第4話 天使はここぞいう時に試練を与える

 キーンコーンカーンコーン

 放課後の始まりを告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は立ち上がった。今日は氷堂先輩と一緒に、持ち主探しの作戦会議をする予定である。俺は足早に部室へと向かった。

 部室に着くと、もう先輩は来ているのか鍵は開いていた。


「失礼しまーす......。って先輩、なんですかその服装......」


 先輩は何故かスーツに着替えていて、いつも掛けていないはずのメガネを掛けていた。それはまるで社会人一年目になるOLのような姿であった。しかし靴は上履きで、どこか不格好でもあった。


「何って......、これから会議をするならまずは身だしなみから整えないとでしょう?」


「身だしなみを整えるからって、なんでスーツと言う考えに行きついたんですか......」


 先輩は楽しげな表情を浮かべているので俺が控えめに言ったのだが、先輩は少し恥ずかしそうな表情をした。


「むぅ......。会議と言えばスーツでしょう?ほらほら、下木くんも早くこれに着替えて」


 そう言って先輩が取りだしたのは、男物のスーツと男物のパンツだった。......なんで?


「ちょ、押し付けないでくださいって......」


 先輩は照れ隠しなのか、無理に俺にスーツとパンツを押し付けてくる。


「いいから着るの......!」


「嫌ですって......。てかどうしたんですかそれ」


 俺が話題を変えようと、半ば諦めたような口調で問うと、先輩は自慢げな表情を浮かべた。


「パパ......じゃなくて、父のものを拝借したわ。ちなみに私が来ているスーツは母のものよ」


 自慢できることじゃないでしょうに......。てか今この人、パパって言ったよね? やはり見かけによらず、案外可愛いところがあるかも知れないな。


「スーツの事じゃなくて......。はっ! ということは、そのパンツは先輩のお父さんが使っているパンツ......!?」


「違うわ、これは自作よ。下木くんに履いてもらうと思って......」


 よ、良かった......。いや、良かったのか......? この人、どさくさに紛れて、自作パンツを履かそうとしていたのか......。恐ろしい。


「履きませんし、スーツにも着替えませんからね......。それより、作戦会議です」


 先輩は不満げに頬を膨らませたが、さっと椅子に座り、作戦会議モードへと入った。


「ではまず最初に、下木くんが怪しいと思う人物はいるかしら?」


 切り替えはやっ......!


「怪しいと思う人物ですか......。パッとは思いつかないですね......」


「ダメ元で聞いてみたのだけれど、やはりいないわよね......。でもそうなると、ほとんどノーヒントで探すことになるわね。学内にいる、とだけ言われてもまだかなりの人数がいるものね......」


 先輩が「うーん。」と頭を悩ませていると、俺の携帯が鳴った。先輩に一言、「すいません」と断り携帯を見る。送り主はヤツであった......。


『やっほー☆ 久しぶりって程でもないか(笑) パンツの天使、略してPT! パンティエルだよ! ちゃんと探してくれてるみたいで良かったよ! 今日は悩めるあなたに、またまた重要な情報を伝えに来たよ! 元の持ち主は、三年生にはいないよ! じゃあね〜☆』


 いつも通り頭の悪い文章を見て、俺は頭を抱える。


「下木くん、どうかしたの?」


 そんな俺を見兼ねたのか、先輩が心配そうに俺の顔を覗き込む。

 ち、近い......! この人狙ってやってないだろうな......。

 俺が疑念を抱いて先輩の顔を見るが、本心から心配しているような表情で、俺の事を見つめている。

 ......まぁ天然だしな! 俺は頭の中で叫んだ。そして、なるべく先輩から目を逸らしながら言う。


「い、いえ、パンティエルからメールが来たので」


「どれどれ......見せて。」


 そう言って先輩は俺の携帯を覗き込む。また先輩の顔が近づいた。だから本当に......。俺が注意しようとするが、先輩は間を取ることなく話す。


「ふむふむ......、なるほど。これでさっきよりは絞られたわね」


「そうですね......」


 すると先輩は少し考える仕草をした。そして、急に自信ありげに顔を上げた。


「あっ! 分かったわ!」


「なにか分かったんですか?」


 俺は先輩の話に耳を傾けた。先輩が伊達メガネを指でクイッと持ち上げ、自信満々に解説を始める。


「下木くんがパンツを手に入れたのは、中学一年生の時、つまり三年前だったわよね。 持ち主が一年生か二年生にいるとしても、三年前、その持ち主は中学一年生か二年生ということになるわ。その歳にもなって女児用パンツを履くのは普通は有り得ないわ」


 おぉ、そうなのか......。女児用パンツには無限の可能性があると考えていたから、いくつになっても履くものと思っていたぜ......。まぁ女児用ってついてるから、冷静に考えるとそうだよな......。

 俺が納得と不満の狭間にあるような表情をしていたのか、先輩はやや呆れたような表情をした。


「あなたが女児用パンツにどのようなイメージを持っているのかは知らないけれど、普通はそうよ..。それで、ここまで言えば分かるわよね?」


 ......? 全然分からないんだが......。普通は分かるものなのか...!? 先輩の説明が足りていないだけだよね!?


