第32話 その音は突然に

 来た道を戻る。左ポケットから振動がした。俺は走りながら確認する。


『東坂ちゃんは無事確保したよ。下木は安心して行ってきて』


 南波からだった。この調子だと、もう全てを悟ってそうだ。返信はしなかった。また後で、お礼を言っとかないとな。


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 俺は約束の場所まで来た。先輩は、まだ来ていなかった。来てくれるかも分からないが……。いや、今はネガティブな考えは抹消しよう。

 俺は景色を眺めて先輩を待つ。

 そういえば、前にもこの景色を見たことがある。

 今より、もう少し低い目線だった気がする。

 最近こういう事が多い。ふとした瞬間に昔のことを思い出したり、夢に出てきたりと。思い返してみれば、先輩と出会った時からだろうか。

 俺はふと、を触る。


「そうだ……。持ってきたんだったな」


 お守り代わりに持ってきた例のパンツ。願掛けのつもりで持ってきたのだが、すっかり忘れていた。これぞ、勝負パンツと言うべきか。


「三年前……か」


 三年前の出来事が今になって掘り返されているんだから凄い。急にパンティエルが現れたんだったな。確か……入学初日に……。

 思い出しては笑みがこぼれる。冷静になって考えてみればバカバカしい。小さい子供のイタズラのようだ。パンティエルなんていうネーミングセンスも可愛いものだ。


 この景色を見ていると、今から母国を旅立つ旅人のように、色々なことが思い出されてくる。夜空を見上げれば、満点の星空が広がっていて、絶好の花火日和だと思った。

 その時、ザシュッと、土を踏む音が後ろから聞こえた。俺は反射的に振り向いた。


「先輩……」


 来てくれた……。

 それだけで、一気に安堵の気持ちでいっぱいになる。いいや、ここで満足したらダメだ。

 先輩が俺の方へと歩み寄ってきて、約一メートル前で止まった。見れば、先輩は肩で息をしていた。もしかすると、走ってきてくれたのかもしれない。


「ええっと……」


 先輩の俯いた表情を見ると、急に言葉が出てこなくなった。

 ……そうだ、香織が言っていた。女の子は浴衣を褒められると嬉しいと……。


「先輩」


「……なにかしら」


 しかし、先輩に言うのはどこか照れくさく、口が思うように動かない。

 頑張れよ……俺。ここで何もできなかったら、俺はもう……



 ――もっと大人になったら、優に可愛いって言ってもらえるようになる!



 その時、ふと言葉が降ってきた。

 ……あぁ、なんだ。そういうことか。

 全てが繋がった。無くしていたピースが見つかった。

 七年前……いや、八年前か。

 道理で忘れてるわけだ。


 最近よく見る昔の夢。特定の場所で発生する昔の思い出。その違和感が全て払拭した。


「ピンクと白の横縞パンツ……」


「え……?」


 先輩は目を見開いて顔を上げる。

 今、確かにハッキリした。


 だから、先輩はここで合宿を。

 だから、俺は自然とこの場所を……。


 俺は一歩を踏み出した。靴と土が擦れる音がする。


 伝えるべき言葉は決まった。この不器用な先輩に……いや、氷堂華憐ひょうどうかれんに――


「可愛くなったね、華憐」


 先輩は、手で顔を覆った。


「嘘……。嘘、嘘、嘘……。本当なの……? 本当に……本当に……」


 先輩は首を振る。俺は言葉の続きを待った。


「思い出してくれたの?」


 先輩の表情が見える。頬は赤く染まり、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「俺も……ダメダメですね。それと、先輩も」


「……うるさいわね」


 くすりと笑いながら、俺は一人、昔のことを思い出していた。

 あの頃の記憶が、蘇る。



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