第12話 王都へ

「概ね自由なものですよ。魔族というものは」


 主人の問いかけに、メイドが事も無げに応えている。


「自由ねえ」


 まだ釈然としない様子の主人を見て、メイドは続けた。


「性別の差などむしろ些細な話です。魔族我々は様々な種族の集合体ですからね。比較的人間に近いために、常にだんな様のいやらしい目で汚され続ける私のようなダークエルフから、人間だんな様の性的対象には決してなり得ないであろうリザードマンや、だんな様ご自慢の暴れん棒では爪楊枝にもならない巨人種もいますし」


 これは聞き捨てならない。ギデオンは思った。


「いやまて。おまえをそんな目で見ていない」

「そうでしたか?」

「あと、俺はそんなものを自慢したこともないからな?」

「おかしいですね、奥様の話によると ――」


 そこに、いつものように無表情でしれっと続けるヘンリ。


「は? エーレンがなんて?」

「まあ、その話は置いておきましょう」

「置くなよ。すごい気になるだろ」

「だんな様の悪いクセですよ。すぐにお話がわき道にそれる」

「いつもおまえがそらしてるよな??」


 額に指を当てて小さく首を振ってからヘンリは言う。


「私が知らないと思っているのですか? 相当にヒドいことを言って無理やりつっこんでることとか」

「待ってくれ! な、エーレンがそれ言ってたのか? 本当か? なあ、頼む教えてくれ」

使用人の口からこれ以上はとても」

「おまえさぁ」


 『とにかく』と、を一方的に打ち切ったヘンリは、大元の話題へと無理やりに戻すのだった。

 

「奥様があなたのような腐れ外道のど畜生……いえ、もとい、男性に抱かれることにあまり嫌悪感を抱かないのは、そのあたりが理由だと思います」


 これを聞いても、今ひとつギデオンにはピンとこない。

 訂正したい部分もあるが、きりがないのでここは流そう。


「魔族ってのはもともとバイセクシャルだってことか」

「そこまでは言いませんけどね。私が知る限り、奥様がだんな様以外の男性に興味を示したことは一度も……あ……いえ、なんでもないです」

「おまえさ、俺の不安をあおることにかけては右に出るものがいないよな??」

「心外ですね。私はおよそどんなことだって人並み以上にこなしますよ」



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「王都へは一年半ぶりくらいでしょうか、だんな様」

「そうだな。魔王封印の一件で辺境に飛ばされてから、一度も行っていない」


 のんびりと街道を馬車が走る。

 その車内にいるのは、ボクとだんな様、それから ――


「甲斐性無しのだんな様に嫁いだ奥様がおいたわしい」


 ボクの親友にしてお付きのメイドのヘンリだ。


「せっかく連れてきてやったのにそれか」

「はい? 私は奥様の護衛です。同行しない方がおかしいのでは?」

「ああ言えばこう言うな、おまえは」


 今日も二人は仲がいいなぁ。

 じゃないのはもうわかっているけど、それでも時々ちょっと妬けちゃうこともある。


 え。どっちにって?

 そりゃ、うーん。うーん。


 ちょっと黙って考えていたら、だんな様が心配して声をかけてきた。


「どうしたエーレン、気分は悪くないか」


 だんな様は、最近なぜか優しいな。ううん、元から優しいんだけどさ。

 ここ数日はなぜか夜の方もあんまり俺様的に攻めてこないし。

 それはちょっと残ね……あんしん!! あんしんっ!!!!


「はい。地竜が引いている車に比べれば、凪のような走りですから」

「……魔族は本当にいろいろ豪快だよな」


 今回王都に向かうことになった理由は、第一王子の婚約披露パーティに招待されたからなんだよ。なんでも、だんな様はその王子と親友なんだってさ。

 貴族とか王族とか嫌ってる事が多いだんな様だけど、ごく少数の人とだけは深い信頼関係で結ばれた交友があるみたい。


「そういえば、王子殿下ってどんな方なんですか?」


 尋ねると、だんな様は少しだけ考えてから教えてくれた。


「そうだな、剣の腕は立つし、学もあるし、顔もさわやか系で女ウケは最高にいいし、性格も穏やかで悪い噂を聞かないし――」

「おまけに家柄もよくお金持ちとなれば、剣以外ではだんな様が比肩するポイントがないですね。実はご友人ではなく舎弟なのでは?」

「おいヘンリ。ここから王都まで歩かせるぞ」

「奥様、こんなことおっしゃってますよ」


 ああもう。ホントに仲良しなんだから。


「もう、だんな様ったら。軽い冗談じゃないですか」

「重い悪意だと思うんだけどなぁ」


 その後も何事もなく、ときどき宿場町で休みながら数日。

 やがてボクたちは、久しぶりの王都に到着した。


 もっとも、ボクにはあまりいい思い出はないんだけどね。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「うっわぁ」


 お城近くに用意されたお屋敷には、滞在中に必要なもの一式が揃っていた。なんでも王子様が揃えてくださっていたらしい。ボクが着るドレスも、一、二、三、四……えっと、これぜんぶボク用なんだよね? まさかヘンリメイド用ということもないだろうし。


