第26話 魔王と勇者
さて、
私としては、このままずっとぬるい感じにメイドを続けていくのもやぶさかではないんですけどね~。
でも、そうはいかないだろうなー。
自分がカタギのメイドでないことは、勇者にもダークエルフにも気付かれてるもんね。
奥様の弟君であるプロッツェ卿は、いまは王都に
いかな不法に我が国に侵入したあげく魔物を使ってカッシング領で暴れ回った兇賊の頭であっても、魔王不在の魔族を事実上の摂政として束ねている彼だ。講和を結んだばかりの王国が安易に処刑するわけにもいかない。
結局、魔力を封印した上でのことだが、非公式の国賓としての処遇と相成ったのだ。
此処に於いて、プロッツェ卿の要求は実にシンプルだ。
・魔王スタニスラスの事は魔族の内政問題である。
・従って、即時の引き渡しを求める。以後は当国内で然るべき処遇をする
・その上で人類連合、特にこのニューストレム王国との平和的外交を約束する。魔導技術の輸出も検討しよう。
これに対し陛下はこうお答えなさったらしい。
・我が国が承認する魔族の合法的政府の長は、いま現在も魔王スタニスラスである。
・封印は魔王が自由意志で、正式調印により応じられたもの。
・したがってこれは『条約』である。摂政のものであっても、非公式な口頭の要求にで破棄できるような簡単なものではない。
こうも正論で固められたら、卿も何も言い返せないですよね。
とりあえずは要求を引っ込めたらしいんですけど。
まあ、簡単に諦めてくれたら世話無いですよね。
そんなこんなで、私が念のためにここに派遣されたわけですし。
だから、奥様に手出しするつもりなんてないんですよ。
それどころか、自分の命に代えても奥様をお守りするようにって、勅命なんですから。
言いませんけどね。
もっとも、陛下とプロッツェ卿の関係次第でこの命令もいつひっくり返るか。宮仕えのつらいところですよね~。
んでも。でもでもですよ。
「私は、ここに住む甘ちゃんたちが、キライじゃないんですよね~」
ははは。朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだ。
ぬるい空気は私の堅い決意を柔らかくしているのかもしれない。
「リリー。リリー? どこにいますか」
あら。メイド頭が呼んでいる。サボってるのがバレたかな。
「あ、はーい。リリーいます。ここにいまーす」
だから、なるべくいまの命令が有効であり続けることを……祈ってるんですよ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「奥様、どうしてお気づきになられたのですか」
ヘンリが心底不思議そうに尋ねてくる。
そりゃそうだろうな、とは思う。
「封印のこと?」
「はい、あれを『封印』と確定なされたのなら、
「ちょっと順序が違うかな」
「順序?」
「うん、まず、屋敷の向きがおかしいことに気がついた。妙に日当たりに対して無頓着なんだよ。要塞じゃないんだから、そこを考えないはずがない。そうなれば別の天体の影響を加味してるだろうと」
コスト最優先の庶民の家じゃないんだからね。
「月に気づかれたわけですね」
「それで屋敷中を調べて歩いたら、火があって、水があって、人がいて、ああ、魔術だって。それから
「……」
魔術の素養がある人ならこれだけでわかると思うんだけど、そうでない人のために補足しておこう。
たとえば、人が住み暮らす中での
そして、土の要素は何かを『埋めて固める』効果。
「土なら、勇者だよね」
勇者は
「そこを調べるのは簡単だったね。ほら、ギデオンって……ねえ? エッチだからさ」
彼の胸に抱かれながら、そこにあるはずの『
一晩中鼓動を聞いて、胸の奥になにかを感じたら、手を当ててさらに深くまで読み取った。
―― そのたびにあの男は興奮して
さておき。
後から考えれば、それは思いのほかすぐに見つかったんだと思う。
「解析すると、中にはボクの
「待ってください奥様。『解析』とおっしゃいましたか」
「うん」
いぶかしげなヘンリの顔。まあ、そうなるだろうね。
「それは、つまり『
「正解」
「……そんなことまでおできになったのですか」
「まあ、それで生成されるコードはかなり読みにくいから、苦労したけどね」
ディスアセンブルとは、魔術に秀でたデーモン族においても、なお『
人が読み書きできる
ただ、これで生成される
要するに、逆変換する才能と、変換されたわかりにくいコードを理解する知識や経験の、両方が要求される最上位に高度なスキルと言えるだろう。まさに天才。ボクつえー! みたいな?
……自分で言うのもなんだけどね。
かつて『
え。『救世主』ってなにかって?
うーん。まあ、あんまり気にしないで、もはや誰にとっても無縁な昔話だよ。
「奥様にそれができるなら……彼がそれを知らないはずが……」
「彼?」
動揺したヘンリが聞き捨てならないことをつぶやいた。
誰のこと?
「あ」
「ヘンリ、誰の話? 何のこと? その
ここまで大きな儀式で、しかもスタンプまで完璧に隠蔽出来る術者なら、さぞ高名な魔術師だろうに、ボクにはまったく心当たりがないんだよね。
「失言でした。申し訳ありません」
「ヘンリ、言って。言いなさい」
彼女は目を閉じ口も閉ざす。
こうなったら、てこでも動かないのがヘンリだ。
「じゃあ、先にもう一つ聞きたいことがあるからそっちを先にする。いい?」
「……」
返事はない。
「
ボクの弟、エーレンフリート・クルト・プロッツェ公爵。
いつぞやのカッシング領襲撃の首謀者として、現在王都で囚われの身らしい。それ以上のことは全くわからない。
「ああ、ようやくわかりました。リリーは国王の手の者でしたか」
ボクが一言尋ねただけで、その情報が陛下から流れてきたことを看破する。
話は早いのは歓迎するんだけど、ここまで察しがいいと逆にやりにくいね。
「ヘンリ、陛下とお呼びしなさい」
彼女はそれには返事をせず、続けた。
「そちらでしたら簡単なお話です。弟君に命をねらわれたとなれば奥様のショックは大きいものとなるでしょう。そうお考えになっただんな様の判断です」
五分五分、いや、四分六で襲撃の目的はボクの救出ではなく殺害だとは思っていた。覚悟はしていたつもりでも、なるほどショックは大きいね。過保護なだんな様がボクに隠そうとしたのは理解できる。
だけど、だとするとおかしくないかな。
「ボクを殺したって、フリートに魔王が継げるわけないじゃないか」
あの子は……ツノ無しなんだから。
「……」
ヘンリはまた口を閉ざしている。
この子、口は堅いんだけど隠し事はうまくないんだよね。
これじゃどう見ても『知ってるけど言わない』だよ。
「あのとき、キミがボクの部屋のドアをぶち破ってお説教してくれたときは、もう相手がフリートだってわかってたの?」
「お説教したつもりはございませんでしたが……はい、すでに判明していました」
「そう」
ふむ、なるほど。よくわかった。
「やっぱり下がっていいよ、ヘンリ。ボクは用事ができた」
言って、くるりと身を翻し、どっかどっかとドアに向けて歩き出す。
「奥様、どちらに」
「あの
「お待ちください奥様、そういうことなら私に命じていただければ喜んで……じゃなくて、お願いです。もう少しだけ話を聞いてください」
「話を聞けって言うけど、ヘンリは何も話してくれないじゃない」
「それは……そう、なのですが、お願いです。だんな様を追求するのだけはおやめください」
「なんでヘンリがあいつをかばうわけ?」
「かばっているわけではないんです。ですが、お願いですから彼を詰問しないでください」
「どうして」
ボクは激情に身を任せようとしていたことを、このあと激しく後悔したんだ。ずっと忘れていたかったことなのに。
「……お忘れですか?
「ヘンリ?」
「彼は『勇者』ですよ?」
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