第13話 みんなちがってみんないい

 それは、雲行きが少し怪しく、今にも雨が降りそうな梅雨のことだった。今日は日直の為、いつもより少し早く一人での登校だ。


「あついな......」


 梅雨が明けても湿気は残り、嫌な暑さと共に体にまとわりつく。俺は手で顔を仰ぎながら通学路を歩いた。ちなみにパンツを水で濡らしたものを被ると、熱中症対策になるよ!

 俺がそんなしょうもないことを考えながら歩いていると、思わず前を歩いていた人とぶつかりそうになる。


「あっ、すみません......」


「......?」


 その子は初めて見る顔だが、俺の通う高校の制服を着ていた。銀色に染められたショートカットが印象的だ。うちの校則は比較的緩く、髪を染めるのも許可されている。

 その少女はだるそうな表情をしたが、直ぐに歩き出した。俺もまたぶつからないよう、少し歩調を緩めて歩き出す。彼女はイヤホンをしていたが、俺の謝罪は聞こえていたのだろうか。彼女の後ろ姿を見ながらそんな些細な事を考えていると、一吹きの風がを襲った。


 ビュウウウ......


 風が吹き荒れる中、俺が目を開けると、そこには―


 "尻"があった。


「!?!?」


 俺がその場に立ち尽くしていると、振り向いた彼女と目が合った。


「あ......」


「あっ、すいません!!」


 俺のこの謝罪は聞こえたのか分からないが、彼女は平然とした顔でイヤホンを外しながらこちらに近づいてきた。


「見た......よね?」


「えっ!? あっ、はい......、まぁ見ました」


「ふぅーん......。君、名前は?」


「あ、あぁ......。下木優しもきゆうです。下ネタの下に、木馬の木に、男優の優って書きます」


「引用のセンスが最悪だね......。私は南波夏樹みなみなつき。南に波に夏に樹って書く」


「南波さんは引用ってレベルじゃないですけどね......」


 それにしても、見た事のない顔だが先輩だろうか。うちの高校はスリッパの色で学年を判別するので、校内に入らないと学年が分からない。


「あっ、ちなみに一年だから。君は?」


「じゃあ同じだ。俺も一年」


「ふぅーん」


 彼女はそう呟いてまた通学路を歩き出す......。じゃねぇよ!! 何を普通に歩き出してるんだよ!!


「あの、その、えっと......」


「......なに?」


 俺は勇気を出して言った。


「な、なぁ......、南波さん......、なんでノーパンだったの?」


「......それ聞く?」


 南波は髪をくるくると指に絡ましながら、俺のことを見てくる。俺はノーパンの真実を知る為に、もう一押ししようと考えた。もし南波がパンツを履いていたら、パンチラ......いやパンモロのチャンスだったのに!!


「あぁ、俺はノーパンの真実を知りたいんだ!!」


「うわぁ......」


 南波さんはあからさまに引いていたがしょうがないな、という風にため息をついた。そして、口を開いた。


「まぁ、あれだね。見られるのは恥ずかしいけど、それに快感を覚えるってこと」


「え、えーっと......それってつまり露出癖......」


「ろ、露出癖って言わないで!!」


「そこは拘るんだ!?」


 俺は謎の頑固さに疑問を覚えながらも、会話を続けるために質問する。


「ええっと......、ってことは毎日ノーパンってこと......?」


「まぁ、そうだね。ブラもつけてないよ。見る?」


「......!? 見ないから!!!」


 な、なんなんだこいつ......。距離の詰め方がよく分からない......。

 そして、南波は軽快に笑った。


「皆には内緒にしといてね。まだ君にしか言ってないから」


 そう言ってそそくさと立ち去ってしまった。と、とりあえず、一年に変わったヤツがいると......。

 俺は状況が整理できず、しばらく立ち尽くしていた。そこにピロンッと軽快な音が鳴った。


『やっほー☆ パンツの天使、略してPT! パンティエルだよ!! 久しぶりだね! 早速だけど、今回の件に入るね! さっき君が接触した女の子、要注意! じゃあね!!』


 俺は思わず「おぉ」と歓声をあげた。いつぶりのパンティエルからの連絡だろうか。また一つパンツの持ち主へと近づいたのか......? それにしても、いつ見てたのだろうか。案外この近くを探したらパンティエルがいたりして......。俺はふと辺りを見渡した。


「いや、ないな」


 俺は首を振り、諦めて歩き出した。それにしても、南波さんが要注意人物......? また今日探してみるか。


 -------------------

 昼休み。俺は直ぐに昼食を済ませ、一年生のフロアを探し回った。

 のだが......


 全然いないんだけど!?


 何あいつ、ステルス能力持ってるの!? 全クラス回ったのにどこにもいないんだけど!?

 図書室や食堂も探したがいなかった。俺は諦めて教室へと戻るために歩いていた。


「あっ、そういえばあそこ探してなかったな」


 俺たちの学校は基本的に屋上には入れないのだが、特別な事情がある場合は使用を許可されることがある。もしかしたらと俺は階段を登り、最後の望みを胸に秘めて屋上の扉へと手をかけた。ガチャり、とドアノブが回った。よし来た! と思い、俺はドアを開けた。初めて入る屋上、そこに広がっていた景色は――


 "尻"だった。


「は!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。そりゃドア開けてノーパンノースカの少女がいたら誰でも驚くだろう。まずい、と思って咄嗟に隠れたが、遅かった。


「下木?」


 俺は諦めて姿を現した。しかし、直ぐに後悔した。


「な、なんて格好してんだ! 早くスカート履けよ!!」


 彼女はノーパンのまま俺のほうに歩み寄ってきていた。


「あぁ、ごめん。一度見てるからもういいかと思ってた」


「良くねぇよ!!」


 やっぱりこいつとの距離のとり方が分からない......。


「それで、なんの用?」


 南波さんは気にすることもなく俺に尋ねてくる。パンティエルに要注意人物と言われたので、俺は情報を手に入れるため、手で顔を隠しながら質問する。


「い、いや......。朝聞き忘れてたけど、何組なのかなーって......」


 俺がゆっくりと手を顔から離すと、南波さんはもうスカートを履いていた。俺は安堵して南波さんと向き合う。すると、南波さんはため息をついた。


「......答えなきゃダメ?」


「え?」


 思わず聞き返してしまった。クラスを知られたくない理由があるのか......?


