第5話 パンツの持ち主

俺は教室の扉を開ける。登校時間が早かったからか、まだ教室に人はあまりいなかった。

『身長の小さい人......か。』

俺は席につき、今日の作戦についてもう一度考えていた。クラスの面々を思い浮かべて見るが、条件に合った人は思い浮かばない。

『まぁ、休み時間にでも他のクラスも覗きにいくか。』

まだ始業までかなり時間がある。少し仮眠をとるか。と思い、俺は顔を伏せた。


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気が付くと俺は、虚無の空間にいた。あたりを見渡すが何も無い。ただ俺がいるだけ。しかし、すぐに俺の前に、モヤモヤとした煙が立った。そこには、1人の少年と1人の少女が写っていた。どちらも小学校低学年ほどだろうか。2人が公園と思われる場所で遊んでいる様子が、煙の中に写し出されていた。しかし何故か、少年の鼻から上は黒いモヤで隠されていた。


「ねえねえ、見てみて!」


少女は、少年のほうに向かって走っている。少女が走る先に、大きめの石が転がってあった。あのままでは、少女が転んでしまうと思い、俺は咄嗟に手を伸ばす、がそれは煙の中。届くはずもない。そのまま少女は石につまづいて転んでしまった。

それに気づいた少年は、少女のほうに駆け寄った。


「どんくさいの。ほら、立って。」


少年は少女に手を差し伸べる。少女は「うん。」と涙目になりながら呟き、両手で少年の手を握った。刹那、強い風が吹いた。手がふさがっている少女のスカートは、抵抗する間もなくめくられる。 「きゃっ」と声をあげて、少女は咄嗟に手でスカートを抑える。


「......見たでしょ。」


少女は顔を赤らめながら、少年に問う。少年は顔を背けた。


「見てねーし。」


「見た見た、絶対見た!」


「見てないって! 別にそういうのには興味無いし。」


すると少女は、「むぅ」と唸り、少年をポコスカ殴る


「痛い痛い!やめろって!」


ここで煙は消えた。すると同時に、俺の周りの煙もどんどん晴れていった。


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「......木くん、下木くん、起きて。」


透き通るような声が俺の耳に入る。ふと顔をあげると、西条さんが困り顔でこちらを見つめていた。と思えば、直ぐに顔が晴れ、安堵したような表情になった。


「あっ、やっと起きた。ほら、もうすぐ授業始まるよ!」


そうだ。俺は寝ていて......。ってことは、あれは夢だったのか。夢にしては、記憶が鮮明すぎる気がする。


「ありがとう。助かったよ。」


西条さんに礼を言い、俺は一限目の用意をまとめる。そして直ぐに、氷堂先輩にメールをする。


『後で話があります。昼休み、中庭に来てください。』


簡潔な文章を打ち込み、送信する。すると直ぐに、了解の返事が返ってきた。俺の中で、小さな胸騒ぎがする。その理由はもう既に分かっている。先輩にメールをしたのも、それが理由だ。


なんと、夢の中で少女が履いていたパンツが、俺の持っているパンツと完全に一致していたのだ。


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昼休み。俺は足早に中庭に向かったのだが、先輩は既に到着していた。


「すいません、遅れました。」


「私も今来たところよ。それで、話ってなにかしら? 何か分かったことでもあったの?」


先輩は直ぐに問うてきた。先輩の表情は真剣で、その瞳は真っ直ぐ俺の方を見ている。

数分掛けて、俺は朝の出来事を先輩に説明した。先輩は顎に手を当てて、考える仕草をとった。


「その少女と少年に心当たりはないの?」


「少女には覚えがないです......。少年のほうも、顔がよく見えなかったので分からないです。」


俺はありのままのことを先輩に説明した。ちなみに少女の容姿は小柄で、黒髪のショートヘアだった。少年のほうは情報が少なすぎて分からない。


「そうなのね。だけど、その少女か少年を見つけることができたら、パンツの持ち主は見つかりそうね。」


「そうですね。」と俺は相槌をうつ。しかしこれ以上分かる情報が無かったので、先輩とは何気ない雑談をして昼休みを過ごした。その時の先輩は、何だか凄く楽しげであった。


「じゃあ、また放課後に。」


「はい。」


そろそろ昼休みも終わるという頃、俺たちは別れた。俺は教室に戻ろうと、廊下を歩く。


「あれ、下木くん?」


呼ばれたので、ふと後ろを振り返ると、西条さんが立っていた。


「下木くん、昼休みに教室で見かけないなって思ったら、あんな所にいたんだね。」


「あそこが好きなんだよ。静かで落ち着くしね。」


ん......?待てよ。中庭にいるのを見られたってことは、先輩の事も......?


