第24話 夏の日差しにあてられて

 光で目が覚めた。

 しかしそれは朝日ではなく、付けっぱなしで寝てしまった部屋の明かりだった。イマイチな目覚めの中、まだ朦朧とする意識で立ち上がる。時計は四時半を指していた。集合時間は六時だから、少し早く起きすぎてしまった。階段を降りると、両親が既に起きていた。


「あら、早いじゃない。おはよう」


「優か。おはよう」


「ん、おはよう」


 母や父と朝の挨拶を交わすのはいつぶりだろうか。両親ともに仕事が忙しく、家にいない時が多い。現に、今も早起きして支度をしている。


「そういえば、あんた今日から部活の合宿なんだって? 気をつけて行ってきなさいよ」


「へいへい、分かってるよ」


 母さんが用意してくれた朝ごはんを食べて、準備をする。時間に余裕があったので、朝風呂にも入った。やはり朝一に浴びるお湯は気持ちいい。

 一通り準備が終わって時計を見ると、時刻は五時半であった。集合時間は六時。移動時間を考えるとちょうど良い頃合なので、出ることにした。外は涼しい風が吹いているわけなく、夏の朝らしい湿気が体を纏った。両親はもう仕事に行っているので、俺は誰もいない家に向かって告げる。


「いってきます」


 と。


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 朝の駅前はサラリーマンで賑わっており、学生の姿はほとんど見受けられなかった。他の学校も、今日から夏休みなのだろうか。そんな中、一際目立つ銀髪が目に入った。


「おはよう、南波。早いな」


「あ、下木。おはよ。準備が早く終わっちゃって、暇だったから来ただけ。下木も早いじゃん」


 以前プールに行った時は、香織がかなり早く来ていたので、今回も一番かと思っていた。


「俺もだよ。それにしても、暑いな」


「そうね。もう少し涼しかったら過ごしやすかったのに」


 そう言って南波はシャツの胸元をパタパタと仰ぐ。目のやり場に困るからやめ……、あ、よく考えたら胸なかった……。


「ねぇ下木。あんた、今何考えてた?」


「え!? あ、いやー、今日の南波も可愛いなーって……」


 ジトーと俺を見つめる南波。怒られると思いきや、「ふん」っと言って横を向いた。あぁ、助かった……。


「そ、それで、どこが可愛いのか言ってみなさいよ」


「え!?」


 まさか、そう来たか……。


「じとー」


 声に出して南波が見てくる。いや、「じとー」を声に出すやつなんて初めて見たわ……。


「ええっとー」


「ふーん、無いんだ。じゃあ嘘ついたってこと? ふーん」


「い、いや、嘘じゃなくて!」


「じゃあ言ってみなさいよ」


 答えを間違えると確実に死ぬ……。考えろ、下木優!


「ええっと……。その、服……かな」


「ふーん、私じゃなくて、服、なんだ」


「そ、そうじゃなくて! その服を着る南波がってこと……」


「……ふーん? 具体的にどんなところが良いの?」


 まだ許してくれないか……。これ以上言うのは、少し恥ずかしい気もする。


「その白いシャツとか、南波の清楚なイメージにピッタリだと思う。ジーパンも、南波の綺麗な足を際立たせてると思う……よ」


「ふ、ふーん……。まぁ、及第点かな……」


 くるくると、髪の毛を弄る南波。

 俺もどこか照れくさくなって、しばらくの間、二人の間にこれ以上の会話は生まれなかった。


「ねぇ、今からお通夜にでも行くの?」


「うわっ! びっくりした!」


 突然、どこからか声を掛けられた。しかし、どこだ……? 辺りを見回しても南波とサラリーマンしか見えない。


「ねぇ、わざとやってるの? ここよ、ここ」


 ポス、と横腹を殴られる。下を見ると、東坂がいた。


「あ、東坂。おはよう」


「あんたね……」


 実を言うと気づいていた。勝負に勝った余裕からか、からかってみようと思ったのだ。


「みんな早い! おはよう!」


 ぶんぶんと手を振って来たのは香織だ。

 昨日の夜のことが脳裏によぎった。しかし、香織はいつも通り……か。


「皆、おはよう」


 その後ろに先輩もいた。そこらでばったり出会ったのだろうか。


「おはよう、香織。おはようございます、先輩」


 それぞれに挨拶を済ませ、ふと時計を見る。時間は五時五十分。六時の電車に乗る予定なので、まだ余裕はある。


「それじゃあ、ホームまで行きましょうか」


 先輩の提案に反対するものはおらず、俺たちは改札をくぐった。


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 時間通りに電車が来たので、俺たちは滞ることなく目的地に向かうことが出来た。電車内は満員だったので、多少は辛かったが、目的地に近づくにつれ解消された。


