第15話 春芽吹く

 朝九時四十分。私は裁縫部の前に立っていた。昨日先輩から受け取った鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回した。


「好きな時に部室は使ってくれていいわよ」


 先輩がそう言ってくれたため、私は有難く使わせてもらうことにした。クラスに所属してないとはいえど、勉強はしっかりとしている。担当の先生が授業などで出払っている場合は自習をする。今日はたまたま先生が出張なので、一日自習となる。中学の時は真面目に勉強していたので、高校の分野も未だ問題なく進めることが出来ている。私は椅子に座り、教科書とノートを広げ自習に取り組んだ。私しか居ない部室。それは静かなもので、ペンとノートが擦れ合う音しか聞こえない。

 チャイムが鳴ったので、私もそれに合わせてペンを置いた。私は伸びをして机に突っ伏した。顔を上げて辺りを見渡すと、異様な存在感を放っている掃除用具入れが目に入った。私はそれに引き込まれるように近づいて行った。


「......開けてもいいよね」


 そっと手をかけるが、私の本能があと一歩のところで阻止した。


「......やめとこ」


 私はUターンして、元の位置へと戻った。


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 二時間目、三時間目と過ぎる度、掃除用具入れが気になって仕方なかった。

 四時間目が終わり昼休み。私は昼食のことなど忘れ、おもむろに立ち上がった。そして、そのままゆっくりと掃除用具入れへと向かっていく。


「見るだけ、見るだけ。あれは普通の掃除用具入れ」


 そうだ。あれは掃除用具入れなんだ。何故か異様な存在感を放っているが、中身は掃除用具が入っているに違いない。そう思い、私は勢いよく扉を開けた。


 ドサドサドサドサッ......


 ロッカーから溢れてきたのは、大量のだった。


「?????」


 私の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。男性用パンツ......? 確か下木は女児用パンツが好きだったはず。ではこれは誰の男性用パンツ? 下木が大量に所持している? それとも香織? いや、先輩? 私は頭がパンクしそうだったので、何も考えずに男性用パンツを掃除用具入れに戻し、席へと戻った。


「私は何も見てない。私は何も見てない。私は何も見てない」


 自分自身にそう言い聞かし記憶から抹消しようとするが、強烈に海馬に刻み込まれているのか中々忘れることができなかった。


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 五時間目、六時間目は内容が頭に入らず、中々集中できなかった。六時間目が終了するチャイムが鳴り、私はもう一度掃除用具入れを開けてみることにした。


「あれは何かの間違いだよね。勉強してる間に寝てしまって見てた夢なんだ。そう、あれは夢......」


 私は少し遠慮したが、もう一度深呼吸して扉に手をかけた。そして、私は強く強く願いながら扉を少し開けた。しかし私の願い叶わず、隙間から男性用パンツが溢れてくる。


「あぁ、現実だった.......」


 私は頭を抱えてその場で崩れ落ちた。一体裁縫部の誰が......? 先輩がこんなことするわけないし、やっぱり下木......? 香織なわけもないし......。私はしばらく思考の沼に嵌っていた。私が掃除用具入れの前から立てずにいると、部室の扉が開く音がした。まずい、と思って咄嗟にパンツを隠そうとしたが遅かった。そこに立っていたのは、氷堂先輩だった。


「あら、南波さん。来てたのね。お疲れ様」


 先輩は笑顔でこちらに歩み寄ってくる。


「南波さん、ここ開けた?」


 先輩は掃除用具入れを指して聞いてくる。これは正直に言うべきか......? 私はしばらく回答を濁していたが、隠しても何もおきまいと思い、正直に言うことにした。


「はい、見ちゃいました」


 私が申し訳なさそうに言うと、先輩は何故か安堵したような表情をした。


「そう。なら良かったわ」


「えっ、どういうことですか?」


 私は思わず聞き返した。


「んーと、まず最初に言うと、この男性用パンツは私が作ったものなの」


 なんと、これは先輩のものだったのか......。選択肢から除外していたので素直に驚いた。私はなるべく平然を装いながら「はい」と相槌をうち、話の続きを促した。


「私、説明がどこか一つ足りないみたいで上手く伝えれないけど......」


 先輩は少し頬を赤くして私のほうを見てきた。


「私だって、他の人と違うところがあるってことを見てほしかったの。本当は昨日言おうかと思ってたのだけれど、流石に混乱しちゃうと思って今日にしたの......」


 そう言って先輩は一息つき、また私の方を向き直った。


「だから、安心してここに居ていいのよ。これからも一緒にいるのだから、私のことを少しでも知ってもらった方がいいでしょ?」


 もともとこのような事をするのは苦手なのか、先輩は顔を真っ赤に染めていた。私はそんな先輩の表情を見て思わず微笑んだ。


「せんぱい.......。ありがとうございます。私、すごく安心しました」


 私は思わず先輩に抱きついていた。先輩も手を回してくれて、私たちは抱き合っている状態になった。先輩の背中と手は、終わったはずの春が芽吹き始めるような温かさだった。


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 俺は終礼が終わると、足早に部室へと向かった。いつもより長引いてしまったので、もう皆部室に集合しているだろうか。因みに香織は家の用事で部活にはいけないと言っていた。今日も南波は来ているかな。南波が馴染めてくれるといいんだが......。俺は期待と少しの不安を抱きながら部室へと向かった。

 部室に着くと、中から声がした。先輩と南波の声だ。何を話しているかは分からないが、せっかく南波が来てくれたんだ。少し先輩と話す時間を作ってやるか。俺はどんな雰囲気で話しているのか気になり、窓から少し中の様子を覗いた―


 そこには、先輩と南波が抱き合っている姿があった。


 いやいやいや、どういう状況!? 確か先輩はこの前も香織と......。まさか先輩ってやっぱり......。

 俺はあまりの衝撃に思わずしゃがみこんだ。


「人それぞれだもんな。みんなちがってみんないい、だからな」


 うんうん、先輩も俺には言い難い秘密もあるよな。いや待てよ、この前は香織で今回は南波......? 浮気か!? 浮気なのか!?

 俺はあまりの情報量の多さに、頭がパニックになってしまいそうだったので一旦深呼吸する。


「帰って寝るか」


 思考がショートした俺は、先輩に今日の部活は休むという旨を連絡し部室の前から去った。

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