エピローグ

「ここですか……」


 部活終わり。俺と先輩が来ているのは、俺たちが昔遊んでいたという公園。人は全くいなかった。


「私、あそこでコケたのよ」


 先輩は運動場の端っこを指さす。


「あんなに何も無いところでですか?」


「……うるさいわね」


 先輩は歩いていく。俺もついて行く。


「……何も無いわね」


「言ったじゃないですか」


「でも、私がここでコケてなかったら、優くん、パンツを被る体験なんてしなかったかもしれないわよ」


「人がパンツを被って喜ぶ変態みたいに言わないでください!」


「あら、そうじゃないの?」


「違います!」


 そうだ、断じて違う。人をパンツ好きの変態みたいに言わないでほしい。


「残念。また今度、私のパンツを被らせてあげようと思ったのに」


「すみません、パンツを被って喜ぶ変態です」


 先輩は満足そうに笑う。調子を取り戻したらすぐこれだ。俺は思わずため息をついてしまう。それで、姉貴……いつ被らせてくれるんですか?


「なによ。そんな目で見ても被らせないわよ……。優くんが被ってるのを見た時も、恥ずかしかったんだから……」


「その件はマジですみませんでした!!」


 腰が抜けそうなくらいの勢いで頭を下げる。

 先輩はくすくすと笑って、とある遊具を指さした。


「あそこ、覚えてる?」


 -------------------


 先輩が指さした遊具は、滑り台だった。何の変哲もない、ただの滑り台だ。


「ここがどうかしたんですか?」


「むー、やっぱり覚えてないのね。昔、ここで優くんが尻もちをついて涙目になってたのよ」


「うわ聞かなきゃ良かった……」


「ほら、今滑ってみる? また尻もちつくかもしれないわよ」


「つきませんよ!」


 俺は滑り台の鉄階段を登る。まさかこの歳で滑り台を滑るとは思わなかった。久しぶりだし、本当に尻もちをついたらどうしよう……。

 俺は柱から手を離し、流れに身を任せて滑った。案外楽勝なもので、問題なく着地できた。


「ほら、できますよ」


「まぁ当たり前よね」


「先輩が言ってきたんじゃないですか!」


 本当、調子が良い先輩だ。そうだ……。先輩にも滑らせてみよう。尻もちをついたら盛大に笑ってやる。


「先輩こそできるんですか? 今は運動がまるっきりダメみたいですけど」


「っ……。勿論できるわよ。見てなさい」


 俺が滑り台を眺めていると、上から先輩が出てきた。しかし、中々滑ろうとしない。


「びびってるんですかー」


「そ、そんなわけないでしょう!!」


 先輩は覚悟を決めたようで、柱から手を離した。


「いくわよ!」


 滑り出す先輩。

 問題なく滑れているように見えたが、俺は一瞬の隙も見逃さなかった。

 スカートから覗く黒色の神秘がコンニチハしてしまっていたのだ。まぁ、しっかりと目に焼き付けたわけだが。


「ほ、ほら! 滑れたでしょう!」


「そうですね。と、言うことでもう一回滑ってください」


「なんでよ! もう滑らないわよ」


 俺は仕方なく諦めた。もう一度拝みたかったなぁ……。黒色の神秘……。


「私、滑り台を滑って疲れたわ……。ちょっと休憩しましょう……」


「体力ないですね!?」


 -------------------

「先輩、どうぞ」


 俺は、ベンチで休んでいた先輩に、自販機で買ってきたお茶を手渡す。


「あ……。ありがとう」


 そう言ってカバンを漁る先輩。


「お金はいいですよ」


「だ、ダメよ。年上たるもの、年下に奢らせる訳にはいかないわ」


「いいですって。好きな人に奢るのはダメなんですか?」


「しゅ、しゅきな人!?」


 ぼふっと、何かが爆発したように顔を赤く染める先輩。お茶を持つ手まで赤くなっている。


「ふぅ……。思わず取り乱してしまったわ。ええっと……そうね、お茶代だったわね」


「流石に無理がありますし、お金はいいですって!」


 俺が念を押すと、先輩はしぶしぶ納得してくれた。


「優くんに好きって言われたの、初めて」


「そんなこと言ったら、俺も言われたことないですよ」


「…………私はずっと想ってきたからいいんだし」


「あ〜。先輩、本当に俺のこと好きなのかなぁ。心配になってきたなぁ。あーあー」


「ぐぬぬ……」


 ペットボトルを握る先輩の手に、少し力が込められる。さっきまで散々やられたんだから、俺も少しはやり返したい。


「…………す」


「え〜? なんですって?」


「…………す、す……」


 多分、過去一で先輩の顔が赤い。髪も少し乱れていて、可愛げがある。


「…………好き…………だよ。優くん…………」


 その場でうずくまる先輩。

 ……いや、うずくまりたいのは俺のほうだよ……。やっぱり、先輩には叶わない。


「言ったわよ……。って、優くん?」


「……はい?」


「なんでそんなに真っ赤になってるのかしら?」


 ……。これは非常にまずい。先の展開が読めてしまう……。


「ねぇねぇ、優くん」


「……はい?」


「す、き」


 耳元で囁いてくる先輩。

 そしてこの勝ち誇ったような顔。悔しい……。


「もう夕日が落ちてきますし、帰りますよ!」


「優くんの恥ずかしがり屋さん〜」


「うるさいです!」


 先輩は悪戯げに笑いながらも、俺の横に立った。


「帰ろ?」


「……はい」


 自然に手を繋がれたのは、まぁ見逃そう……。


「次はキスだね」


「なっ……」


 最近、先輩の口調が少し変わる時がある。距離が縮まった証拠だろうか。前の大人っぽい雰囲気も良かったが、今は今で、どこか懐かしい気持ちになれて幸せになる。いつか俺も、昔みたいに華憐、なんて呼ぶ時が来るのだろうか。

 まぁ、少しずつ、一歩ずつ成長していくことは確かだろう。お互い、不器用で不安定だが、いつまでも笑い合えればそれでいいと思う。


『『あなたが見つけてくれてよかった』』


 心からそう思った。


[完]


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