第6話 夕焼け

「パンツの忘れ物。してませんか!?」


 俺は恥を捨て、言った。そしてポケットから女児用パンツを取りだして、目の前で広げてみせた。

 その瞬間、東坂の目が凍てついた気がした......。


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「は?」


 凍てついた東坂の目から放たれる「は?」は心にくるものがあるな......。まぁしょうがない。女性相手にパンツ広げて、「これあなたのですか!?」って聞いてるんだもんな......。


「そんなおこちゃまの履かないし......。」


「え?」


 あらゆる罵倒を覚悟していた俺は、東坂からの見当違いな答えに困惑した。


「だから、私そんなおこちゃまの履かない......。」


 すると東坂は、俺の方へと歩み寄ってきた。


「そもそもなんでそのパンツが私のだと思ったわけ? 私が小さいから? まぁ小さいのは認めるわ。だけど......」


 だけど、なんだ......?


「小さいからって皆がこんなおこちゃまパンツを履いてると思わないで!!! 私は......私は......」


 言葉を濁していたが、東坂は意を決したのか、俺の目をしっかり見た。


「私は......黒のレースよ!!!!!」


 そう言って東坂は猛ダッシュで逃げていった。すぐに俺も廊下に出たが、東坂の姿はもう見えなくなっていた。諦めて部室に戻り、椅子に腰掛けた。


「ええっと......。」


 俺が突然の事態に困惑していると、先輩が歩み寄ってきて、俺の横に腰掛けた。


「黒のレースとは意外ね。私でも履かないもの。」


 確かにあの小柄な東坂が黒のレースを履いているのは意外だな。ん? 私でも履かない......? 先輩こそ黒のレースが似合いそうな気がするけど。先輩はどんなパンツ履いてるんだろう.....。もし男性用パンツ履いてたらどうしよう......。


「なによ、そんなに真剣な顔して考え込んで。そんなに私のパンツが気になるの?」


「ち、ちがいますよ! 興味無い......ってことはないですが、別に気になりません!」


 俺が必死に誤魔化していると、先輩は微笑んだ。綺麗な笑みだった。しかしその笑みは、何故か俺の胸を締め付けるような笑みでもあった。


「まぁいいわ。でも、東坂さんがパンツの持ち主ではないってことは分かったわね。」


「そ、そうですね。でも、これからどうやって探しましょうか?」


「そうね。今日はもう日が暮れてきたし、今後のことはまた今度から考えていきましょう。」


 そう言って先輩は立ち上がった。そして、こちらを振り向き、手を差し伸べた。


「ほら、帰るわよ。」


「自分で立てますよ。」


「ふふ、そうね。」


 先輩は笑っていた。夕焼けに照らされながら笑う先輩は本当に綺麗だった。思わず、見とれてしまうくらいに。


「なにボーッとしてるのよ。ほら、帰るわよ。」


 先輩は急かすように、鍵をぷらぷらと揺らしていた。


「あぁ、すいません。すぐ行きます。」


 夕焼けに照らされる先輩の笑み。あれは本当に綺麗だった。ただ、俺の心にはモヤモヤとした違和感が残っていた。それはまるで、後味の悪いミステリー小説のようだった。この正体はなんなのだろうか。俺は少しの間考えていたが、頭が混乱してきたので、思考を停止させた。そして俺は立ち上がり、先輩の元へとかけよった。


「帰りましょう。」


 先輩の違和感を俺が変わって誤魔化すような全力の笑顔で言った。何故そうしたのか自分でも分からない。しかし、先輩は少し驚いたような顔をしてしばらく俺を見つめていた。


「......へんなの。」


 先輩はプッと吹き出し、そしてクスクスと綺麗に笑った。その笑みは、さっきまでの違和感を感じさせない笑みだった。これは心の底から笑っているな、俺はそう確信した。まだ数週間しか同じ時を過ごしてないが、何故か分かるようになっていた。


「変って言わないでくださいよ......。ほら、帰りますよ。」


「ふふ、ごめんなさい。そうね。」


 ガチャッ

 俺が窓の外を見ていると、先輩が部室の鍵を閉める音が聞こえた。俺もその音に合わせて振り返る。この鍵の閉まる音が、部活の終了合図となっていた。


「いきましょうか。」


「はい。」


 俺たちは、誰もいない廊下を静かに歩く。窓から差し込む夕日だけが、俺たちの行先を照らしていた。





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