第17話 金と銀と黒

 今日は約束の土曜日。皆でプールに行く日だ。とはいえただ遊びに行くのではなく、俺が受けた勝負に勝つために行くのだ。気を引き締めなければと思い、洗面所の鏡でもう一度服装や表情を確認する。


「よし」


 少し早いが、待ち合わせ場所へと向かった。先輩に一緒に行こうと誘ったのだが、なにやら準備があるらしく断られてしまった。今日は快晴、絶好のプール日和だ。


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 待ち合わせ場所に着くと、先客がいた。


「おはよう香織、早いな」


 駅前に着くと、香織が既に到着していた。待ち合わせまではあと十五分くらいあるので、素直に驚いた。


「おはよう! 待ち合わせ時間は絶対厳守するって決めてるからね!」


 香織は自信満々に胸を張った。以前香織となら勉強会をしたことがあるのだが、思えば裁縫部の皆で休日に集まるというのは初めてだ。


「いい心がけだな。それにしても、何分前に着いてたんだ?」


「んーと、あんなこと言っといてあれだけど、実は優が来る三分前くらいなんだよ」


 香織は「あはは……」恥ずかしそうに頬をかいた。俺は「そうか」と頷いて、改めて香織を見る。今日の香織は純白のワンピースに麦わら帽子を被っていて、どこか儚い少女を連想させる。そしてなにより、香織の特徴である綺麗な金髪を純白のワンピースが補色していて、より一層目立たせていた。ところで、香織の金髪は染めているのだろうか。今まで意識したことはなかったが、ふと気になった。


「香織の金髪って染めてるのか?」


 俺はつい尋ねる。


「よく聞かれるんだけど、地毛なんだ。両親はどっちも日本人なんだけど、母がたのおじいちゃんがアメリカ人で金髪なんだ。それが何故か私に遺伝してきたみたい」


 隔世遺伝と呼ばれるやつだろうか。名は知っていたが、実際には初めて見たかもしれない。そもそもそこまで踏み込んで話もしないしな。


「そうなんだ。でも、綺麗だな」


 俺はふと言葉が漏れていた。気づき、慌てて香織の方を見ると、頬を赤くして俯いていた。


「……んーと、その、ありがと……」


「お、おう」


 俺たちはいたたまれなくなり、互いに無言になる。しばらくなんとも言えない空気感の中待っていると、南波が来るのが見えた。


「おはよう」


 南波に挨拶をすると、「おはよ」と返してくれた。香織はどこが落ち着かない様子で南波に挨拶をしていた。そんな香織の様子を見ていると、こっちまで恥ずかしくなるからやめてほしい……。


「さっき香織と髪色の話をしてたんだが、南波の銀髪は染めているのか?」


 俺はどうにか気を紛らわそうと、南波に話をふる。……髪色の話じゃねぇか!! 南波はいきなり話を振られて少し困惑していたが、直ぐに答えてくれる。


「ん? あぁ。私のこれは地毛だよ」


「そうなのか!?」


 ずっと染めていると思っていたので、衝撃の告白であった。


「私の両親はどちらも日本人なんだけどね、父がたのおじいちゃんがロシア人で銀髪なんだ。それが何故か私に遺伝してきたみたい」


 ……さっきも見たぞ、この流れ。俺は軽いデジャヴに頭を抱える。


「ん? どうしたの?」


「いや、香織も地毛なんだって。それも南波と同じく隔世遺伝で」


「そうなんだ!」


 すると南波は香織に近づいて、金髪をさらりと撫でる。


「香織、髪綺麗だもんね。これが地毛じゃなかったら逆にびっくりだよ」


「夏樹だって凄く綺麗だよ! 吸い込まれそう……」


 なにやら百合百合な展開が始まりそうだったので、俺は思わず顔を背けた。すると、ちょうどこちらに向かってきていた先輩と目が合った。


「先輩!」


 俺が先輩に向かって手を振ると、香織と南波も反応して、手を振る。


「ごめんなさい、待たせたかしら?」


「全然待ってませんよ。皆今来たところです」


「そ、そう?」


 先輩は俺たち三人を見て軽く頭を下げた。先輩の私服姿は初めてだ。先輩は、白のゆったりとしたシャツに、デニム色のロングスカートを合わせていた。先輩の大人っぽい雰囲気にとてもよく似合っていて、素直に見惚れてしまう。それに、先輩の綺麗に伸びる黒髪がより一層際立てている。


「ど、どうしたの?」


 先輩が少し不安げに俺のことを見つめてくる。思わず見惚れていたとは言えず、俺は誤魔化す。


「な、なんでもないですよ。あっ、そういえば、香織と南波と髪色の話をしてたんですが、先輩は黒色ですね」


 焦りのあまり、単調すぎる会話になってしまった。先輩は少し訝しんだが、何事もなかったかのように返事をしてくれる。


「そうね。昔からずっと黒髪だわ」


「先輩の髪、長くてめっちゃ綺麗ですよね! ほんとずっと見てられます……」


 香織がじっくりと先輩の髪を見つめながらいった。


「そ、そうかしら?」


 先輩は少し頬を赤くして答えた。


「確かに、めっちゃ綺麗ですよね」


 俺もつい言葉を続けた。先輩は「へぇ!?」と素っ頓狂な声を出したが、


「……ありがとう」


 と顔を真っ赤にして言った。これは、俺が悪いのか……?


「で、でも、今はロングだけど、昔はショートだったのよ」


 先輩は誤魔化すように話を続けた。そこに、香織と南波が食いつく。


「そうなんですか! ショートの先輩、見たい……」


「確かに、今と違う先輩も少し見てみたいです……」


「ま、また今度見せてあげるわ」


 先輩がそう言うと、二人は嬉しそうにはしゃいだ。俺も、少し気になるな……。


「先輩。俺にも見せてくださいよ」


 俺も興味本位でお願いすると、先輩は少し動揺した後、顔を赤くして言った。


「ゆ、優くんはダメよ! 絶対ダメ!」


「そ、そんなにダメですか!?」


 先輩があまりにも拒否するので、つい聞き返してしまった。俺にも見してくれたっていいじゃん……。いじけるよ? 俺。


「優くんは……、まだダメ」


 まだ、と言うのことは、いつかは見せてくれるということなのだろうか。先輩が嫌がっていることを無理にお願いするのも気が引けるので、俺は納得しておくことにした。


「……わかりました」


 ふと時計を見ると、時刻は集合時間の九時を回っていた。先輩も気づいたのか、「あっ」と声を上げた。


「そろそろ時間ね。行きましょうか」


 先輩の提案に、三人とも頷く。俺たちは駅内へと向かい、改札を通った。

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