第10話 俺たちのパンツ物語

 俺たちの勉強会は滞りなく進んでいた。分からない所は香織に質問し、どんどん問題を解いていく。そのような方法で進めてきた。

 のだが、今は違う。張り詰めた空気が痛い。漂う緊張感。淡いピンクで彩られた部屋だが、今で澱んで見える。それほど空気が重かった。

 その理由は、数分前に遡る―


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「ねぇねぇ」


「ん?」


 香織が話しかけてきた。香織は何か言い出しにくそうに、目線を移り移りさせている。


「......分からないところあったら言ってね」


「え? あ、あぁ。分かった」


 そんな言い出しにくいことだったか? と俺は疑問を持つが、その時点ではあまり気にしていなかった。


「あ、あのっ」


 またまた香織が話しかけてくる。


「ん?」


「......喉乾いたら言ってね。お茶入れに行くから」


「あ、あぁ。ありがとう」


 ま、まぁ俺のことを心配してくれてただけだからな。言い出しにくいことなのかもな。男子を心配するってハードル高いのかも知れないしな!

 俺は勉強に集中するために、あまり気にかけていなかった。しかし、


「えーっと......、優って優だよね」


「......どうしたの、香織」


 俺はそろそろ限界だった。堪らず俺は問うた。


「あー、えーっと......」


 香織は遠慮しているのか、モジモジしている。


「なんかあれば言ってよ。俺も気になるしね。遠慮せずに言って」


 俺は香織を宥めるように言った。すると香織は「ホント?」と首を傾げた。


「あぁ、なんでも言ってくれ」


 俺がそう言うと、香織は意を決したのか、俺の方を向き直った。

 そして―


「優ってさ......、パンツ持ってたりする?」


 ......は?


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 そして今に至る。

 俺は答えることが出来ずにいた。これはどう答えるのが正解なんだ?

 思えば、香織にバレる要素はいくらでもあった。中庭での先輩とのやり取りを見られていたかも知れないし、部室でのやり取りだって聞かれていたかもしれない。


「じ、実は部室での会話聞いちゃったんだ......。東坂さんとの勝負のこと。」


「あっ、あぁ。それか......」


 俺は自分の声のトーンがかなり低いことを自覚する。気分が上がらない。だってクラスの天使にバレたんだよ......? もう俺の華の高校生活は終わりだ......。


「そ、そうなの。盗み聞きみたいになっちゃって本当にゴメン!! で、でも、パンツを持ってるのは間違いないんだよね?」


「い、いやいや、香織は何も悪くないよ。ま、まぁパンツは持ってる......かな」


 俺は自白した。ここまで来て隠し通すのも無理だろう。


「そ、そうなんだ......」


 そう言う香織の顔は、どこか引いているように見えた。まぁそうだよな、男子が女児用パンツ持ってるんだもんな......。そりゃ引くよな......。


「あー、ごめん。ちょっとトイレ.....」


 俺はこの空気にいたたまれなくなり、トイレに逃げる。


「わ、分かった。そこ右にいけばあるから......」


「分かった。ありがとう」


 俺は扉を開け、右に進み、トイレに入る。


「はぁ......」


 思わずため息が出る。どうしよう......。香織にバレるのはメンタルがやられる......。絶交されるかな......。同学年で初めて出来た友達なのに......。

 俺は絶望の淵に立った気分だった。今ならトイレに頭を突っ込める気がした。俺はもう一度ため息を付き、トイレを出る。あまり長い時間入っていても怪しまれるだろう。

 ふぅ、と一息ついて、俺は香織の部屋を開ける。


「あ、おかえり」


 香織は背筋を伸ばして綺麗に座っていた。それに比べて、今の俺はだらしない格好をしているだろう。


「あ、あぁ」


 俺は元いた位置に座る。しかし、自然と香織との距離を取っていた。


「優」


 香織が俺の名前を呼ぶ。俺はできる限り平然を装って返事をする。


「あのね......。どうしてパンツを持ってるのか、事情を聞かせてくれない? そうじゃないと、何も分からないから......。私、優のこともっと知りたい!」


 香織はこちらを見た。圧倒されるほどの真剣さだった。俺は思わず息を飲む。


「わ、分かった。話すよ......」


 俺も香織に応えるように、真っ直ぐ前を見て言った。すると香織は笑顔になり、「ありがとう.....!」と言った。やはり香織には笑顔が似合うな。本心からそう思った。

 そして、俺は香織にパンツを手に入れた経緯、パンティエルの存在、そして持ち主を探していることなど、パンツに関わること全てを話した。全てと言っても、パンツを被っていることは勿論内緒にしてある。これがバレると人生終わる。先輩にはバレてるわけだが......。

 話し終えると、香織は真剣な眼差しでこちらを見ていた。そして、少し悩ましそうな表情をして、またこちらを向いた。まぁ無理ないよな......。いきなりパンツを拾った出来事を話されて、困惑しないやつはいないだろう。俺は香織からの返事を待っていた。


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「......ということなんだ」


 優は真剣に、丁寧に今までのこと、そしてパンツに関する事情を話してくれた。


 ......え?

 えっ、ちょっと待って。パンツを拾ったのは分かったよ。なんで落し物に届けないの!? なんで持って帰ったの!? あとパンティエルって何!? 人間!? 天使!? 聞く限りかなりヤバい人みたいだけど......


 私は一旦深呼吸して、頭を整理させる。


「ええっと、とりあえず優はパンツが大好きなんだね!」


 ああっ!! 頭が混乱して、私までおかしくなってしまう!


