バレンタイン特別SS Episode.1 香織の場合
やけに教室が騒がしかった。男女で群れるものもいれば、同性で群れるものもいる。女子同士であれば騒がしく、男子同士であれば嘆くように。そんないつもの三倍くらいの喧騒の中、俺は一人寂しく椅子に座る。何を隠そう、今日はバレンタイン。登校中の先輩はよそよそしく、鈍感な俺でも「あ、チョコ用意してくれてるんだな」と察した。今年はゼロ個を回避できそうだ。
「優、おはよーぅ」
間延びした声で俺の前に座ったのは
「どうした? 体調が良くないのか?」
「んー、ちょっと夜更かししちゃって」
「珍しいな。でも特に課題とかは出てなかっただろ?」
香織は言いにくそうに頬をかいてこう言った。
「チョコ作ってた……」
チョコ。それはバレンタインの日に女子が男子に渡すものとして知られている。最近では友チョコというものがあり、異性はもちろん同性同士での渡しあいも普通になった。そんなチョコという言葉が香織から出たので、俺はつい反応を示してしまう。自分も貰えるんじゃないか、って。
「誰に作ってたんだ?」
言って後悔する。そんなの聞かなくても分かる事だ。なぜなら香織は友達が多い。その友達の分を作っていたに違いない。
「
華憐先輩、とは俺の彼女であり、裁縫部部長の氷堂華憐のことだ。夏の出来事以来、香織は先輩のことを華憐先輩と呼ぶようになった。
「ふーん……そうなんだ」
俺は聞き逃していなかった。先輩たち、と。そのたちとは恐らく裁縫部部員のこと。そしてそれには俺も含まれる=チョコが貰える。完璧な方程式がたった。
「見てみて。ギリギリまで迷ってたんだけど、先輩のはこれにしたんだ」
そう言って香織がカバンから、可愛くラッピングされたチョコを出した。
「ブラックと、ホワイトチョコ?」
「うん! 先輩ってああ見えて子供っぽいところがあるから、ホワイトチョコを少しいれてみた。ブラックが先輩の大人な部分を表してて、ホワイトチョコが先輩の子供っぽい部分をイメージしてるんだぁ。もちろんこれは本命チョコ」
そこまで考えてるなんて、本当に香織は先輩のことが好きなんだな。さっきまでの眠そうな表情は早くもどこかに去り、香織は生き生きしていた。最近の香織の先輩に対するアプローチは止まることがなく、俺もヒヤヒヤさせられる。
「これが夏樹の分! 前にチョコミントが好きって言ってたから、チョコミントにした! そしてこれがいずなちゃんの分。いずなちゃんはチョコが嫌いだから、クッキー焼いたんだ」
一人一人のために、違う種類のものを作っているなんて、本当に凄い。尊敬に値する。友達思いのいいやつだ。俺が感心していると、香織がチョコとクッキーをカバンにしまい始めた。うんうん、渡すまで大切に保管しとかないとね。………………あれ、俺のは?
「優さ……」
「ん?」
「他の女の子がいるのに、私にチョコをせびるのはどうかと思うんですけどー」
死にたいね。
うんバレてたね。
死にたいね。
思わず一句読んでいたぜ……。
「……すまん」
「華憐先輩からまだ貰ってないの?」
「あぁ……」
すると、香織はため息をついた。
「あの嫉妬深い先輩のことだから、今渡したら怒りそうだけど……」
香織は改めてカバンの中を探り、一つの袋を取り出した。
「はい、これは優の分!」
人生で初めて、異性からチョコを貰った。その相手は、親友の香織だった。
「ありがとう……!」
中身は、色々な形にかたどられたチョコだった。そしてそこ中には……
「これって……」
「悪戯心なんだけどね。パンツ型のチョコ」
思わず笑みがこぼれる。このチョコだけは永久保存にしようかと思ったが、食べないと香織に失礼だろう。あと、チョコはチョコでもチョコパンツであることには変わりないので、実質パンツを食べていると言っても過言ではないだろう。
幸先の良いバレンタイン。今年はいつもと一味違う、そう感じさせられた。
Episode.2へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます