第35話 あなたのパンツはこれですか!?

 不器用すぎるだろ……。

 先輩の話を聞いた時、俺は思った。

 まぁ、忘れていた俺が言える義理ではないが……。

 パンティエルなんて、今まで不気味な存在にしか思わなかったが、今では可愛く思えてしまう。先輩が俺に気づいてほしいがために作られた天使……。うむ、良い。


「流石に……引いたわよね?」


 いいや、全く引いていない。むしろ嬉しい気持ちの方が多かった。しかし、どう伝えればいいのだろう。先輩が俺のことを探してくれて嬉しい……、ってのも忘れていたくせに傲慢だ。


「優くん?」


 先輩が不安げに俺を見つめてくる。ここで何か言わなければもっと不安にさせてしまう……。


 ……そうだ、取り繕う必要なんてないんだ。ありのままを伝えればいい。


「嬉しかったです」


 たった一言、しかしこれが俺の本当の気持ちだ。先輩にもきちんと伝わったのか、ホッと一息ついていた。


 ドドン。


 空から爆発音が聞こえた。それと同時に、周りが七色の光に包まれる。


「花火、始まりましたね」


「……そうね」


 俺も先輩も見とれていた。やはり、夏の花火は風情がある。


「綺麗ですね」


「そうね」


 見ている間は、長く会話が続かない。しかし、握られた手には確かな熱がこもっていた。


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 花火はクライマックスに差し掛かっていた。色とりどりの花が、空に咲いては散り、咲いては散りを繰り返す。落ちた花びらからは火薬の匂いがした。

 その時、ピンクの花火が空に咲いた。


「あ……」


 ふと、俺はポケットに手を当てる。三年越しに渡せるのだ。

 三年か……。今思えば、長いようで短かったかもしれない。持ち主がこうも近くにいたなんて、思いもしなかった。しかも、初恋の人だったなんて。


 緑の花火が咲いた時、俺は名前を呼んだ。


「先輩」


 青の花火が咲いた時、先輩は返事をした。


「なあに?」


 黄色の花火が咲いた時、俺は立ち上がって、先輩の前に立った。


 紫の花火が咲いた時、先輩は怪訝に首を傾げた。


 橙の花火が咲いた時、俺はポケットに手を入れた。


 そして――


 再度、ピンクの花火が咲いた時、俺は尋ねた。


「あなたのパンツは、これですか?」


 音が鳴り止んだ。

 空は夜の闇に黒く染まった。

 先輩は目を見開き、やがて閉じた。

 そして、ゆっくりと俺の手を取って、こう答えた。


「はい」


 と。

 夜空に、真っ赤な花が満開に咲いた。

 花火もこれでフィナーレだ。

 先輩の目にたまる涙には、ゆらゆらと揺らめく俺が写っていて、やがて雫になり、先輩の頬をつたった。

 ……涙に写る俺の頬が赤かったのは、花火が反射しているからに違いない。


「優くん、顔真っ赤よ」


「……先輩だって、目が真っ赤ですよ」


「初恋の人に気付いてもらえて、涙を流す幼なじみは可愛くない?」


「…………ずるいですよ」


 何も言い返せなくなった俺は、ただ花火が散った夜空を見つめるしかなかった。


「ねぇ優くん。私、裁縫部の部長だよね?」


「え? そうですよ?」


 急な質問だったので、一瞬戸惑ってしまった。


「優くんは部員よね?」


「はい? まぁそうですけど、それが何か……?」


 その刹那、俺が瞬きをした隙だった。

 唇に、柔らかく、温かい感触がした。

 しかし、それもほんの一瞬。


「これは、部長権限です」


「………………顔、真っ赤ですよ」


「………………優くんもね」


 本当に、慣れないことをしないでほしい……。

 心臓に悪いから。

 それに、無駄に可愛いのがなんとも言えない。


「部長権限、そんなところで使ってよかったんですか?」


「えぇ、勿論よ」


 やられっぱなしも癪なので、俺も仕返しをすることにしよう。


「部長権限なんて使わなくても、いつでもしてあげましたよ」


「………………バカ」


 一勝一敗一分けだ。

 それにしても、したいならしたいって言ってくれればいいのに。

 ホント、不器用な先輩だな。

 ……まぁ、上手く言葉を扱えない俺も、人のことは言えないか。俺も、案外不器用なのかもしれない。だって、告白の言葉が『あなたのパンツはこれですか?』なんて前代未聞だろ……。

 ……しかし、勝負がつかないのも、どこかもどかしい。最後くらい、俺に勝たせてくれてもいいだろ?


「先輩」


 俺も焦っていたのだろう。返事を待たずに行動していた。

 再び、温かく、柔らかい感触が唇を支配する。


「……これは、俺がしたかったからしただけですよ」


 バッと、俺の目が塞がれる。

 これで、二勝一敗一分けだな。

 やがて、俺の視界が取り戻されると、先輩がごねたが適当に流しておく。

 そして、静寂が訪れた。しばらくした後、俺たちは香織たちの所へ戻った。

 この夜のことは、もう絶対に忘れない。

 再び来る初恋を、しっかりと胸に刻んだ。


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