第8.5話 止まない雨はない
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「ねぇ、ユウ! こっちこっち!」
「ちょっと待ってよ」
俺の目の前には、二人の幼い少年少女達がいた。少女は元気に走っていき、少年はそれを追いかける。少年の名前は"ユウ"と言った。おそらく幼少期の俺なのだろう。二人の顔は黒いモヤで隠されていて分からない。しかし、雰囲気や体つきから、これは昔の俺だと確信する。
そしておそらく、今俺は夢を見ている。たまに、夢を夢と自覚できる時がある。それが今だ。
「もう、ユウ遅い! 早くしてよ!」
少女は急かすように手招きしている。少年は、頑張って追いつこうとするが、なかなか追いつけない。
「〇〇が早いんだよ......」
少女の名前はノイズが入って聞こえなかった。夢の中でさえも、そう簡単に持ち主は教えてくれないということか。
やっと少年が追いつくと、ため息を漏らした。
「ユウが遅いのっ。ほら、見て!」
そういって少女が示した先は、綺麗な街並みであった。夕日に照らされるビルの光が、美しく反射している。橙に染った街は、思わず見入ってしまうほど神秘的であった。
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ここで目が覚めた。あの街並みには見覚えがない。あれはどこだったのだろうか......。しかし、朝から頭を働かす気も起きず、考えることをやめた。そして、机の引き出しに手を伸ばした、がその手を止める。
「今日はやめとくか」
何故か気分が乗らなかった。こんなことは初めてだ。俺は階段を降り、支度を整える。
朝食を済ませたところで、俺の携帯が震えた。先輩からのメールだった。
『今日は用事があるから、先に行ってて。」
先輩は毎回律儀に、文末に句点を打つ。いつもは真面目だな、と捉えていた文面も、何故か今日はどこか寂しげに思えた。
「わかりました」と返信した後、俺はカバンを取り、玄関のドアを開ける。外は快晴だ。しかし、俺の心は雨模様だった。それがにわか雨であることを信じて、通学路を歩く。
「今日は金曜日か」
何気なく呟いた独り言は、真っ青な空に飲まれていく。
明日は土曜日、休日だ。東坂との勝負もあるので、ほとんどを勉強にあてるつもりだ。休日まで香織の手を借りるわけにはいかない。自分でなんとかしないとな。俺は「よし!」と意気込んだ。......自分の空元気に心底呆れる。すると、俺の心の変化を音で表したような、『ピロンッ』という間抜けな通知音が聞こえた。咄嗟に携帯を見ると、香織からだった。
『ごめん! 今日は家の用事で学校行けないの! だから今日の勉強会はなし(><) ほんとにごめんね! お詫びといってはなんだけど、良かったら明日、私の家で勉強会しない?』
予想もしてなかったメールに驚いたが、俺は直ぐに返事をする。
「そうなんだ! 了解! 今日は自主勉しておくよ。 あ、明日いけるよ!」
香織......優しいな。俺のために貴重な休日をも......。俺は携帯をしまって、再び歩き出す。明日はクラスのマドンナ、西条香織と家で勉強会。そう考えるだけで楽しみになってきた。
しかし、その思いとは裏腹に、俺の心にはまだ雨が降っていた。この雨はいつ止むのだろうか。明日には、止んでるかな。
夢を見てからというものの、正体不明の喪失感が胸から離れなかった。
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