第14話 新しい居場所
本棟四階、最果てとも言える場所に裁縫部はあった。裁縫部と書かれたプレートを発見し、私は少し安堵した。少し耳を傾けると、中から暖かい笑い声と三人ほどの声が聞こえてくる。私がここに入っていいのか少し躊躇われたが、下木の言葉を思い出してドアに手をかけた。
「私のことも、受け入れてくれる......か」
小さく呟き、「失礼します」と一声掛けてドアを開けた。裁縫部は現在使われていない家庭科室を使用している。中は大きな机が四つ、そして掃除用具入れがあるだけの想像しているより質素な教室だった。
私が入ると同時に、下木、黒髪の生徒、金髪の生徒が挨拶をしてくれた
「南波、来てくれたんだな」
「あら、いらっしゃい」
「はじめまして!」
私は他の生徒よりも早く登校している。そのため下木以外の生徒と会うのは久しぶりなので、少したじろいだがなんとか挨拶を返す。
「は、はじめまして」
なるべく聞き取りやすい声量で言ったつもりだったが、ちゃんと聞こえただろうか。そんなことを気にしていると、黒髪の生徒が綺麗に微笑んだ。
「あなたが南波さんね。話は聞いているわ。私は氷堂華憐。二年生で、裁縫部の部長をやっているわ」
私は少しの間目を奪われていた。物凄く美人だ。今まで見てきた人の中で一番だと思う。姿勢良く座っていて、綺麗に伸びている黒髪が余計オーラを感じさせる。声も大人っぽく、聞いていて落ち着く。完璧超人とはこの人のことを言うのだろうか。
「は、はい! 南波夏樹です! 一年生です! よ、よろしくお願いします!」
私も慌てて頭を下げて自己紹介する。すると、氷堂先輩の横に座っていた金髪の女の子が元気よく「はい!」と手を挙げた。
「私は西条香織! 夏樹ちゃんと同じ一年生で、最近裁縫部に入部したばかりだよ! よろしくね!」
「は、はい! 西条さん、よろしくお願いします! 」
「同学年なんだから敬語はいらないよ! あと香織でいいよ!」
「か、香織......。うん、よろしく......」
同学年の子を下の名前で呼ぶなんて久しぶりのことだから、少し恥ずかしかった。香織は満足そうに頷いて、私に席に着くよう促してくれた。私が座ったのは下木の隣だった。
「南波、改めて言うが来てくれてありがとう。少し話してみた感じどうだ?」
「う、うん。......いい人たちだと思う。優しそうだし、話しやすい」
「なら良かった。どうする? 裁縫部に入部するか?」
「んーと、その前にちょっと」
私は誘いを少し保留にした。本当なら今すぐに入部しても構わないのだが、一つ確認したいことがある。私は先輩と香織のほうを向き、しっかりと目を見た。
「あの、私のことなんですが」
そう切り出して、私は自分の他人とは違うところ、コンプレックスなど全てを話した。話している間、二人は真剣に聞いてくれていた。
「―です」
私は一通り話終え、ふぅと一息ついた。二人ともどう思ってるかな。私のことを本当に受け入れてくれるの? 一抹の不安が頭をよぎった。そして改めて二人のほうを向き直ると、二人とも何故か泣いていた。
「夏樹はすごくがんばってるんだね.....。すごい、すごいよぉ......。私も応援するから、何か困ったこととかあったら教えてね......!」
「南波さん......。今まで苦労したでしょう......。でもここではそんな気負いもしなくて済むわ。優しい仲間達と楽しい時間を過ごしましょう」
二人の様子に私はつい慌ててしまい、思考がパニックになる。
「え、ええっと......」
私が困っていると、下木が助け舟を出してくれた。
「先輩も香織も、そんな一気に喋ったら南波混乱しちゃうから......。勇気出して話してくれたんだし、まだ気持ちが落ち着いてないかもしれないしね」
「そ、そうね。ごめんなさい」
「ご、ごめんね! 夏樹、大丈夫?」
先程の不安は消し飛び、信頼の感情が芽生え始めた。この二人なら―
「だ、大丈夫です! 先輩も香織もありがとうございます。私、決めました!」
