第7話 俺に天使が舞い降りた

「んっー!!」


 俺はカーテンを開け、朝日を浴びる。いい朝だ。こんな日には、パンツを被りたくなるな。

 俺は机の引き出しを開け、パンツを取り出す。そして、躊躇うことなく被る。これをやると、一気に眠気が覚めるのでオススメだぜ☆ 少しの間パンツを被っていると、ある事を思い出した。


「最近、パンティエルからの連絡が来ないな......。」


 『自分探せ』という旨のメールが来て以来、パンティエルからの連絡は途絶えている。そして、東坂と接触して以来、俺たちは持ち主探しに難航していた。その理由の一つに、パンティエルからのメールがないこと、が大きく関係するだろう。パンティエルはふざけた文章で送ってくるが、その内容は、持ち主探しのヒントになるものばかりなのである。それが無いとなるとかなり痛い。

 持ち主探しのための方法を考えつつ、俺は支度を進め、家を出た。今日は日直なので、少し早めの登校だ。先輩には既に連絡してある。

 いつも通りの通学路を歩いていると、向こうに誰かが歩いているのが見えた。


「ん......? あれは......。」


 二つに纏められた長い髪、そしてなによりもその身長が特徴だろう。東坂いずなだ。あの日から既に数日が経っているが、未だに気まずさは抜けない。東坂も俺と話すのは気まずいだろう。廊下で出会う度に目線を逸らしている。俺は東坂から離れようと、少し歩調を緩めて歩いた。......俺は歩調を緩めて歩いた......はずだ。何故だ、俺がどれだけゆっくり歩いても、どうしても東坂に追いついてしまう。


「いや、お前歩くの遅いんだよ!!」


思わず口に出して言ってしまったぜ......。しかし、俺はそれを後悔することになる。

東坂はビクともせずに横目で俺のことを見た。


「なに、勝手について来といて文句言うの? ストーカー? まずなんであんたにそんなこと言われないといけないのよ。」


 グハッ......、相変わらず東坂は毒舌だ。しかし今回は確かに俺に非があるかもしれない。で、でもそれは致し方ないというかなんというか......。 声に出していうと、また東坂の毒舌で完膚なきまでに叩かれる気がしたので、心の中だけに留めておいた。


「そ、そうだな。ごめん。」


 俺が動揺しながら謝罪すると、東坂は俺から目線を逸らし、スタスタ......ではなくチビチビと歩いていく。まぁ、これ以上話すことも特にないし、先に行ってしまうか。俺は歩調を早め、ゆうに東坂を追い抜く。


「待ちなさい。」


 俺が東坂より三メートルほど離れたところで、呼び止められた。何事かと思い、俺は振り返り、「なんだ?」と東坂に話の続きを促す。


「あなた、持ち主を探しているんだったわね。」


「あ、あぁ。そうだけど......。」


 パンツのことか? 俺が頬を掻きながら返事をすると、東坂はこちらを向き直り、姿勢を正した。


「なら、私と勝負しなさい!」


「......は?」


 どうしてそうなった!? 俺は意図が掴めず困惑する。


「どういうことだよ。なんで俺と東坂が勝負しないといけないんだ。」


 俺は東坂に問う。すると東坂は、人差し指をビシッと俺の方へ指した。


「来週の中間テスト、私が勝ったらこの前の『黒のレース』のことは忘れなさい!!」


いや、ここ通学路だよ!? 誰か通るかもしれないぞ!? 大声で言っていいことなのか!? 俺は口に指をあて、もっとボリュームを下げるように言った。すると東坂も気づいたのか、顔を赤くして俺の方へと近づいてきた。


「と、に、か、く! それでいいわね?」


「い、いや待て! それだと俺が勝った時のメリットがない!」


 勝負とはフェアな関係で行うものだ。当然、報酬や罰もフェアでないといけない。


「うーん、そうね。」


 東坂は、しばらく考え込んだ後、決心したように俺の目を見た。


「もし下木が勝ったら、私もあのパンツの持ち主探しを手伝ってあげる。」


「よし、乗った。」


 俺は即答した。これは乗るしかない。なぜなら、この勝負は俺が有利すぎるからだ。もし万が一俺が負けても、東坂がだと言うことを忘れたフリをすれば良いのだ。俺にはほぼデメリットがない。勝負はフェアでなければ、と言ったがあれは嘘だ。勝負なんて、自分が有利なほうがいいだろ!(←クズ)


