第25話 温泉とは、一種の幻惑である

 散策も終わり、俺たちは旅館へと戻ってきた。


「温泉もあるみたいだよ! 汗かいたし、行こうよ!」


 旅館内の地図で温泉を指さしながら言う香織。


「いいな、温泉。行こう行こう」


 暑い中歩いたので、もう疲労困憊だ。温泉で早く癒されたい。


「よし、決まりだね!」


 各々一旦部屋に着替えを取りに行った後、部屋の前で集合する。着替えといっても、旅館備え付けの浴衣だ。温泉は離れにあるそうで、少し歩くとアニメや漫画で見慣れた、青と赤の湯マークが目印ののれんがかかった建物が見えた。


「下木、ちょっと」


 東坂に服を引っ張られる。背が小さいからこうするしかないのか……? 少し可愛げがあるように思えた。


「どうした?」


 連れられるまま男子風呂の入口まで来る。そこには看板が立っていて、張り紙がされていた。なになに……


「男子更衣室のロッカーが壊れていたのを発見したため、現在修理中です。十七時半には終了する予定ですので、誠に申し訳ないですがまた改めてお越しくださいませ……」


「どうするの?」


「んー……、まぁ仕方ない。東坂たちは先に入っててよ。俺は時間を潰すよ」


「私はいいけど……、他の皆には……」


「俺の方から説明しておくよ」


 俺は先輩に事情を話す。先輩は少し困ったような顔をしたが、やがて納得してくれた。


「二人には話しておくわ。私たちも少しゆっくりお風呂に入ることにするから、ご飯は一緒に食べましょうね」


「はい、ありがとうございます」


 現在時刻は五時十五分。部屋に戻るのもありだが、またここに来るのもめんどうだ。しかしあの張り紙、三年前の事件を思い出すな。

 少しの違和感を残しながら、近くのベンチに座って時間を潰すことにした。

 それにしても疲れた……。俺は今日見に行った場所を思い起こす。祭りの場所から少し歩くと、神社があった。小さな神社で、人気ひとけはなかった。神社を出て少し登ると、川にでる。平日の昼間でも釣り人がちらほらと見受けられた。水中が見られるくらい綺麗な清流だったので、よく魚が釣れるのだろうか。少し手で触れてみたが、かなり冷たかった。そしてその川からもっと登ると、見晴らしのいい場所に出る。街を一望でき、夜に訪れると絶景が見れそうだ。ちなみに、見晴らしのいい場所から少し登ると旅館に出る。丁度一周して帰って来れるルートになっている。まさに環状線のようだ。一周した後は、二度手間だったが街に出た。祭りが開催される場所をもっと下ると、和風の街並みが揃う商店街がある。そこで蕎麦を食べて、昼食を済ませた。その後はお土産を見たりして時間を潰し、また旅館へと戻ってきたわけだ。思い浮かぶ場所といえばこれくらいか……。


「もしかして、温泉に入られるお客様ですか?」


「……えっ? あっ、はい。そうです」


 気づけば睡魔に襲われていた。うつらうつらしていた俺を覚醒させたのは、仲居さんだった。貼り紙の看板がないところを見ると、修理が終わったようだ。


「申し訳ありません、大変お待たせ致しました。どうぞごゆっくり」


「ありがとうございます」


 時刻は五時半。終了予定時刻ピッタリだった。青色ののれんをくぐると、更衣室に出た。ロッカーの一個や二個くらい、壊れていても支障がなさそうなほどの広さだった。

 適当な場所のロッカーを選んで開ける。そこに女児用パンツはあるわけなく、ただ何も無い正方形の空間だった。

 温泉内は誰もおらず、一人で占領できた。そのため泳いでみたり、裸で寝転がってみたり、子供じみたことばかりしていた。


「お、露天風呂もあるのか」


 外に出ると、爽快な風が体を包んだ。あぁ、裸最高! いや、決してパンツを否定したわけじゃないぞ!


「やっぱり、先輩のおっぱい大きいですね〜。そんなもの持ってるんだったら―」


 …………。

 入ってそうそう、聞いてはいけないものを聞いてしまった気がする。最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったが……。俺は聞いていてもいいのだろうか。いや、ダメか。いやでもしかし、このまま聞きたい気持ちもある。寧ろそのほうが強い。よし、ここは好きなラノベでも羅列して気を紛らわしながら聞こう!


「も、もうっ。香織さん……やめっ……、あっん……」


 やはり、俺の聴覚は間違っている。


「ほれほれ〜。よいではないかよいではないか〜」


「あっん……。香織さん……、親父臭くなってるわよ……んっ……」


 青春パンツ野郎は、先輩と同級生の夢を見ない。


「夏樹ちゃんも、いずなちゃんも触ってよ〜。ほれほれ〜」


「こ、こらっ! 香織さん……。私の胸はフリー素材じゃないわよ……。ああっ! こら! 南波さん!? 東坂さんまで!? んんっ……」


 露天風呂のペットな彼女。


「おおっ、確かにこれは……」


「でしょでしょ? いずなちゃんはどう?」


「う、羨ましいです……」


「も、揉まないで! い、いやっ……、そ、そこは……ダメっ! あっん……」


 おっぱいさえあればいい。


 うん、ダメだこれ。もう俺のナニとは言わないが限界を迎えている。

 ん、なんだこれは……幻覚か? 目の前に、『コンテニューしますか?』と見えるぞ。よし、とりあえず押してみよう。

 湯あたりと、先輩たちのやり取りのせいで頭がおかしくなったのか、ついに幻覚が見えてきた。

 おぼつかない足取りで壁際に向かう俺。どんどん先輩たちの声が近くなっていく。しかし、遠くなっていく感覚にも襲われた。


「も、もう! 香織さん、いい加減に……」


 はは、ははは。もう少し、もう少しでもっと近くで聞ける……。あはは、ははは、はは、は……は……


 バタン、ガシャン、ドシャン


 ああ……クエストクリア……。無事に、VRMMO(もみもみおっぱい)から帰還できそうだ……。


 湯けむりの色気に惑わされ、一人の男が意識を失った。その男の名を、下木優と言う。

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