「そうなんだ! それで、あの先輩?とは付き合ってるの?」


やっぱり来たか!! ここは適当に誤魔化すか......。


「そういう関係じゃないよ。部活の先輩で、ちょっと人探しを手伝ってもらってるんだ。」


「そうなんだ! 人探し? 誰か探してるの?」


バカ正直に、探してるのは女児用パンツの持ち主です!! なんて言えるわけないので、適当に誤魔化そう......。


「んー、ちょっと落し物を見つけて。その持ち主を見つけようとしてるって感じかな。」


俺、誤魔化すの上手いぞ! 将来の夢は詐欺師かな?(ダメだよ)


「そうなんだ! 何か私にも協力出来ることないかな?」


西条さん天使かよ、優しすぎるだろ。どっかの天使とは全く違うぜ。でもこればかりは、手伝ってもらうわけにはいかない。西条さんの善意には申し訳ないが、断っておこう。


「ううん、大丈夫だよ。気遣いありがとう。」


「そっか! また何か出来ることあれば、遠慮なく私に言ってね。 あっ、授業始まっちゃう! 行こっ!」


そういって、西条さんは俺の手を取って駆け出した。なんだこの天使は。やっぱりどっかの天使とは違うぜ。しかも西条さん、クラスでぼっちの俺にも気兼ねなく話してくれるとか、マジ天使かよ......。どっかの天使とは(以下略)


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放課後。俺と先輩は、部室に集合していた。


「『女持候補』は見つかった?」


先輩は早速切り出してくるが、俺はそれに答えられない。

そう。俺は今日の朝の夢以来、なんの成果も得られていないのである。クラスのマドンナである西条さんに、手を握られたという喜びに浸ってばかりで、すっかり忘れていた。よし、ここは適当に誤魔化そう!


「今日は特に成果は得られませんでした。すいません。」


俺は平然を装いながら言った。が、先輩は何か納得いかなかったのか、じーっと俺を見つめている。


「ふーん、そうなのね。......まさか、忘れてた。なんて言わないわよね?」


ギクッ。なんでバレた......? やはり俺に詐欺師は向いてなかったのか!?


「す、すみません。忘れてました......。」


俺が正直に、今日の午後に起きたことを先輩に説明する。すると先輩は、呆れたようにため息をついた。


「......下木くんのバカ。」


先輩は拗ねたように、そっぽを向いた。これはもしや......やきもちというやつか......!?


「パンツの持ち主を探してるのは下木くんでしょ。しっかりしてよね。」


あ、やっぱり違いますよねー。


「すみません。今度からは絶対に忘れません。」


しかし、今回は俺に非がある。俺は頭を下げた。


「もう。次からしっかりしてよね。明日からは十分休憩などを使って、なるべく探す時間を多く設けるようにしましょう。」


「申し訳ございません......。」


「分かったなら、今から探しに行くわよ。」


「はい......。」


今日は先輩の言うことには逆らえないな......。俺は部室を出る先輩の後に続いて、部室を出た。

一年の階までくると、まだ放課して間もないからか、かなりの人が残っていた。


「これだけ人がいると、『女持候補』も見つかりそうね。」


「ですね。まず、小さい子を見つけましょうか。」


「誰が小さい子よ。」


「「え?」」


俺と先輩は同時に声をあげた。そして、同時に声のしたほうを振り返る。

あれ、誰もいないぞ......。


「どこみてるのよ。」


俺の腹部あたりから声がしたので、少し下を向いた。すると、そこには『小さい子』がいた。『ちっっっっさ!!』俺は心の中だけで叫ぶ。俺の腹が丁度頭って、こいつ小さすぎだろ......。すると、先輩も気づいたのか、戸惑いながらも、『小さい子』に尋ねる。