「いや、まぁいっか。君には私の秘密も知られてるし」


 そう言ってまた南波さんはため息をついた。そして、衝撃の事実を告げた。


「私、どこのクラスにもいないの」


 一吹きの風が吹いた。彼女のスカートがめくれることはなく、俺の目も閉じることはない小さくて短いそよ風だったが、俺にはとても長い間吹いていたように感じた。


「その理由、聞いてもいいかな?」


 風が吹き終えた後、俺は南波さんの目を見てしっかりと聞いた。


「まぁ、簡単だよ。単純にクラスに馴染めなかったからいないだけ。中学の時に気づいたんだよね。私、他の人とは違うって。高校入学した時に、先生と話してこうしてもらったんだ。登校はしてるけど、私だけ別室」


 彼女は一通り話終えると、「おかしいでしょ?」と自嘲気味に笑った。南波さんや世間がおかしいと思っていようが、俺はそうは思わない。なんせ俺が普通じゃないからな。ここで俺がかけるべき言葉、いや、俺がかけられる言葉は――


「いや、俺はそんなことないと思う」


「......え?」


 南波さんは驚いたように目を開いていた。


「人それぞれ違う所だって絶対ある。それを放ったらかしにするんじゃなくて、ちゃんと先生に相談したりするのは偉いと思う」


「で、でも......」


 南波が困惑しているが、俺は構わず話を続ける。


「俺はパンツが好きだ」


「......いきなり何を言い出すの?」


「それも女児用のパンツだ。しかも毎朝被ってるんだ」


 南波さんは目を点にしてこちらを見ていた。


「なにそれ、おか......」


「でも、俺はそれをおかしいとは思わない」


 力強く、南波さんの目を見て言った。南波さんは目を見開き、新しいものを見つけたような表情かおをしていた。俺は一気に気持ちを伝える。


「さっき人と違うところなんて絶対あるって言ったけどさ、おかしいって思うのもおかしくないって思うのも人それぞれ何じゃない? だからさ、南波さんも自分がおかしいだなんて決めつけないでよ」


 俺はしっかりと息を吸い込んだ。そして――


「少なくとも俺は南波さんがおかしいだなんて思わない」


 南波さんは暫く俺を見つめ、やがて口を開いた。


「私は、おかしくないの......?」


 俺は「あぁ」と頷いて、彼女の横に立った。南波さんは「そ、そっか......」と顔を赤くして髪をクルクルと指に絡ませていた。その表情をみて、俺も少しむず痒くなってきた。俺は少しからかうつもりで聞いた。


「なぁ、ちなみにさっき何言おうとしてたんだ? まさかおかしい、なわけないよな?露出癖さん」


「ろ、露出癖言うな!!」


 南波は照れているのか、怒っているのか判別つかない表情をした。そして、じっと俺の方を見つめてきた。


「やっぱ下木って変......。でも、面白い」


「変で悪いな。なんせ俺は下ネタ木馬男優だからな」


「なにそれ」


 俺たちは笑った。中身のあるようなないような話で笑い合い、お互いの存在を認識している。どこもおかしくない。

 南波と笑い合い、青空を見ていると一つの考えが思いついた。


「今度、俺たちの部活見にきてみなよ。きっと楽しいよ」


「部活? なんの部活やってるの?」


 南波さんは急に話題が変わったのに困惑したのか、きょとんとしていた。


「裁縫部。みんな個性的で優しいよ。きっと南波さんのことも受け入れてくれる」


「......そう、なの? じゃあ気が向いたら見に行ってみる」


「ありがとう! またいつでも来てよ! 本棟四階の最南端にあるから。もし分からなかったらここに連絡して」


 そう言って俺は携帯を差し出した。南波さんも携帯を取り出すと、手際よく電話番号を登録した。


「ありがと。あ、あと私のことは夏......はちょと恥ずかしいな......。南波でいい。さん、はいらない」


「分かった! じゃあ、待ってるよ! 南波」


 俺は「またね!」と言って南波に別れを告げた。

 少しだけ、距離が縮まった気がしたのは気の所為だろうか。朝は気にしなかったが、何故正直に露出癖があると伝えてくれたのだろうか。誤魔化そうと思えばできたはずだ。まぁ本人は露出癖と言われるのが嫌みたいだが......。少し気になったが、俺はとりあえず心の隅に置いておいた。それにしても、露出癖って見られて快感を覚えるんだよな......。ってことはあんなクールに振舞ってるけど、実は内心興奮してたりするのか? そう思うと俺までこうふ......。ダメだダメだ。考えるな、俺。

 俺は煩悩を取り払い、南波のことを先輩に伝えるべく、俺は二年生のフロアへと向かった。


 -------------------


「またね!」


 彼は元気に手を振りながら帰った。彼を見送ったあと、私はため息より先に言葉が出た。


「"優しい"の優じゃん......」


 それは誰にも届くことなく、ただ青空の中に飲まれていった。

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