私は深呼吸して息を整えた。そして、カバンから一枚の紙を取り出して書き込み、先輩に手渡した。
「私、入部します!」
私は一つの答えを口にした。私の人生の分岐点となりうるかもしれない選択。この人たちと関わることで、何か一つでも変われたらいいな。私は期待と希望を胸に抱いて、真っ直ぐ先輩の目をみる。先輩は「うん」と笑顔で頷いた。
「ようこそ、裁縫部へ。これからもよろしくね。基本的に放課後は毎日ここに集合ね。休みの時はまた連絡するわ。あ、ちょっと待って......」
先輩はノートの片隅をちぎり、何かを書き込んで私に手渡してきた。
「私の連絡先。部活のことで何かあれば連絡するから、後で登録しといてくれないかしら。南波さんも何かあれば遠慮なく連絡してきていいわよ」
それは先輩の電話番号が書かれた紙だった。私はそれを大切に折り、胸ポケットへと入れた。
「ありがとうございます! これからもよろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。クラスに居場所が無かった私がやっと見つけたこの場所。大切にしていきたい。ずっと守っていきたい。そんな思いを込めながら頭を下げた。
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そこからしばらくは何気ない雑談をしたりして時間を過ごした。そうしているとあっという間に日が落ちて、そろそろ帰宅しようかという雰囲気になった。
「じゃあ今日はお疲れ様。続きはまた明日ね」
先輩のこの言葉が合図なのか、下木と香織はカバンを持って立ち上がった。私も二人に倣ってカバンを持って立ち上がったが、それと同時に香織が近づいてきた。
「夏樹は家どっち?」
「正門から出て左に行くよ」
私がそう言うと、香織は嬉しそうに笑った。
「じゃあ私たちと一緒だね! 今日からは四人で帰れるね!」
「う、うん!」
私は誰かと一緒に下校できる嬉しさ故に心が弾んでいた。
「ほら、鍵閉めるわよ」
先輩が促すと、香織が私の手を取って「いこっ」と言い歩き出した。
「ねぇねぇ、夏樹ってLINEやってる?」
部室を出て直ぐ、香織が聞いてきた。
「う、うん。やってるよ」
「ほんと! じゃあ交換しよっ」
香織はスマホを取り出したので、私も取り出した。「かして」と言われたので、私は言われるがままに差し出した。すると、直ぐに私の手元に戻ってきた。
「うん! これでおっけー! ありがとう!」
香織はスマホを私のほうに向けて、私とのトーク画面を開き、「よろしくねっ」と入力して送信した。すると直ぐに通知がきたので、私も「よろしくね」と返す。香織はにひひと笑い、「夏樹とLINE交換しちゃった! 優に自慢してこよっと」と言って走っていってしまった。私は初めて同級生のLINEを手に入れたことが嬉しく、ぎゅっとスマホを胸に寄せていた。すると横から声をかけられた。
「南波さん、今日はどうだったかしら?」
戸締りを終えた先輩が私の横に立った。いい匂いがする。
「凄く楽しかったです! 明日からも楽しみです!」
これは本心であった。
「なら良かったわ。あっ、これ渡そうと思っていたの」
先輩はポケットから何かを取り出した。
「これ、部室のスペアキーよ。南波さんのことを聞く限り、必要だと思ったのよ。遠慮せずに受け取って。好きな時に部室は使ってくれていいわよ」
「......ありがとうございます!」
私はその気遣いに涙が溢れそうであった。しかし、人前で泣くということが昔から恥ずかしいので必死に我慢した。
この関係、友達というにはまだ早いのかもしれない。しかしこんな楽しい毎日を過ごすうちに、いつか親友と呼べる日が来ればいいなと私は思う。
私たちは夕日が差す廊下を同じ歩幅で進んだ。私は三人に遅れることなくついていく。
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