第28話 作戦会議

「では、これから作戦会議をはじめまーす。はい、拍手~」


 二テンポくらい遅れて、申し訳程度にパラパラと拍手が聞こえてくる。

 まあ、当然だね。この部屋にいるのは三人だけ。

 つまり、拍手要員はボク以外の二名に過ぎない。


「……先輩、奥様どうしちゃったんです。前々からゆるい感じの方でしたけど、ついにぶっこわれました?」

「言葉が過ぎるわよ、リリー」


 そうたしなめはしているものの、ヘンリのボクを見る目もなにやら恐る恐る感が隠せていない。

 って、だれがゆるいんだよ。


「ではまず、みんなで自己紹介しようよ、簡単に」


 パン、と手を合わせて、ニッコリ微笑んでそう提案する。

 やっぱり、仲良しになるにはまず自己紹介でしょ。


「えー。なんですこれ。先輩?」

「私に聞かないで」

「だって、ヘンリ先輩の担当でしょ、この人」

「いつもはもう少し普通なのよ。これは担当外」


 奥様主人への敬意がまったく感じられないんだけど、気のせい?

 リリーはまだしも、ヘンリも最近ボクの扱いがぞんざいじゃない?


「えーっと、じゃあ、そうだね、わたしから行くね」


 右手を挙げて、宣言してから自己紹介スタートだ。


「んっと、エーレントラウト・カッシングです。カッシング伯爵の奥様やってます。趣味は……最近刺繍に凝ってます。あと編み物も勉強中です。よろしく~」


「「……………………」」


「は、はい、次! ヘンリちゃん。どうぞー」

「……」


 うわぁ、ヘンリのこんな嫌そうな顔を初めて見たかも。


「「……」」


 なんで二人見つめ合って首を振ってるの?


 ともあれ、ついに意を決したか、自己紹介を始めるようだ。


「ヘンリーケ・リーツです。職業は、頭の中が一年中春のお方の介護です。趣味に没頭している時間はありません。以上です」


 あれ? ヘンリ、なんか怒ってる?


