第3話 時に、友人は重要な鍵となる
高校生活がはじまり、早一週間が経った。
パンティエルからの動きは特になし。パンツのことは何かの冗談だったのではないか、そう思わせるくらいに、俺の周りは落ち着いていた。ただ一人を除いて。
「ねぇねぇ、昨日新作パンツを作ってみたのだけれど、試しに今ここで履いてみてくれないかしら?」
「なんで今ここでなんですか!? 嫌ですよ!!」
「外でパンツを脱ぐ、そして履く、という行為の開放感をあなたは知らないの?」
「普通の人は知りませんからね!?」
俺がそう言うと、先輩は「むぅー」と唸った。
家が近所だったこともあり、俺と氷堂先輩はあの日以来、一緒に登校するようになった。
おかげさまで、朝から男性用パンツトークに付き合わされている。俺が興味あるのは女児用パンツ、または女性用パンツだけなのにな......。
俺がふと先輩のほうを見ると、なにやら俺の方を見つめていた。
「あの、少し話は変わるけどいいかしら?」
「はい」
先輩がさっきとはうってかわって、真剣な表情で尋ねてくるので、思わず俺も身構えてしまった。すると顎に手を当て、なにやら考えるような仕草をした。そして意を決したように俺に尋ねてくる。
「どうして下木くんは女性向けパンツのことが好きなの?」
そろそろ来ると思っていたこの質問。先輩は至って真剣な表情でこちらを見ている。ならば俺も、あの日のことを正直に話すべきだろう。
「実は......」
それから俺は学校に着くまでの間、あの日の出来事を氷堂先輩に話していた。一応パンティエルとの話は伏せておいた。俺の話が終わると、氷堂先輩はバッと俺の方を向いた。
「すごく......感動したわ......。その時のパンツとの出会いが、今のあなたを作っているのね......。そして、そのパンツとのお付き合いが今も続いているなんて......素敵だわ」
「なんで感動してるんですか!?」
前々から思っていたのだがこれで確信した。
今日はパンツとの出会い話で感動するし、先週は、ただ俺がパンツを被っていたからって、俺が先輩の趣味のことをパンツを作ることだって分かると思っていたし......。
やっぱりこの人って......
「もしかして......先輩って天n......」
そこまで言った時、先輩の指が俺を指すように伸びた。
「次、それ以上言ったら下木くんのことパンツで埋めるから」
先輩は俺を睨みながら言った。ん? 待てよ。パンツで埋める......? 俺にとってはご褒美じゃないか!!これは言うしかない!!
「もしかして先輩って天然ですか?」
パシンッ
鋭い音がしたと同時に、俺の頭は九十度回転していた。話と違うじゃねぇか......。
「下木くんのバカっ!」
すると先輩は怒ったのか、先に行ってしまった。先輩は天然と言われるのが嫌なんだろうか......。悪いことをしてしまったな......。
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昼休み。何故かクラス内で一人も友達ができない俺は、購買でパンを買い、足早に中庭に向かう。中庭が既に俺の昼食場所となっていた。昼食を食べる際、俺以外の人はもうほとんどグループを作って食べている。その空気にいたたまれなくなった俺は、中庭で食べることにしたのだ。
昼食を食べ終わり、そろそろいい時間になってきたので、教室に戻ろうかと考えていた頃、俺のスマホが鳴った。 俺はあまりにも唐突すぎるメールの送り主の名前を見て、思わずため息が漏れた。
『元気してる? 私はパンツの天使、略してPT!やっほ〜☆パンティエルだよ〜!今日は迷えるあなたに、助言をしにきたよ!あなたと同じ趣味の女の子がいるでしょ?あの子はきっと、いい協力者になる。持ち主探しに苦労している時は、あの子を頼るといいよ♪ じゃあ、頑張ってね〜☆』
いかにも頭の悪そうな文章を見て、俺は思わず頭を抱える。それにしても氷堂先輩に協力を求める、か......。現に持ち主探しに苦労しているし、早いうちに話したほうがいいだろう。また今日の部活の時にでも話せばいいか。先輩には放課後話すことにして教室へ戻った。
そして放課後。裁縫部の部室に来てみるも、氷堂先輩の姿は見当たらない。しばらく待ってみるが来る気配は全くない。仕方がないので、直接呼びに行くことにした。先輩のクラスは既に聞いてある。階段を降り、先輩のクラスへと向かう。放課してかなり時間が経ったからか、廊下に出ている生徒はあまりいなかったため、変に緊張せず先輩のクラスまでやってこれた。氷堂先輩は教室内にはいなかっため、たまたま教室に残っていた他の先輩に尋ねてみることにした。
「すみません、氷堂先輩ってどこ居るか知ってますか?」
ドア付近にいた女子グループに話しかけると、その中の一人が答えてくれた。
「
帰ったのか......。先輩にも用事の一つや二つはあるだろう。俺は教えてくれた先輩に一礼し、潔く今日は帰ることにした。
それから五日が経った。俺は気づいたことがある。
「俺、避けられてるわ......」
部活には出ない。朝の待ち合わせにも来ない。家のインターホンを押すもでない。学校でばったり会っても知らんぷりされる。
「やっぱりあれが悪かったよな......」
それほど先輩は、天然をコンプレックスに思っているのだろうか、と思っていると少し前を歩く、綺麗な黒髪を見つけた。あれは絶対に先輩だ。俺は確信し、少し歩調を早めて歩く。すると、後ろから着いてくる足音に気づいたのか、先輩が後ろを振り返った、と思えばバツが悪そうな顔をし、そのまま歩き出してしまった。ダメだ......ここで捕まえないと......。
