第22話 掴めたものは
ゆっくりと入水する。少し冷たいが、今はそんなことは気にならない。
今日はクロールのテスト当日だ。あの日以来、ベッドの上で手を回してみたり、お風呂ではイメージトレーニングに励んだ。だからこの前よりも上手く泳げるようになったはずだ。全力で泳げば東坂にだって勝てるはず。
ピーッ
開始の笛が鳴り響いた。勢いよく壁を蹴ってスタートをきった。出だしは好調、水に乗り、全力で足を動かす。そして、目先にパンツを思い浮かべる。
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
全力で腕を回す。パンツから遠ざかると共に、自分の体はすいすいと進んでいた。もう少し、もう少しで二十五メートルを泳ぎ切る。
おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
最大限まで腕をのばして、壁をタッチする。なんとか泳ぎ切った……。泳げなかったことが嘘みたいだ。俺はプールから上がり、先生の元へ行く。
「下木、タイムは―」
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金色のツインテールが風で靡いていた。目的の人物は指定の場所で待っていた。
東坂いずな。この勝負の相手だ。こいつに勝てば、パンツの持ち主探しを手伝ってもらうことになっている。
「すまん、待たせたか?」
「めっちゃ待った……って言いたいところだけど、今来たところだわ」
素直じゃないやつだなぁ……。
決して口には出さない、出したら最後、得意の毒舌で辛辣な言葉が返ってくるだけだ。
「早速だけど、タイムを言い合おう」
「そうね。いっせーのーで、で言いましょう」
ビュウ、と風が吹く。木々が揺れ、草々も靡く。まるで、一瞬の緊張感を演出しているようだった。
「いっせーのーで」
東坂が合図を言う。俺もそれに合わせて、自分のタイムを述べる。少し、俺の方がタイミングが早かった。
「二十九秒」
「三十一秒」
…………か、か、か…………
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
天に拳を掲げる。まさか、勝てるなんて……。練習に協力してくれた三人のおかげだな……。それと、パンティエルにも感謝しないといけないな。
「な、私が……負けた……?」
その場でガックリと項垂れる東坂。俺は以前のリベンジを果たしたのだ。そして、俺が勝った暁には……
「パンツの持ち主探し、協力してくれよな?」
「う、うぅ……」
満面の笑みで東坂の肩に手を置く俺。自分でも分かる、最高にウザイ。
「わ、分かったわ……。それで、何をすればいいの?」
「そうだな……。とりあえず、今日の放課後、四階にある裁縫部の部室に来てくれ」
俺がそう言うと、東坂はこっくりと頷いた。そんなに負けたのがショックだったのか……。まぁ、俺が勝って嬉しい分、東坂は負けて悔しいのかもな。
とぼとぼと歩いて帰る東坂の背中を目で追いつつ、俺もゆっくり教室へと歩みを進めた。
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放課後、裁縫部の部室。
今日から新しい仲間が一人増えた。
「えーっと、今日からパンツの持ち主探しを手伝うことになった、東坂いずなです。よろしくお願いします」
気まづそうに挨拶をする東坂。しかしこんな時、真っ先に接してくれるやつがこの部活にはいる。
「東坂さん! ようこそ裁縫部へ! 私は西条香織。気軽に香織って呼んでね! 私もいずなちゃんって呼んでもいいかな……?」
そう、香織である。ほんと、コミュニケーション能力に長けたやつだ。素直に尊敬する。
「よ、よろしく……。え、ええっと、香織……。あ、ええっと、私もいずな、でいいです」
それに比べて、東坂は……。
いや、俺も人のこと言えないか!?
