第9話 知らぬ間に風は吹いている
ソワソワ、ソワソワ......
今日は香織の家で勉強会の日だ。俺は香織から送ってもらった住所を確認し、既に到着していた。しかし、童貞特有の悩みが発動していた。
......インターホンが押せない。
これは押していいのか? 爆発しない? 大丈夫? 俺はさっきから謎のテンションで、かれこれ十分は香織の家前にいる。周りから見るとただの不審者だろう。そろそろ俺は覚悟を決めて、インターホンを押す。
『ピンポーン』
あぁ! 押しちゃったよ! ヤバイヤバイ。俺がソワソワしながら待っていると、「はーい」と声がした後、ガチャとドアが開いた。
「優、いらっしゃい!」
香織は俺を笑顔で出迎えてくれた。
「お、おじゃまします......」
今日の香織はゆったりとしたTシャツに、ショートパンツという組み合わせだった。露わになった脚が目に入り、思わず顔を背ける。
「こっちだよ!」
俺は香織に連れられ、階段を上る。ほんのりと漂うシトラスの香りが俺の鼻腔をくすぐる。
ここで俺はふと疑問に思う。この家、人いなくね.....? 入ってきた瞬間から薄々感じていたが、恐らく今、この家は俺と香織の二人しかいない。
「あ、あのさ。今日、香織の親って......」
俺が少し躊躇いながら聞くと、香織は「ん?」と首を傾げた後、直ぐに「ああっ!」と相槌を打った。
「親は共働きだから、いつも帰ってくるのが遅いんだ」
「そ、そーなんだ! 大変だね」
や、やはり二人きり!?!? これはまずいのではないか......? 年頃の男女が密室で二人きり......。いや、そんなことを言うと、この勉強会が......。
俺は考えすぎて頭がパンクしそうだったので、一旦思考を落ち着かせて、深呼吸する。「よし」と香織に聞こえないような声量で呟いた。そして、俺は心に言い聞かせる。
『頑張れよ! 俺の理性!』
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「ここが私の部屋だよ! どうぞ!」
そう言って香織は扉を開けた。まず目に入ったのは、学習机。そこでいつも勉強しているのだろうか。それの他に、もう一つ机が置いてあった。今日は恐らくここで勉強するのだろう。その他には、本棚やタンスなどが置いてあった。そして、ふとベッドに目が移る。頑張れ! 俺の理性!
全体的に淡いピンクを基調とした色合いで、一目見ただけで女の子の部屋と分かる。
「も、もう! そんな見られると恥ずかしいからダメ! ほら、そこ座って!」
香織は頬を赤らめながら、俺に座るように促した。まぁ、あんまり女子の部屋をながめていると変な趣味だと思われかねないのでやめておこう。
今、「お前変な趣味だろ!」と思った人、怒らないから素直に出てきなさい。
「優?」
香織に名前を呼ばれて我に返る。
「ご、ごめん」
俺はそそくさと座る。香織は既に座っていて、俺は対面になるように座った。隣は恥ずかしいからな......。すると香織は不満げに唇を尖らせた。
「......隣」
そして、「図書室では隣だったのにな......」と呟いた。あまりにも小さな声で言うので、うっかり聞き逃しそうになる。
少し拗ねたような香織の表情を見て、俺は慌て「わ、分かった」と返事すると、香織もまた慌てて言葉を紡いだ。
「と、隣のほうが勉強教えやすいからね!! 今だとちょっと遠いしね! うん、教えにくい! 決して変なことしようとか、下心とかはないから! あっ、そんなこというとあるみたいになるじゃん......!」
香織の早口に、俺があっけに取られてしばらくほうけていると、香織は耳まで真っ赤に染めて、近くにあったクッションを手に取り、顔を埋めた。
「さっきのことは忘れて!! もーー!私のバカ!」
香織はクッションに顔を填めて、ジタバタしている。
「わ、分かった。忘れる、忘れるから! 落ち着いて!」
そう言って俺は香織の真横へと座る。すると香織は声にならない悲鳴をあげた。
「....!!! ち、近すぎるから!! 優は狙ってやってるの!? それとも無自覚なの!? も、もうっ!」
すると香織は立ち上がり、「飲みもの取ってくるからっ」と言って下に降りていった。
香織もあんな表情するんだな......。俺は香織の新たな一面を見つけて、少し気分が上がっていた。それにしても俺、今何か悪いことしたか......?
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「優のバカ......」
私はコップにお茶を注ぎながら呟いた。
下木優。最近仲良くなった異性だ。クラスでは私の後ろの席に座っている。一人でいることが多いが裁縫部に所属していて、氷堂華憐という先輩と仲が良い。そんな少し変わった男の子だ。
「私、どうしたんだろ」
お茶を注ぎ終えても、私はしばらく台所から動かなかった。今戻っても、またさっきと同じようになるかもしれない。ならば、もう少し落ち着こう。私はそう言い聞かせ、その場にしゃがみこむ。「はぁ......」とため息をつき、顔を上げる。私は今どんな顔をしているだろう。あいにくここには鏡がないので、確かめることはできない。しかし、私が今どんな顔をしているかは大方予想ができた。
「ほんとバカだよね」
私はそう一言呟いて立ち上がる。今日の目的を思い出して、慌てて二階へと上がる。
早くしないと、時間がなくなっちゃう。時間は有限だ、ならば後悔しないようにするべきだろう。
私は笑みを作り、扉を開けた。
「おまたせ!」
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