「あ、ちなみにだけど、記憶抹消の方法は色々考えてるから。 洗脳や催眠術で精神的ダメージを負わせる? いや、それだと心もとないわ。直接的な攻撃も行ったほうがいいかもね。木製バット......、いや金属のほうがいいかもね。それでもダメならいっそ存在ごと......」


 いや怖い怖い怖い。最後のほうブツブツ言っていてあまり聞こえなかったが、物騒なことを言っているのは間違いない。俺は背中に寒気を覚えた。


「と、言うことで勝負決定ね。テストの合計点で勝負だから、私に負けないように、せいぜい頑張って。」


「あぁ、分かったよ。必ずお前に勝って、持ち主探しに協力してもらうからな!!」


 俺は高々と宣戦布告し、その場を離れた。東坂に思ったより時間を取られたので、日直の時間に間に合うか危ういな。

 そういえば、東坂はなんでこんなに早くから登校してるのだろうか......。俺は少し考えようとしたが、直ぐに答えに行きついた。


「歩幅が狭いから、少し早めに登校しないと間に合わないのか......。」


 俺は登坂の涙ぐましい努力にその場で敬礼した。


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 ここは裁縫部の部室。先輩は席に着いていて、窓から差し込む夕日が煌めいている。これだけ見ればいつもの部活と変わらない。しかし、今日は "俺"という存在が、その秩序を乱している。なぜなら俺は、土下座しているのだ。


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 それは今から五分前に遡る。


放課後、俺は直ぐに部室へと向かった。今日は先輩に、ある頼み事をするつもりだった。

俺が部室に着くと、直ぐに先輩もやってきた。


「お疲れ様。今日は新作パンツを作るつもりだから、作戦会議はまた今度にしましょう。」


 一応ここは裁縫部だ。先輩も活動記録を残すために、週二くらいで裁縫をしている。とはいえ、作っているのは毎回男性用パンツなわけだが......。今日、先輩に頼み事をする為に来た俺は、先輩が作業に没頭する前に用件を伝えようとした。


「先輩、ちょっと頼みがあるのですが......。」


「ん?なあに。言ってみて。」


 先輩は準備する手を止めて、こちらを向いてくれた。俺は立ち上がり、先輩に頭を下げた。


「勉強。教えてください!!!!!」


先輩は成績優秀だと聞いた。ここで頼るなら先輩しかいないだろう。俺は恥ずかしながら、勉強はあまり得意ではない。


「勉強......? それはいいけど、どうして?」


 俺は東坂とテストの点数で勝負することになったこと。勝ったら持ち主探しを協力してもらうこと。など今日の登校中に起こった出来事を全て先輩に話した。しかし先輩は、俺が話している間、少し不機嫌そうに、むすっとした顔でこちらを見ていた。俺が話終えると、先輩は腕をくんで、そっぽを向いた。


「やっぱりダメです。勉強は日々の積み重ねよ。普段からしっかり取り組んでたら、今更焦って勉強する必要は無いわ。」


「さっきはいいって言ったじゃないですか!?」


「気が変わったの。ダメなことはダメです。」


「えぇ......。」


 先輩の気の変わりようがすごい......。なにか理由があるのか? くそ......、こうなったらあの手を使うしかないか......。


「先輩、この通りです!!!」


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 そして現在に至る。俺は部室で土下座をして、先輩はその俺の前に座っている。俺がここで目線を上げればパンツが見えそうだが、俺の中の常識と理性がなんとかそれを抑えている。

 俺が土下座すると、先輩は慌てて立ち上がり、俺の前にしゃがみ込んだ。


「ちょ、ちょっと、顔を上げて。そこまでする必要はないわ......。」


「じゃ、じゃあ!!」


 俺は期待を抱き、咄嗟に顔を上げる。


「あっ......。」


 俺は思わず声を上げてしまった。なんと、パンツが見えたのだ。先輩は俺の前にしゃがみこんでいる、そして俺は土下座しながら顔だけを上げた。うん、不可抗力だね!! しょうがない!!