「ええーっと、あなたは......?」


「私は一年の東坂とうさかいずな。あなた達こそ誰?」


「東坂さん、ね。私は二年の氷堂華憐。そしてこっちは一年の下木優よ。」


先輩の紹介に合わせて、俺もペコッと会釈する。東坂は凄く小柄で、小学生と言われても信じてしまうくらいの幼さだった。二つに纏められた髪が、またその幼さを際立たせている。


「氷堂先輩と下木ね。それで、私に何か用?」


こいつ、見た目に反して結構口調キツイな......。

しかし、俺と先輩のどちらも東坂には話しかけていない。先輩もその事を不信に思ったのか、東坂に尋ねる。


「ごめんなさい。東坂さんに話しかけた覚えはないのだけれど......。」


「は?小さい子と言えば私しかいないでしょ。私、学年で一番小さいし。」


まさか東坂、自分でチビを認めているタイプなのか!? これは珍しいな......。レアキャラだ! 俺が脳内ソシャゲで、『SR!チビを認めているタイプの東坂』をゲットした所で、つんつんと腰の当たりをつつかれた。


「この子、良いんじゃない?」


「えっ? まさか先輩に、ロリコン趣味が......!?」


「怒るわよ。.......『女持候補』よ。」


「......あぁ、そうですね! 俺もそう思ってました!」


先輩がマジな目で睨んできたので、つい早口になってしまった。でも確かに、東坂のこの見た目なら『女持候補』にピッタリである。


「なによ、2人でコソコソ話して。用がないなら行くけど。」


「あぁ、ちょっと待って。」


俺は東坂を呼び止める。


「なに?」


「あの......。」


パンツはしっかり俺のポケットに入っている。が、しかしここでは人が多すぎる。人気ひとけのない所まで移動しよう。


「ちょっと今いいかな? 東坂に確認して欲しいことがあるんだ。」


「なによ、確認して欲しいことって。ここじゃダメなの?」


「ま、まぁここじゃちょっと言いづらいことだから......。」


「そう。分かった。着いていくから、前歩いて。」


案外素直に聞いてくれたな。もっと踏み込んでくると思った。目的地はこの学校でもっとも人気ひとけがない所。それはあそこしかない。


俺と先輩と東坂は、裁縫部の部室まで移動してきた。ここなら誰の目も気にせずに話ができる。


「で、確認したいことって何?」


「あぁ、それなんだけど......」


ヤバい。今になって緊張してきたぞ。よくよく考えると、パンツ見せて、『これお前のか? 』なんて聞いていいのか......!? 先輩はさっきからよそよそしい態度で、俺の後ろでちょろちょろしているし......。まったく、何してんだこの人......。


「早くして。何もないのなら、帰るけど。」


東坂は気だるげに足をぷらぷらさせている。もうここは言うしかないな。例え、俺の学園生活が終わったとしても......!! 俺は意を決して、言った。


「三年前、忘れ物しませんでしたか!?!?」


目的語がねぇええええ。何の忘れ物だよ! そこが重要だろ、俺! 相手が国語教師だったら、「目的語がありません。」って注意されるやつだこれ。


「三年前?忘れ物?何の?」


しかし、国語教師ではない東坂は、目的語がないと指摘しない変わりに、疑問の三連符をぶつけて来た。まさか東坂は音楽教師だった!?

......脳内でどうでもいいことを考えてしまう癖、直さないとな。


「忘れ物の実物とかもってないわけ?」


まさかの四連符だったぁ!! おっと、つい癖で......。

しかし、実物は持っているが、これを本当に出していいのか、俺の心が俺の心にもう一度問うてきた。

......余計なことは考えるな!持ち主を見つけるためだろ! 俺は心に言い聞かせた。

そして......



「パンツの忘れ物。してませんか!?」



俺は恥を捨て、言った。そしてポケットから女児用パンツを取りだして、目の前で広げてみせた。

その瞬間、東坂の目が凍てついた気がした......。









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