「氷堂先輩! 待ってください!」
俺は氷堂先輩を呼び止める。これには流石の先輩も、無視する訳にはいかないと思ったのかこちらを振り返った。
「ど、どうしたの?」
先輩は視線をチラチラさせながら問うてきた。俺は覚悟を決めて言う。
「今日の放課後、少し話があるので部室に来てください」
先輩は少し戸惑ったようだが、やがて頷いてくれた。よし、これでとりあえず話は進む。あとは放課後を待つだけだ。
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退屈な授業も終わり、俺は早めに教室を出て、部室に向かっていた。部室にはまだ先輩は来ていなかった。
そして数分が経ち、やがて部室のドアが開かれた。
「ご、ごめんなさい。待たせたかしら?」
「いいえ、待ってませんよ。むしろ来てくれてありがとうございます」
「い、いえ別に......。それで、話って何かしら?」
早速きた......。ここで先輩が俺を許してくれなければ、持ち主探しはかなり困難なものになってしまうだろう。やはり女性の手があると持ち主探しも幾つかは楽に進むと思う。俺は先輩の目を見て、そして言った。
「そ、その、この前は天然って言ってごめんなさい! 先輩がそんなにコンプレックスに思っていたなんて、知りませんでした......。先輩の気持ちも考えずにからかってしまって、すいませんでした!」
俺は頭を下げる。チラッと上目で先輩のほうを見ると、先輩は驚いたのか、目を見開いていた。
「し、下木くん、頭を上げて。」
先輩はなにやら恥ずかしそうにモジモジしていたので、俺は頭を上げた。すると先輩は意を決したのか、「よしっ」と小声で言うと俺の方を向き直った。
「そ、その、この前はごめんなさい......。あの時は恥ずかしくてつい......。」
すると先輩も「本当にごめんなさい!」と言い頭を下げた。
どうやら先輩は、自分がカッとなって手をあげてしまった後悔の念が、俺と会うことを阻んでいたらしい。しかし、それも俺が浅はかな思いで言った言葉が引き金なのだから、当然俺が悪い。 先輩の頭を上げさせ、俺もまた謝罪を述べる。
「いえ、その元凶となったのは俺ですから......。俺が天然なんて、面白半分で言わなければ、そんなことにはならなかったですから。すいません」
すると先輩はあわあわと、慌てた様子で言葉を述べる。
「ち、違うわ! 私は別に天然って言われたくらいじゃ怒りはしないわ......。いつものことだから......。た、ただあれは下木くんだから驚いちゃって......と言うか恥ずかしくて......んーっ、私何言ってるのかしら......!?」
先輩は早口で言って、そして「うぅ〜。」と唸りながら机に突っ伏した。というか、先輩っていつも天然って言われてるんだな......。確かにクラスに呼びに行った時も、華憐ちゃんって言われてたし、周りからは可愛いキャラで通ってるのかもしれない。腕に顔を埋めていた先輩は、顔だけをこちらに向けた。
「と、とにかく!仲直りってこと......。」
少し拗ねたように言う先輩の姿は、いつもの大人びた様子とギャップがあり、不覚にも可愛いと思ってしまった。いかんいかん、この人は俺と同じでパンツ趣味を持っている。パンツ趣味パンツ趣味パンツ趣味パンツ趣味パンツ趣味......。脳内で五回ほど自分に言い聞かし、先輩のほうを向き直る。
「そうですね。仲直りです。」
俺がそう言うと、先輩は安堵したのか、「はぁーー」と大きなため息をつきながら、また机に突っ伏した。
ここで俺はもう一つの目的を思い出した。危ない危ない、またパンツが一つなくなる所だったぜ。(←既に二枚消失済み)
「その、先輩。ちょっと相談というか、頼み事があるんですけど......」
俺が姿勢を正して先輩のほうを見ると、先輩も姿勢を正してこっちを向いてくれた。
「どうかしたの?」
先輩は微笑み、俺の話を聞く体勢を取ってくれた。
そこから俺は数十分間、先輩にパンティエルのこと、三年前に手に入れたパンツの持ち主を探すことを手伝って欲しい、などただ話続けていた。それでも先輩は時折考える仕草を見せながらも、ただ黙って聞いてくれていた。
やがて俺が話終わると、先輩は俺の方を向き、真剣な眼差しで俺の目を見た。
「下木くんの言うこと、信じるわ。パンツの持ち主探し、私も手伝う」
「いいんですか!?」
先輩が協力してくれる喜びで、俺は思わず立ち上がってしまった。
先輩は少し驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着き微笑んだ。
「えぇ、もちろん。友人が困っていたら助けるのが筋というものでしょう?」
「せんぱい......。ありがとうございます!!」
俺はうるっときてしまい、先輩のほうをまじまじと見つめてしまった。それに気づいた先輩は、ぷいっと横を向いてしまった。
「と、とにかく、具体的な作戦はまた明日から考えましょう。今日の部活はこれで解散!」
そう言った先輩は立ち上がり、「また明日」と言ってそそくさと出ていってしまった。しかし、すぐにぴょこっと顔を出して、
「明日からはまた一緒に登校しましょうね。」
と言い残して帰ってしまった。
去り際に見せた先輩の表情はなにやら楽しげで、俺と出会った時に見せた表情によく似ていた。先輩の後を追いかけようと、俺も立ち上がる。戸締りをし、部室を出て廊下を駆け抜ける。
窓から入りこむ夕日は、綺麗な朱色に染っていて、それは去り際に見せた、先輩の頬の色にそっくりだった。
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