「えっと......分かりません」


「もぉ......、もう少し説明を続けるわね」


 この先輩、いつも一つ説明が足りてないんだよな......。


「中学一年や二年になっても女児用パンツを使用することができるのは、かなり成長が遅......、これでは失礼ね......、体の発育が未熟なのよ」


 先輩は間髪入れず話す。


「そして、これは私の偏見だけれども、そのような人はその後の成長にもあまり期待できないわ」


「全国の頑張ってる人(何がとは言わない)に謝ってください!!」


 俺は先輩に変わって、心の中で謝罪した。「全国の頑張ってる人、すみませんでした。 」

 そして俺は先輩の言ったことについて考える。


「......つまり、今も容姿がロリ系な可能性が高いと言うことですね?」


「そう言うこと。とりあえず、学年で身長が低い人にあたっていけば良いんじゃないかしら」


「ほうほう、いい案ですね! そうしてみます」


 しかし、どう聞けばいいのだろう。そもそも男である俺が、女児用パンツを見せて、「あなたのパンツはこれですか!?」と聞くのはまずい。ここはひとつ、先輩に頼み込むか......。


「先輩!今更なんですが、男の俺が聞くのはどうかと思うんで、女子に聞いていくこと、任せちゃってもいいですか?」


 先輩は顎に手を当て、考える仕草をした。そして、決心したのか俺の方を向く。


「......いいわ。私がやる」


 そう言う先輩の目は、俺ではないどこかを向いていて、少しバツが悪そうであった。


「先輩? 嫌なら全然大丈夫ですけど......」


 あまり見せない表情を浮かべていたので、俺が心配するように声をかけると、先輩はすぐにいつもの表情に戻った。


「......気にしなくていいわ。友人が困っていたら助けるのが筋というものでしょう?」


 以前、あの夕日が差し込む部室で聞いたことがあるフレーズだ。しかしその時とは違い、どこか儚げな、そして弱々しさをも感じさせる声色だった。その顔にはどこか、罪悪感さえも感じられた。

 俺はしばらく先輩を見つめ、笑って頷いた。


「これで会議は終了ね。私、ちょっとこの後用事があるから先に帰るわね」


 そう言うと、先輩は笑顔で手を振って部室を出た。まだ夕日が差し込む時間帯でないのか、先輩の頬が朱色に染まることはなかった。

 ......あの時の俺は、ちゃんと笑えていただろうか。






 その日、家に帰ると、俺に試練を与えるかのようなメールが来ていた。


『やっほ〜☆パンツの天使、略してPT。パンティエルだよ! まったく、自分でパンツの持ち主を探さないとダメでしょ! 女子に「あなたのパンツはこれですか!?」と聞けない小気なあなたはパンツ童貞だね! じゃあね〜! 健闘を祈る!( ̄^ ̄ゞ』


 俺はため息を吐き、ベッドに倒れ込んだ。


「どうするかなぁ......」


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 気づけば空が明るくなっていた。あの後、結局ずっと悩んでいて、一睡もできなかった。俺は体を起こし、学校へ行く準備をする。俺の心境とは真逆で、空は雲ひとつない快晴であった。

 ほとんど支度し終えた時、インターホンが鳴った。


「下木くん、行きましょう」


 ドアを開けると、先輩が待っていた。俺もカバンを取り、玄関を出る。今ではこれが日常となっていた。昨日見せた表情はなんだったのかと思わせるほど、今日の先輩はいつも通りであった、


「そ、その先輩......」


 俺は早速、昨晩あった出来事を先輩に話す。


「それは困ったわね。でも、パンツがなくなるのではしょうがないわよね......。じゃあ、危なくなったら私も出ることにするわ」


「助かります......。」


 何気ない会話をしている内に、俺たちは学校に着いた。


「ではまた昼休みでいいかしら? 昼休みに女持候補が見つからなかったら、放課後にしましょう」


「了解です。」


 外ではパンツのことがばれないように、持ち主候補のことを「女児用パンツ持ち主候補」を略して「女持候補じょじこうほ」と呼ぶことにした。これは先輩の案だ。先日登校している時に話し合ったものである。




 そうして、俺たちの持ち主探しが始まろうとしていた。











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