「このくらいは普通ですよ、奥様」


 そうなのか。そういえば、母様もドレスは山ほど持っていたな。

 女性はホントにたいへんだ。いや、もう他人事じゃないんだけど。


「さて、とりあえずこれを着てみましょう」


 とりあえずって。


「一通り全部着てみませんと、どれが似合うかわからないではありませんか」

「ええ~、いいよ面倒だよ。これ。この水色っぽいのにしよう」

「いけません奥様。そんなことでこの先、社交界で生きていけると思っておいでですか」

「いいよぉ、どうせ辺境住みだし。周りにパーティする人もいないし」


 あそこはそういう点でパラダイスだ。


 ヘンリはそんな僕を見て、やれやれと、わざとらしく首を振っている。


「いいですか。誠に不本意ですが、魔王さまが奥様になってしまわれた以上は、伯爵家の奥様として誰に笑われることも、後ろ指を指されることも、このヘンリーケ・リーツの名にかけて許しません」

「え゛」

「そのためには、まず奥様自らの意識改革が必要なのです」

「でも、ヘンリはボクをその、男に戻したいんでしょ?」

「もちろんです」

「なら、そんな、あんまり、ね? これ以上奥様っぽくならなくても」

「それは、それです。男性に戻られた暁には、紳士としてどこに出しても恥ずかしくない魔王さまに再教育いたしますので」

「えええぇ……」


 着せ替え人形の気持ちって、たぶんこんなものなんだろうね。

 上から下まで脱がされ着せられ、やれ手を挙げろだ足を通せだ、あげくのはてには ――


 ぎりぎりぎりぎりぎり。


「ぐぇえ゛え゛え゛え゛え゛]


「奥様、最近少々、食っちゃ寝しすぎでは?」


 に、人間の女性って、みんなマゾヒストなのかな。

 なんなの、このコルセットっていう下着は……。


「お゛おお゛ぉお゛ぉぉお」

「奥様、はしたないですよ」

「も、もうそれ以上引っ張らないで」

「あともうちょっと細くした方がよろしいかと思われますが」


 もういい、かんべんして。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 そんな風に、お腹がつぶれそうなほどにきっついドレスを着せられてから揺られる馬車は、てきめんに乗り物酔いを誘った。舞踏会の会場に着いた頃には、ボクの顔は真っ青だったそうだ。

 ヘンリが念入りにお化粧してくれたはずなのにね。


「う、うぷっ」

「だいじょうぶか、エーレン」

「あの、だんな様、しばらく別室で休ませていただけませんか」


 この状態で踊ったら確実に戻す。

 それは伯爵家の奥方として、決してあってはならない失態だと思うんだよ。


「そうしてくれ。君」


 会場の係の男性に伴われて、ボクは休憩室に入った。

 そこにいたメイドさんが親切に、コルセットを緩めてくれたよ、ありがたい。


「ふぅ」


 やっと人心地ついた。

 あ、お水が欲しい。メイドさん、お願い。


 ソファーに深く腰掛けて呼吸を落ち着ける。

 油断すると吐き気がぶり返してくるからね、ここが大事な時なんだ。


 ガチャ。


 そんなとき、部屋の扉が開いて入ってきたのは、きらびやかなドレスに身を包んだ、目を見張るような美女だった。


 背中までまっすぐに伸びた金糸のように細く鮮やかな髪。白磁のような肌は少しだけ赤らんで、そこにあつらえたようにきらめく青い瞳を引き立てている。

 まるで名人の手によるビスクドールだ。あまりにも完璧な美。


「もし。カッシング伯爵夫人ですね?」


 は~~。キレイだなぁ。

 昔のボクのお妃候補にも、ここまでの美人はいなかったよ。


「もし? カッシング伯爵夫人ではありませんか?」

「えひゃい?」


 えひゃいってなに。変な声でたぞ。


「あ、はい。そうです。カッシングです」

「よかった、人違いかと心配致しました。私はクローディア・マクニールと申します」

「これはご丁寧に。改めまして、エーレントラウト・カッシングです」


 クローディア様。えっと、初対面だよね。

 ん~? なんでボクのところに?


「お噂はかねがね窺っていますのよ。勇者様が王女殿下との結婚を蹴ってまで選んだ女性、と」

「え、あ、はい」


 ダメだボク。そんなの淑女の反応じゃないぞ。

 だけど、いや、うーん。なんか。


「あの、あなた様は ――」

「ご気分が悪くてお休みしていると聞いて、リオンに様子を見てくるように申し使りましたの」


 リオン。リオン? どこかで聞いた名前だけど。


 くすっ。

 クローディア様は、上品に笑って続けた。


「リオン・エングルフィールドと言えばおわかりになりますか?」


 エングルフィールド。たしか国王が ――


「え、王子……さま、ですか?」


 くすくす。

 さらにおもしろそうに笑うクローディア様。


「はい。そして私が、その婚約者のクローディアです」

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