第31話 一パーセントの充電
街へ出ると、人がごった返していた。ここの花火は有名で、毎年各地から人が集まるらしい。覚悟はしていたが、こんなにも多いとは思わなかったので驚きだ。
「こっちよ」
東坂が先導してくれる。俺はなんとか見失わないようについて行った………………、つもりだった。
「見失った……」
この中から探すのは大変すぎる。特にあいつ、小さいし……。
一旦人混みから離れて、香織に電話してみようとスマホを立ちあげる。
「……マジかよ」
充電は、残り一パーセント。これはいざという時まで、とっておいたほうが良さそうだ。幸いにも、四人の髪色は目立つから探しやすそうだ。
俺は人混みに入り、背伸びをしながら流されて行った。
-------------------
昔にも、こんなことが……。
あの時は一人ではなかった。確か、誰かの手を俺が握って……。
定かではない記憶が俺の頭に閃光のように流れた。
「優ーー!」
その時、左側のほうからで俺を呼ぶ声が聞こえた。聞きなれた声だ。俺は何とか人混みをかき分けて進んだ。
「優、大丈夫?」
出た先にいたのは香織だった。
「あぁ、大丈夫」
「もぉー。連絡しても出ないから心配したんだよ?」
「ごめん、寝ちゃってたんだ……。ところで、他のみんなは?」
ふと嫌な予感がしたので尋ねてみる。
「……はぐれちゃった」
見事、嫌な予感は的中した。香織を探していたのに、その香織もはぐれていたなんて……。そうなると、東坂が心配だ。
「連絡してみた?」
「うん……。でも繋がらなくて……」
「まぁこの人混みだからな……。向こうも探しているかもしれないし、無理に動かない方が吉かもな」
「そうだね、そうしよっか」
俺たちは近くにあったベンチに座った。
「ねぇ、優」
「ん?」
「私にはいいけど、先輩にはちゃんと言ってあげないとダメだよ」
「え?」
なんのことだろうか。何故ここで先輩……?
「浴衣。女の子は、浴衣を着たら可愛いって言われたいんだよ」
「あっ……」
言われてハッとする。香織は浴衣を着ていた。なんというか、自然すぎて全く気にならなかった。金髪美人に浴衣は似合いすぎているのだ。あれ……、そういえば、東坂は浴衣じゃなかったけど……。
「ごめん、そうだね。似合って……」
流石に、思ったことをそのまま言うのは恥ずかしかったので、俺は濁して言葉を続けようとしたのだが、香織に阻止される。
「だーかーら、私にはいいの。その言葉は、先輩のためにとっておいてあげて?」
「……」
「もしかして、先輩のことなんとも思ってないの?」
「そんなわけ……!」
「ふふ、だよね。じゃあ言ってあげないと」
香織は満足そうに笑みを浮かべる。
香織には、全てお見通しってわけなのか……?
「優」
真剣な声色で、名前を告げる香織。俺は思わず姿勢を正してしまう。
「これは、私の独り言。だけど、優は聞かなきゃダメ」
それは独り言とは言わないのでないか。というツッコミはこの場に合っていない気がしたのでやめた。俺はゆっくりと頷いた。香織が俺たちのことを思って言ってくれるのは確かだ。俺は香織の話に耳を傾ける。
「今日、先輩と話したんだ。その時、全部教えてもらった。聞いた時は、驚きとかよりも呆れたね。ほんと、あの人は不器用すぎる。そんなんじゃ確かに分からないよね。優が苦戦する気持ちも分かるよ」
なんて反応すればいいのか分からなかったので、相槌をうった。もしかすると、俺が反応に困ることを予想して、独り言と言ってくれたのかもしれない。
「でもね、優は私の話を聞いちゃった。ううん、私が聞かせたのか。だから、優なら分かると思う。私が言った言葉の意味……不器用の意味を」
またも、俺は相槌をうつ。さっきとは違い、今度は決意の相槌だった。
「うん、決まりだね。なら残りの充電で先輩に電話をかけて。優からの電話なら、なんとなくだけどでる気がする」
俺はスマホを取り出して、先輩に電話をかけた。躊躇う間なんてなかった。もう、俺は大丈夫だ。南波や東坂、そして香織にここまで後押しされて、まだひよってたら男が廃る。
プププ、という通信音が暫く流れる。
「ねぇ、優」
「ん?」
通信音が流れるなか、香織が俺の名を呼ぶ。
「頑張って」
香織の言葉と同時に、プツッという音がして直ぐに、通話中の文字が画面に浮かんだ。
残された充電は一パーセント。
俺は限られた一パーセントの中で、一パーセントの言葉を伝える。残りの九十九パーセントは――
「先輩! 朝に会った見晴らしのいい場所まで来てください! 待ってます!」
実際に会って伝える。
俺は電話を切って、スマホをポケットに直した。先輩に伝える前に、まずはこいつにも伝えとかないとな……。
「香織、ありがとう!」
香織は何も言わずに微笑んだ。皆のおかげで決心ができた。俺は人混みをかき分け進む。ゴールはすぐそこに見えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます