第27話 それはおいといて
そうだ。
そうなんだ。
そうだったっけ。
ギデオンは『勇者』なんだった。
人間たちは魔術の実効性のみを追求する傾向にあって、その裏にある真理に関してはあまりにも無頓着だと少し前に話したよね。
人間族が用いている『勇者システム』は、大昔に魔族が開発した技術の流用であることも、すでに説明したよね。
つまり、こういうことだよ。
――『勇者システム』はそれが実はどういうものだったかも理解せずに
その結果についても話したはず。
ボクは、勇者を十二人殺した。
どうやったかと言えば、なにも難しいことはない。つまり、勇者の『権能』を魔王の『権能』で無効化しただけだ。
わかるかな。
勇者は決して魔王には勝てないんだ。
勇者は
『勇者システム』の原型となっている魔族の組んだフレームワークは、魔王に対して絶対的な服従を強いている。
人間は、それをそのまま何一ついじらずに使った。
笑っちゃうでしょ。
そんな物を使って魔王を倒そうとしたんだよ、人間って。
だからボクは、彼に絶対に無理強いはしないことを心掛けていた
だって、そんなのつらいじゃないか。
自分の夫が自分の操り人形だなんて、耐えがたいじゃないか。
それがたとえ、歪で、不確かな、いつ途切れても不思議じゃない、頼りないほどに細い絆で結ばれた関係だとしても。
「奥様、だいじょうぶですか」
「……あんまり、だいじょうぶじゃないかな」
忘れようとしていただけでも効果はあったんだな。
もちろん、こんなことを忘れるはずがない。ずっと覚えてた。
それでも、ハッキリと自覚して正面から向き合おうとするよりはマシだったんだよ。
「ごめんヘンリ。話の続きは後で」
「はい、ゆっくりお休みください」
☆★☆★☆★☆★☆★
体調が悪いとは言っても、さすがに寝すぎかなぁ。
目が覚めたけど、頭が重い。
まだ外から明るい光が差し込んでいるのがわかるし、寝ていた時間そのものは長くはないみたいね。
眠くはないけど、まだベッドから出ようとは思えないな。
沈んだ気持ちのまま、寝返りを……左手が動かない。
「え? ギデオン?」
「おはよう、エーレン」
見ると、ボクの左手をギデオンが両手で握っていた。
「どうしたの?」
「ヘンリから君の体調が悪いって聞いてね。覗きに来たら、その」
「ん?」
「いや、寝言を言ってるみたいだったから、なんだろうって耳を澄ませたらさ」
「趣味が悪いなぁ」
「ごめん」
「で、ボク、何を言ってた?」
「いや、それが……俺の名前を何度も呼んでて」
「……は?」
カアッ、と一瞬で顔が熱くなるのがわかる。
「いや、それ、たぶんそうじゃなくて」
「『そう』ってなんだ?」
「な、なんだろ」
そんなこと説明できるわけないじゃないか。
「まあいい。とにかくそれがさ、不安そうな呼びかけだったから」
「……うん」
「どうすればいいかわからなかったし、とりあえず、手でも握っておくかと」
「そっか」
うう。手汗びっしょりだよ。それでもずっと握っててくれたんだ。
……あれ。握られてたからびっしょりなのかな?
「ありがとう、もうだいじょうぶだから」
「だいじょうぶなのか? 体調は万全か?」
「うん、万全。だから ――」
「そうか、なら」
もぞもぞもぞ。
おい。
「ちょ、なに? ボク起きるんだけど、なんで布団に潜り込んでくるの」
「なんでって、ここ数日ぜんぜんしてなかったじゃないか」
「それどころじゃなかったでしょ」
「うん。『なかった』やっと落ち着いたよな」
「……あの」
この男はどうしてこう一年中発情してるんだろう。
「はぁ。いやだって言ってもするんでしょ」
「ああ。君が
……ふん。できるもんならしてみなよ。
「
「だから、ぜったいするって言ったろ」
がばっ。
うわ、のしかかってきた。顔が近づいてくる。
ちょっと! なんでやめないの。
……ああ、そうか。
ボク、本気でいやがってないんじゃん。
・
・
・
・
「ううっ。こ、腰が痛い」
気がつくと日が傾いていた。
やっぱりこれはオーバーワークだと思うんだよ。
「もう、どけっ。バカっ」
ボクに腕を絡めたまま幸せそうな顔で寝ているクソ勇者を、半ば蹴り飛ばすようにして逃れた。
よだれを垂らして寝ている馬鹿面を眺めながら、つらつらと考えてみる。
魔王の勇者に対する強制力は『本気の発言』によってのみ発動する。
つまり、心の中でどう思っていてもそれは影響しないし、口に出してもそれが本気でなければ、これまた発動しないんだ。
ボクはギデオンに『自分を好きになれ』と言ったことは一度もない。
彼がボクの外見が好きなのかそれとも別の部分が好きなのかはさておいて、そこにボクが強制した事実はない。
そこだけは、本当にうれしい。
いや、安心できるというか、そういう意味的に、うん。
ていうか、ボクはこれだけ腰が痛くなるまでされる前に、何度もやめてと言ってるんだよね。それで一切止まらないと言うことは、つまり。
「……ボク、あれも実は嫌がってないんだなぁ」
自分の発言に絶対的な強制力があると言うことは、裏を返せばその効果の発現の有無で、自分の本音がはっきりわかるということなんだ。
「ああああああ。あんなのされるの、ボク好きなのかぁ」
一人で真っ赤になって頭を抱えてうめいているのは、さぞかし滑稽な姿なのだろうと思う。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ヘンリ」
「あ、奥様」
眠ったままのギデオンは放置して、とにかくお湯を浴びたい。
ヘンリに手伝いを頼んだ。
ちゃぷちゃぷ。
ああ、汗を流すって気持ちがいい。
「奥様、ずいぶんとサッパリなされた感じですね」
「あ、わかる? そうなんだよ」
「そんなに、満足なされましたか」
「え?」
「真っ昼間からお楽しみでしたね」
サッパリってそういう、肉体的なものじゃなくてさ。
「あのさ、そういうんじゃなくて!」
「よくなかったのですか?」
「よかったけど……ってちがくて、あのね、ヘンリ!」
『何か?』とかわいらしく首を傾げるこの子はもう。
「あのね、そのまま聞いて」
「はい」
ヘンリは湯に浸かるボクの背後で髪の手入れをしてくれている。
彼女に梳かれるとホントに気持ちがいいんだ。
「誰がやったかは言えないんだよね」
「はい」
「二つ目の封印にキミが手を貸したってことは、それはボクのためなんだよね」
「……その通りです。ありがとうございます、奥様」
「え?」
「私の奥様への忠誠だけは疑わないでくださっています」
「まあ……忠誠っていうか、友情? それは信じてるよ」
「はい」
しばらく、そこで静かな時間が流れた。
なんかこそばゆいけど、気持ちのいい時間だ。
「それで」
「はい」
「なぜ二つ目が必要だったかも、言えない」
「申し上げられません」
「それは、ボクがショックを受けるから? それとも、具体的に何か不都合な現象が起きるから?
「……」
これには無言か。
どちらとも取れるし、関連しているとも考えられるし。
いずれにしても、ここまでか。
「奥様、終わりました」
ざぱん。それを聞いてボクは立ち上がる。
「ねえ、久しぶりにあのリボンを結んでくれない? ギデオンの好きなやつ」
「……はあ。かまいませんが」
ふふっ。露骨に不機嫌になるのがおもしろいよ、ヘンリ。
このくらいの意地悪は許してくれるよね。
身体を拭いてもらってから鏡の前に腰掛けて、話の続きだ。
「ギデオンってかなりバカだけどさ。ヘンリにすっごい似てるところあるよね」
「は? 心外ですね。私のどこがあのバ……あの、だんな様と?」
「ボクが好きで好きで仕方ないところ」
「……あのですね」
文句を言い始めそうだけど、聞いてあげない。
「だからさ、とりあえずはいいよ。二人ともそうなんだって、確認できた。安心した。棚上げにして別のことをしたい。それにはヘンリの協力が絶対に必要。あと、リリーの力も欲しいな」
「私とあのスパイ女ですか?」
「うん。あのねぇ、ボクね、決めたんだ」
グッ。拳を握って自らに言い聞かせるように宣言する。
「
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