 すると先輩も気づいたのか、顔を真っ赤に染めながら、スカートを抑えた。


「っ......!!」


「こ、これは不可抗力です!!」


「 スケベ! ハレンチ! 変態! もうこんな変態さんには勉強なんて教えてあげません!! お家で1人で保健体育の勉強でもしておきなさい!!」


 先輩は早口で言った。ん? 待てよ。ちょっと引っかかる点が......。


「1人で保健体育の勉強って、それは......」


 これは天然が出たのか......? 俺が言うと、先輩は耳まで真っ赤に染まっている顔を、もっと濃い赤に染めた。


「っっ.......!!!! 下木くんのバカーー!!!」


 先輩はそう言うと、羞恥からか、呼び止める間もなく、何も持たずに逃げてしまった。


「あぁ、勉強が......。誰か俺を救ってくれ......。」


俺は思わず床に項垂れた。先輩が協力してくれないとなると痛い。やはり自力で勉強するしかないのか......。


「お困りのようだねっ!」


「え......?」


 俺が項垂れていると、天使のような声が俺の耳に届いた。


「勉強なら、私が教えてあげるよ!」


「西条さん!? どうしてここに......?」


 先輩と入れ違いで入ってきたのは、西条さんだった。しかし、ここは校舎の最上階の端。いわゆる最果てと言ってもいいような場所である。何故ここに西条さんが......?


「先生が下木くんに用事があるらしくて、私が呼びに来たんだよ! 下木くん、部活やってるって言ってたし、氷堂先輩と仲良さそうだったから、もしかしたら裁縫部なのかなって思ったの! あっ、氷堂先輩の部活は、仲の良い先輩に聞いたんだっ!」


「そ、そうなんだ! あっ、それで先生の用事って?」


「ここに来る直前で先生に会って、それはもう良いって言ってたよ! せっかく近くまで来たから、裁縫部がどんなのか見たいなって思って来ちゃった! そしたら下木くんが勉強がー、って言ってたからもしかしてと思ったの! で、でも女の子のパンツを見るのは流石に......ね?」


 み、見られたのか!?!?


「それは本当にすいませんでした!!!」


「なんで私に謝るのっ。氷堂先輩に直接謝るべきだよ。」


「あっ、た、確かに......。」


「ふふっ、下木くんってやっぱり面白い。」


西条さんは、口に手を当てて、上品にくすくすと笑った。俺はそんな西条さんの仕草に思わず見とれてしまっていた。


「下木くん?」


西条さんが心配そうに、俺の顔を覗き込んでくる。か、可愛い......。


「えっあっ、うん! 面白いかな......? 」


「下木くんと話してると、私楽しい!」


えっ......それって......。おっと、危ない。童貞特有のスキル、女子のお世辞を鵜呑みにしてしまい、『もしかして、俺の事好き......?』を発動してしまいそうになったぜ......。

俺はンンっと咳払いをし、「ありがとう。」と返す。ここで、「俺も西条さんと話してると楽しいよ。」が言えないのが童貞なんだよな......。


「あっ。そ、それでね。話を戻すんだけど、もし良かったら、私が下木くんに勉強教えてあげられないかなーって......。」


 西条さんは、手を後ろに回してモジモジしている。可愛い。


「も、もちろん! むしろいいの!?」


「うんっ! 教えること好きだし、大歓迎だよ!」


 それは有難い話だ......。西条さんはいつも真面目に授業に取り組んでいるし、恐らく成績もクラストップレベルだと思うので安心だ。


「ありがとう。助かるよ。」


「うんっ! じゃあ早速明日から始めよっか! 場所は図書室でいいかな?」


「わかった。授業が終わったらすぐ向かうよ。」


「......え? 一緒に行かないの?」


 西条さんは「むぅ」と頬を膨らませて、少し俯いた。可愛すぎるだろこの天使!!


「あ、あぁ! そうだね! そうしよう!」


 俺はそんなあどけない仕草に目を奪われていた。西条さん、まじ天使だ......。


「うんっ!」


 西条さんは、満面の笑みで頷いた。そして、続けてこう言った。


「良かったら、今日一緒に帰らない?」


 指をくっつけて、言いにくそうに言う西条さんは、小さい子がおねだりする仕草みたいで可愛かった。


「も、もちろんいいよ!」


 俺は即答し、帰る準備は万端と見せつけるように、自分のカバンを手に取った。


「ありがとう!!」


 西条さんはまた満面の笑みで笑った。そうして、俺と西条さんは部室を出た。



誰もいなくなった部室には、一つのカバンだけが残っていた。










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