GODIPA』だ。


「本当は手作りにしようかと思ってたんだけど、下木に生ゴミを食べさせる訳にはいかないから……」


「……生ゴミ……?」


 南波は苦笑いで頬をかいた。どうやら、料理は苦手らしい。それにしても、生ゴミは誇張しすぎだと思うんだが……。

 俺はチョコをもう一つ食べて、南波に尋ねた。


「話は変わるけど、最近屋上には行ってないんだな」


「この時期は寒いからね。先輩に合鍵をもらってなかったら凍死してるとこだったよ」


「確かに、ストーブ一個でも外よりは全然マシだよな」


 チョコをまた一つ放り込む。美味しすぎて手が止まらない。残すところあとひとつになったところで、南波が口を開いた。


「私、来年からクラスに入るよ」


 チョコを食べる手が止まった。思わず見つめてしまう。


「それ、本当か?」


「うん、本当。私はもう大丈夫」


 決心したような顔つきだった。これは疑う余地もない。南波はやる時はやる女の子だ。


「それにしても、どうして急に決めたんだ?」


「私だけ文化祭や体育祭に参加できないのは癪だしね」


 今年の文化祭と体育祭は、南波は欠席だった。やはり、高校生になったからには参加したいという思いが強いのだろう。


「……本当にそれだけか?」


 行事に参加したいという思いは前向きでいいのだが、いまひとつ決定力に欠ける気がする。何か他の理由があるはずだ。


「下木には適わないね……」


 そう言うと南波は窓際に立ち、俺に背を向けた。


「下木と先輩が変われたように、私も変われたの。皆に出会えてから、私は確実に何かを掴んだ。次は、自分から見つけていきたい、そう思ったんだよ」


 俺は、咄嗟に言葉が出なかった。出会った時は、屋上でノーパンのまま俺に近付いてきた彼女。決して、普通とは言い難い女の子。そんな彼女が今、ひとつの決心をして、行動しようとしている。それが無性に嬉しくて、なおかつどこか胸に来るものがあった。


「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれ。できるだけ、力になるからさ」


 照れ隠しの言葉だった。一番勇気を振り絞ったのは南波のはずなのに、どうして俺が照れてるんだよ。


「ありがと……優」


「お前な……」


 唐突な名前呼びはズルいと思う。こんな現場、先輩に見られたらなんて言われるか分からない。とっとと退散してしまおう。


「……俺は教室に戻るぞ。チョコありがとな、美味かったよ」


「うん、バイバイ優」


「…………じゃあな……夏樹」


 -------------------


 彼は部室から逃げるように出ていった。私のほうが何倍も逃げ出したいよ、なんて嘆いても無駄だ。


「あーーーーーーっ!!」


 天を仰ぐように、精一杯のため息をつく。

 私らしくないことを言ってしまった。今でも羞恥の残り香がチラチラとうろついている。バレンタインの甘さにつられたのかもしれない。


「あ……」


 雪が降ってきた。ホワイトバレンタインだ。あの時に雪が降ってきたら、雪のせいにできたのかな。なんて思ってるあたり、私はまだまだだ。私はまだ最初の一歩を踏み出しただけ。


「頑張れ、私」


 Episode.4に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る