「パンツが大好き!? ま、まぁ嫌いなわけではないよ」


 優は両手を振って、あたかも「俺、そんなのじゃないよ〜」のように振舞っている。が、その表情を見ると、少し口角が上がっていた。あ、優ってパンツ好きなんだ。私は確信した。


「そ、そうなんだね! え、ええっと、パンツの持ち主探しの具体的な内容とかって決まってるの?」


 そ、そうだ! 作戦みたいなのがあるはず! それならば、私でも協力することが出来るかもしれない!


「んーと、身長が低い人を手当り次第ってとこかな。でも東坂は違ったし、パンティエルも最近全然現れないし、今は手詰まりなんだよ」


 ぜっんぜん決まってなかったぁ!!! 私は思わず頭を抱える。ん? 私、キャラ崩壊してる!? 我に返り、すぐに佇まいを直す。


「そうなんだ! じゃ、じゃあ、めぼしい人とかいるのかな?」


 質問をして、私は後悔する。作戦も決まっていないのに、そんな人がいるわけがない。


「いないよ。全然誰か分からないや」


 ですよねぇぇ!!! 私はまた頭を抱える。あっ、ダメ! 私のキャラが壊れる!

 しかし私は何とか耐えきり、姿勢を正す。しかし、浮かべている笑みはかなりぎこちないものになっているだろう。


「そ、そうなんだね! あっ、そのパンツってどんなパンツなの?」


 そういえば、私が聞いたのは『パンツ』とだけで、具体的にはどんなパンツかは知らない。話を聞く限りでは、おそらく女性用のパンツだろうとは思うのだが......。

 私は顔を上げて、優のほうを見る。......背中に悪寒が走る。えっ、なんでこんなニヤけてるの!? しかもなんで自慢げ!? えっ、どんなパンツ持ってるの!? 私はもうほとんど限界を迎えていた。ここで変な答えが出たら、私壊れちゃう!!


「ピンクと白の横縞が入った、だよ!!!」


 いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 私、もう無理ぃぃぃ!! 頭パンクするぅぅぅぅ!! えぇぇぇぇ!! 女児用パンツってなんだよぉぉぉぉぉ!!

 私の中で何かが壊れる音がした。それと同時に、私は仏になった。


(女児用パンツは男の人が持っていてもおかしくない。女児用パンツは男の人が持っていてもおかしくない。女児用パンツは男の人が持っていてもおかしくない。)


 うん! おかしいよね! 女児用パンツはダメでしょ!? 色々アウトでしょ!? なんとか仏になることを回避できた。


「ええーっと、そうだよね。パンツには色々あるもんね。うん、そうだよね。まぁ事情があるからね。優の趣味もしっかり受け止められるように、私頑張るからね」


 私は一体何を言っているの!? これは本当に西条香織なの!? 私、私が怖い! 急に思考が流れ込んできて、私は頭を抱えて振り回した。


「か、香織!? どうしたの!?」


 優の言葉で我に返る。いや、もう私は手遅れだ。今ならもう何でも信じられる気がした。


「大丈夫だよ。ほら、優も何か困ってることがあったら私に相談してね」


 私は菩薩のような笑みで言う。はは、私どうしちゃったんだろう。

 これも、女児用パンツの力なのかな。

 女児用パンツ、ばんざーい!!


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 ......香織が壊れた。先程からずっと様子がおかしい。急に頭を振り回すし、今なんて空に向かって礼拝している。流石に心配になって、俺は声をかけた。


「香織、大丈夫か?」


 俺が肩をトントンと叩くと、香織はこちらを振り向いた。満面の笑み、菩薩を思い出させる笑みだった。


「私は大丈夫だよ。ほら、優も女児用パンツを崇めないと」


 そう言って香織はまた礼拝しだした。

 ......取り憑かれてる。俺は本当に恐怖を抱き、思わず後ろに二三歩さがった。

 ......いや待てよ。これは女児用パンツの魅力に気づいたのではないのだろうか。俺は香織を試そうと、いくつか質問をした。


「パンツは?」


「食べ物!」


「パンツは?」


「生きている!!」


「香織、パンツは?」


「被るもの!!!」


 これは......!!!

 俺は急に目の前の西条香織という人物が神々しく思えた。僅か数十分でパンツの魅力に気づけるなんて!!!


「香織! 俺はお前のことが好きだぞ!!」


「ふぇ!? 好き!? そ、そんな急に言われても困るよぅ......。だって私、今はパンツしか愛せないの!!」


 よし!模範回答だ!!

 俺は香織に並び、空に向かって礼拝をした。

 あぁ、いい天気だ。天気までもが、俺たちのことを応援してくれてるんだな!


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 皆さんお察しだと思いますが、あの日以降は全く勉強が身に入りませんでした。パンツって怖いね!!

 そしてテストが終わり、今日は点数合わせの日だ。東坂と放課後集合し、点数を見せ合う。

 俺は本当は行きたくなかった。その理由は直ぐに分かることだろう。

 集合場所に着くと、既に東坂は到着していた。


「きたわね。ほら、早速見せ合うわよ」


 東坂は準備万端! という風に点数が書かれた紙をピラピラしている。俺は少し躊躇いながらポケットから出す。俺たちの学校は九つの教科の合計点が出される。


「せーの」


 東坂の掛け声で、紙を開く。


『東坂いずな。715点』

『下木優。578点』



 ......負けた。


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