第30話 変わらないもの

 朝食を終えてから、俺は一人、昼寝をしようと横になった。窓を開けながら寝ると、田舎の澄んだ空気が気持ちいい。……朝食の時とは大違いだ。朝食の空気は案の定地獄のように重かった。俺は逃げるようにして出てきてしまった。その十分くらい後、香織から今日のお祭りで着る浴衣を見に行くという旨の連絡を貰ったので、暇になったというわけだ。四人に付いて行っても良かったのだがここは男が入っても邪魔なだけだと思ったので遠慮しておいた。それに、あの空気に耐えれる自信がなかったというのもあるのだが……。祭りの時もこの空気だとかなりしんどい。それまでになんとか解決したいところなんだが……。


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 差し込む光が、瞼の裏まで届いている。

 徐々に意識が覚醒していき、俺の目には見慣れない天井が写った。


「やべ……、寝過ぎた」


 ゆっくりと体を起こす。時刻は十七時を指していた。昨日中々眠れなかったからか、ついうっかりしてしまった。

 ふと携帯を確認すると、不在着信の文字がたくさん並んでいた。


「悪いことしたな……」


 俺は香織に、『ごめん、めっちゃ寝てた。すぐ向かう。どこにいる?』と連絡を入れた。

 直ぐには既読が付かなかったが、俺は外へ出る支度をして部屋の扉を開けた。


「「あ……」」


 思わず声が重なる。同じく東坂も、今部屋から出たところだったようだ。


「あんた、今まで何してたのよ」


「あぁ……、すまん。寝ちゃってたみたいなんだ。東坂こそ、何してたんだ」


 確か、東坂も香織たちについていったはず。


「私は、忘れ物に気付いたから取りに来たのよ。ついでに、あんたの様子も見に行こうと思ってた」


 なんというか、タイミングが良いな。俺は東坂と並んで、香織たちのいる場所へ向かった。

 特に話すことも思いつかなかったので、外へ出るまで無言の間が続いた。


「ねぇ、下木」


「ん?」


 その沈黙を破ったのは東坂だった。彼女から話しかけてくるのは珍しい。


「あんたさ、しっかりしなさいよ」


「え?」


 急に怒られた?

 意図が分からず、聞き返してしまう。


「先輩のことよ。あんなの、見れば誰でもでも分かるわよ」


「あぁ……」


 俺は頭を搔く。やっぱりわかるよな……。

 俺のせいで、こいつらにも迷惑をかけているのだ。本当に申し訳ないと思う。


「申し訳ないと思うなら、少しは頑張りなさいよ」


「ナチュラルに心読まないで!?」


「心なんて読めるわけないでしょ。あんたが私に申し訳ないと思うなんて、当然のことでょう?」


「お前な……」


 なんというか、こいつは変わらないな。

 思えば、東坂との勝負は楽しかった。東坂との勝負があったから、俺は皆と仲を深めることが出来たんだろう。その東坂も、今は立派な裁縫部の一員だ。


「私には、具体的に何があったかは分からないけど……」


 東坂は一旦そこで言葉を区切る。しかし、歩く足が止まることはない。


「私との勝負に勝ったんだから、これくらいちゃっちゃとこなしちゃいなさいよ」


 俺は思わず笑みがこぼれる。


「はは、うっせえよ」


 東坂も思わず笑っていた。

 一対一で、こいつの笑顔を見るのは初めてかもしれない。それにしても、東坂も不器用だな。もっと素直に言えねぇのかよ……。


「まぁ、ありがとな。自信ついたよ」


 ……目を合わせて言えない時点で、俺も人のこと言えないか。


「そう思ってるなら、相手の目を見て言いなさいよ」


「あー! ありがとよ!」


 羞恥を吹き飛ばすため、俺はやけくそに言う。


「まぁ、許してあげるわ」


「ほんとにもう……」


 東坂との会話は体力を使う。こんな小さいやつなのに、会話のペースだけは掴まれるんだよなぁ。


「下木、今余計なこと考えなかった?」


「だから心読むのやめろって!」


「あ、考えてたのね。これはお仕置が必要ね」


「すみませんでした!!」


 俺は全速力で駆ける。

 まぁ、こういうのも悪くないかな。

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