「何故か敬語出てるよ!? あはは、いずな、面白いね」
「す、すみません!」
「また敬語出てるよ!? ほら、もっと肩の力抜いて!」
東坂は緊張しているのか、ガチガチであった。
すると、東坂は香織に肩を掴まれてリラックスするように促されていた。その時、東坂の頬が赤く染まっていたことを見ると、照れているだけなのかも知れない。
俺にはいつも当たりの強い東坂だが、同性と会話する時はこんな表情をするんだな。新しい一面が見れた気がして、どこか嬉しい。見れば、もう先輩や南波ともコミュニケーションをとっていた。案外上手くやれそうだな。そう思い、ゆっくりと椅子に腰かけた。
「東坂さんも来たことだし、始めましょうか」
先輩の掛け声で部活が始まる。かといって裁縫をするわけではない。今日は先輩から話があると聞いている。先輩曰く、是非とも東坂にも参加してほしいとのことだった。
先輩はホワイトボードの前に立ち、ペンのキャップを取ってこちらを向いた。
「東坂さんも部員になったことだし、こんなことを計画しようと思うの」
「私部員になったんですか!?」
勝手に部員にされたらしい東坂が驚きの声をあげる。そして、ちらりと俺のほうを一瞥してきた。俺はなにもしてないことを強調するため、強く首を横に振った。
「え!? 部員になってくれたのではないの?」
「ち、違いますよ! 私はただ協力する、とだけ言いました!」
抗議の声をあげる東坂。先輩のほうを見ると、なにやら南波とアイコンタクトをとっていた。
「そう……なのね……。東坂さんが入ってくれると思って楽しみにしていたのに……。でも、入ってくれないんじゃ仕方がないわね……」
先輩が涙目になる。
……って、南波さん!? 東坂の後ろで先輩に向かってカンペ出すのやめようね!?
『そこで涙目』のリクエストに答える先輩も凄いけど!?
「あ、いや、そこまで言うんであれば、まぁ、入りますけど……」
東坂、完全に負けである。先輩、恐るべし……。いや、本当に恐ろしいのは南波か……?
「嬉しいわ! ありがとう! 東坂さん!」
東坂の手をとる先輩。こんな嬉しそうな表情は久しぶりだ。南波はカンペを出していないので、これは心からの笑顔だろう。東坂も顔が赤くなっている。
「それじゃあ気を取り直して始めましょうか」
先輩がホワイトボードに文字を書き始める。やがて書き終えて、ペンをキャップにしまう。俺はホワイトボードの文字を読み上げた。
「夏休み裁縫部……合宿!?」
つい声が大きくなってしまった。それにしても、予想外の文字が並んでいた。
「そうよ、合宿よ。いいでしょ、合宿」
先輩の目が輝いている。うん、楽しみなんだね。そんな先輩の目を見て計画に反対するなんて俺には出来ない。
「俺はいいですよ。他の皆は?」
「私は全然おっけー!」
「私も」
「私も……って、私も行っていいんですか?」
「もちろんよ! 東坂さんにも是非参加してほしいわ」
「よし、じゃあ決まりですね」
案外すんなり可決された。心の底で、どこか楽しみにしている自分がいた。
「詳しいことはまた明日以降決めていきましょう」
先輩が椅子に座ると、自然と雑談が始まった。部活が終わるまでの時間、ずっと雑談をして過ごした。
「それじゃあ、そろそろ解散にしましょうか」
先輩の合図で各々が帰宅準備を始める。
俺は先輩の隣に行き、こっそりと質問をする。
「それにしても先輩、どうして急に合宿なんですか?」
「いいじゃない。折角だし楽しまないとって思ったのよ」
「運動部でもないのに合宿って珍しいですね」
「合宿ってのは名目上だけだわ。本当はただ遊びに行くだけよ」
「やっぱりそうですよね」
苦笑いする俺。そんな俺を、先輩はじっと見つめていた。
「それに、最後かもしれないから」
「最後?」
「いいえ、なんでもないわ」
そう言って先輩は鍵をとって、俺に早く出るよう促してきた―。
最後? 何が? 部活が? でも、かもしれないって言ってたよな。どういうことだ……。
頭を捻らせるも、結局ピンとくる答えは浮かんでこなかった。
合宿が楽しみな裏腹、先輩の言葉の意味が分からずモヤモヤする俺だった。
「深く気にしすぎてもあれか……」
一旦考えるのをやめ、カバンを取り、部室を出た。静かな廊下には、今日も夕日が差していた。
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