「ぱ……ぱちぱち~。ほら、リリーも拍手して」

「あ、はい。ぱちぱち」


 やる気無いなこの子は。


「じゃあ、次、最後はリリーね」

「ええ~。私ぃ、こんな寸劇のギャラもらってないんですけどぉ」

「そう言わないで。ね、やって」

「はぁ」


 心底嫌そうな顔するよねぇ。付き合い悪いよ二人とも。


「リリー・マールバラです。そこの、脳みその代わりにぬかみそが詰まってるような子のお守りをする仕事です ――」


「もう! 二人とももっとまじめにやって」


 さすがに温厚なボクもこれはキレざるをえない。

 わかるよね。当然だよ。

 なのに。


「は?」

「まじめに?」


 うっわ、白い目で見られるってこういうのなんだ。

 なるほどなぁ。けっこうクる。うん、キツい。


「ではまじめにいきましょう。奥様、この無駄にながああああああああい前振りはなんなんですか?」

「そうそう。いきなり呼びつけたと思ったら、痛々しくて見ていられないノリで出向かれられて、私困惑ですよ」


「ほら、お互いの立場の違いを乗り越えた友情を育むために、まずはそれぞれが自分は何者なのかを告白し合うことで――」

「するわけないでしょう、そんなこと」

「ありえませんよね~」


 せっかくのボクの厚意を台無しにするなんて。


「奥様」

「なに?」

「これは、この間おっしゃっていた件で?」

「ああ、うん。そう」

「この間と言いますと?」


 リリーが尋ねてくる。


「知りたい? うんうん、やっぱり気になるよね?」

「あ、別にいいです。ちょっとイラッときたんで」

「そんなこと言わずに聞いてよー」

「先輩、奥様ってこんなめんどくさい人でしたか?」

「いまちょっと情緒不安定気味なのよ」


 そこ、陰口は聞こえないところでやれ。


「で、本題に入るよ」


 キリッ。


「いまさらかっこつけてますよ先輩」

「ね。不安定なのよ」

「黙りなさいメイドたち」


「「……」」


 よし。


「まず、リリーに聞くよ。ヘンリにキミの素性を伝えることは問題ないんだったよね?」

「はい。ですけど、今さらじゃないんです? ねえヘンリ先輩」

「ええ、そうね。国王のスパイさん」

「うわー、早速敵視されてますよ、奥様。拷問する気満々な目ですよ」

「ヘンリ、そういうのは全て終わったあとにして」

「終わったあとはいいんです??」


 話がぜんぜん進まないな。いや、ボクも悪いんだけどさ。


「リリー。ヘンリにはこの前話したんだけど、キミにも是非とも協力して欲しいことがあるの」


「奥様、その前に一つ」

「なに?」


 リリーが、まるで初めて出会ったときのような、ちょっとマジメな表情を見せて言う。


「もしそれが、王国や陛下の不利益になることでしたら、私に聞かせずこっそりやってください」

「あら。聞いて協力する振りをしながら裏で国王に伝えるんじゃないの」

「ヘンリ」


「信じる信じないはご自由にですけど、私はホントにスパイじゃないんですよ。もちろん先ほど言ったようなことが耳に入れば報告しなきゃいけませんけど、基本的には奥様や周囲の警戒が任務なんです」


 だから、積極的にボクらの情報を集めるつもりはないし、むしろ下手に知ると面倒くさいから知りたくないくらいだ。


 リリーはそう続けたんだ。


「どうかな、ヘンリ。ボクは彼女は嘘はついていないと思う」

「根拠はないんですよね」

「ない」

「予想通りにあっさりとおっしゃいますね」


 ヘンリのあきれ顔。リリーの信じられない物を見る目。


「よくそれで王様やってましたね、奥様」

「ホントにその通りです。どう考えても魔王向きじゃありません」


 また言われたよ。向いてないって。


 さて。

 人間たちは自分たちが運用していた『勇者』についてどこまでの理解があるのか。


 ボクは『勇者』を『人間』に戻したいと思っている。

 その手がかりがどんなものでも欲しい。


「リリー」

「はい、奥様」


 ここはカードを一枚切るか。


「キミの魔術師としての見解を聞きたい」

「え。ですから私は――」

「リリー。魔族の魔術師は、魔力を吸い上げた相手が魔術師かそうでないかはすぐわかるのよ」


 ボクの意を酌んで、打ち合わせもなかったのにヘンリが続けてくれた。ありがたい。


「……」


 リリーは一瞬考える素振りをみせた。

 これがカマかけかどうか迷ったんだろう。

 だが、迷った姿を見せてしまったのが既に失策だ。それに気づいたのだろう。小さく肩を竦めて彼女は認めた。


「……それで、なんなんです?」

「うん。ボクは、勇者を人間に戻したい」

「はぁ?」


 耳にした言葉がそれほどまでに意外だったのか、リリーは目を細めながら。


「そんなことできるわけないじゃないですか。あれ、一方通行の使い捨て魔術だし……あ、いや、魔族から見れば違うんです?」


 ……正直、キツい。腹も立った。

 だって、彼女はギデオンを使い捨ての道具のように言ったんだ。


「奥様」


 ヘンリが気を遣って近づいてきたようだ。ありがとう。

 でも大丈夫。


 軽く微笑みを返して、続ける。


「ううん、それをまず判断したい。『勇者システム』の呪文ソースコードは手に入らない?」

「ムチャ言う人だな~。あれ、機密レベルA+++ですよ?」


 上から三つ目。特級品の国家機密。


 リリーに寄れば、保管庫に間違って近づいただけで保安チームに最短一週間は拘束されて、本人はもちろん一族郎党の行動から思想チェックまでが行われるレベルだとか。



 ところで、ボクの身近には勇者が一人いる。

 身近というか、いつも隣で寝ている。


 ならば、彼にかけられている術式を解析ディスアセンブルしてみたらどうか。



 これが、ダメなんだよ。二つの理由がある。


 まず一つ目は、生物にかけられた叙述魔術を解析する方法はないということ。

 生体をどうにかしようと魔術を構築する場合、生命活動のリズムも術式の構成にすることが一番低コストでなおかつ安定するんだ。そのように作った魔術は、たとえば鼓動一つ打つたびに変化を繰り返す。動くたびに魔力の供給路が右に飛んだり左に跳ねたりするけど、そこは問題じゃない。魔力の供給があるかどうかだけが問題だ。