「とうちゃーく!」


 香織が真っ先に改札をくぐった。


「ここからバスで数分揺られるけどね」


 南波の言う通り、最終目的地の旅館まではまだ先だ。

 しばらく待っているとバスが来たので、料金を払い乗車する。旅館までしか行かないバスなので、料金は先払いだ。

 バスで揺られること数十分。俺たちは遂に、目的地の旅館に着いた。現在の時刻は八時半。九時チェックインなので、まだ少し早い。


「あら、もしかして今日から二泊三日予定の学生様たちでございますか?」


 俺たちがどうしようかと悩んでいると、後ろから声が掛かった。見ると、浴衣を着た女性がいた。


「はい、そうです。五人で予約した氷堂です」


「あらあら、いらっしゃい。私は中居の木村と申します。少々お待ちくださいね」


 そう言うやいなや、木村さんは旅館の中に入って行った。

 待つこと少し、ガラリと扉が開き、木村さんが出てきた。


「どうぞ、お入りください」


 丁寧にお辞儀をする木村さん。俺たちは顔を見合わせ、頷くと旅館に入った。


「ようこそ、たむろ荘へ。改めて、私は仲居の木村と申します。そしてこちらが……」


「女将の太村たむらです。今日はたむろ荘へお越しいただき、誠にありがとうございます。誠心誠意、おもてなしさせて頂きます」


 丁寧に頭を下げる二人。思わず見とれてしまう。


「あの、いいんですか? まだ時間には早いようですが……」


「構いませんよ。それに、こんな美人で可愛い子たちを外で待たせる訳にはいきませんから」


「いえいえ、とんでもないです。ええっと、ありがとうございます」


「木村さん、お部屋に案内してあげて」


 女将さんがそう言うと、仲居さんは「こちらです」と案内してくれた。あれ、もしかして俺、美人で可愛い子!?(違う)

 そんなしょうもないことを考えながら付いていくと、案内されたのは二階の部屋。当然、俺と四人で部屋は別だ。部屋の前で四人と別れ、俺は一人で部屋に入る。


「おぉ……」


 旅館にくるのは久しぶりだったので、思わず声をあげてしまう。こんな部屋を一人で使ってもいいのか……?

 畳と襖が風情を出している。そして、旅館には大体ある、障子で隔たれていて、机と椅子が置いてある部屋奥の謎スペース。何か名前があるらしいが忘れてしまった。

 荷物を置いてしばらく部屋を眺めていると、コンコンとノックがかかる。


「はーい」


「優? 今から皆でちょっと外見に行くんだけど、来る?」


「あぁ、もちろん」


 俺は必要最低限の物をポケットに入れて部屋を出る。既に皆は揃っていた。


「じゃあ、適当にここら辺を見て回りましょうか」


「いいですね」


 先輩の案に乗っかり、俺たちは外へと出る。ここでは毎年、七月二十二日に祭りが行われるらしい。今は二一日なので明日だ。俺たちもその祭りに参加する予定である。まず最初に、祭りが開催される予定の場所に行ってみると、既に出店の骨組みが出来上がっているところが多かった。


「わぁ、たくさんあるね」


 中にはもう既に準備を終えているところもあり、祭りの予習をしておく分には良かった。

 香織と南波と東坂が先陣をきって進む。俺と先輩が後からついて行く形になった。


「あの三人、元気ですね」


「なにおじさんみたいなこと言ってるのよ。ほら、もっと頑張って」


「うぅ……」


 旅館からここまで少し距離があった。普段運動しないツケがきたのか、もう暑さにやられそうな俺であった。なんだよ、暑すぎるだろ。異常気象だな……。


「でも、確かに今日は一段と暑いわね」


 顔を手で覆い、太陽を見つめる先輩。その姿は、やけに様になっていた。


「ほら、置いていかれるわよ」


 パンパン、と手を叩いて促す先輩だが、俺は中々早く歩けずにいた。……運動しないとヤバイな。俺はかなりの危機感を感じていた。


「ちょっと待ってください〜」


「もぉ。情けないわね……」


 うん、ごもっともでございます。

 反論できずに自責の念に苛まれる。


「こうしたら歩けるでしょ?」


 そう言うと、先輩はパッと俺の手を取って前に進んでいく。咄嗟のことに困惑する俺。


「……ありがとうございます」


 自分の情けなさを感じ、声が小さくなってしまったが、祭りの喧騒に飲まれない昼間。感謝の言葉はしっかりと先輩の耳へと伝わった。

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