 するとどうなるか。


 そこにあるものは、当初組まれた魔術式とは違う構造なのに、同じ効果を発揮する別のものになる。


 しかも、それは分ごと秒ごとに変化してしまうわけだから、解析中に中身が変わってしまうんだ。


 ならば、殺した後に解析を試みれば?


 これもダメ。

 実際にボクは念のために自ら手にかけた勇者で試したこともある。


 生命活動も回路の一部だと言ったよね。

 つまり、死体に残された魔術式は、回路の一部が消失した状態なんだ。



 そしてもう一つ。

 いや、これを何とかしたいからこそ、ソースが欲しいんだよ。

 なんとも皮肉で再帰的な話なんだよね。



 ――『勇者』とは、人間から変質した人間以外の存在。



 すでに人間ではない勇者の身体から、人間を変質させるための魔術式は決して読み取れないんだ。


「でもキミはそれに許可があればアクセスのできる立場にいる」

「このレベルでは許可には陛下の裁断が必ず必要とされます。おいそれと申請なんてできるわけないです」

「申請ができる立場なんだよね?」

「そりゃまあ」


 おっけ。大事なのはそこなんだよ。

 ホントは『勇者システム』のことを子だったら、これは頼めないから。

 

「『勇者システム』の呪文ソースコードを渡してくれれば、ボクが必ず勇者を人間に戻すための魔術式を構築してみせる。そして完成したソースの全てを王国にも公開するよ」


 言うと、リリーはボクを探るように聞いてくる。

 

「……それ『救世主メシアフレームワーク』のドキュメントもつきます?」


 それは『勇者システム』の根幹をなす、人間族が千年かけていまだに解読できていない古の魔族が開発したコード群だ。

 彼らにしてみれば、喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 もしそこを人間が改造するいじることができれば、魔王すら殺せる彼らが求めた完全な勇者が完成することは疑いない。


「後ろめたい取引はしたくないから正直に言うよ。それはだめ。ボクはあくまでも勇者を人間に戻すコードだけを作ってそれを渡す。ここだけは絶対に譲れない」


 アレを渡すことは、戦争を終わらせてこれ以上の虐殺を防ぐというギデオンとの約束を反故にするにも等しい。それじゃ本末転倒だ。


「ま、そうですよね、言ってみただけです。わかりました、少し時間をください。その線で上と掛け合ってみます」


 あら。なんか拍子抜け。もう少しなんか要求してくると思ったのに。


「言ってませんでしたけど、私もだんな様は嫌いじゃないんです。正直言うとあの人が『勇者』だとは思えないくらいですよ。この間の一件では拷問も覚悟してたんですけどね。私が何者でどうして奥様に近づいたかって」


 そう。ギデオンは未だ勇者だけど『昇華』はしていない。に戻せる余地があると踏んだんだ。


「それどころか、紳士的な尋問の後には目に涙を浮かべてお礼の言葉をいただきましたよ。ああ、そう言えば、ご褒美をいただけるということでしたが、思いつかなかったので保留中でした」


 ……ギデオン、そんなに心配してくれてたんだね。


「ただ、普段から私のおしりを触ってきたりするところだけは、ホント止めて欲しいんですけどね」


 ぶちっ。突然何かが切れる音が頭の中で響く。


「ヘンリ。あいつぶっ飛ばしに行くよ」

「喜んでお供します」


 部屋を飛び出そうとしたボクたちを、リリーは必死の形相で「ウソですウソです」と押し留めてきた。

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