第11話 戦後処理
「『玉砕の
ワンピースのスカートの裾を広げて弱々しくへたり込んでいる小柄な少女が、右手にバスタード・ソードを握る長身の男の要求に対し、気丈にもそう言い放つ。
男は、黙って少女を見下ろしている。
剣の切っ先は石床の上に置いて、一見すれば害意はないようにも見えるが、二人はお互いを仇敵と認める間柄だ。いつそれが振り上げられ、また振り下ろされるか、わかったものではない。
その証拠に、少女の肩の震えは止まる気配がない。
だが。
「い、嫌だからな。ボ、ボクはひ、一人でし、死ぬから。だから、それで終わらせてくれ。部下や、たたたみ、た、民たちには、手を出さないでくれ。お願いだよ」
ざりっ。床に擦れる男の足音が、少女の耳に近づいてきた。
ぽろぽろぽろぽろ。
大きくて少したれ気味の愛らしい少女の両目から、涙の雫が際限なくこぼれ落ちていく。
「ち、父上、母上、ヘ、ヘンリ……ごめん。ボク、ダメだった」
少女の前に立った男は、ゆっくりと膝を畳んで屈み込む。
知らない大人が子供に話しかけるときのように、なるべく身体を小さく見せて怯えさせないようにするつもりらしい。さりとて、少女より二回りも三回りも大きい身体の威圧感は、なかなか小さくはならない。
「ふ、ひっ」
近い。
見上げる少女の赤みがかった茶色の瞳に、青い瞳の青年の顔が映っている。
「勘違いしないでくれ。俺は君を助けたい。そのためにはなんでもするつもりなんだ。わかってほしい。どうしても『玉砕の詔命を出す準備がある』という宣言が必要なんだ」
「な、なんで勇者が魔王を助けたがるんだ。まったく信用できない」
少女の名は、魔王スタニスラス。
青年の名は、勇者ギデオン。
「なんでって?」
「そうだよ、なんでさ」
「俺が君に一目ぼれしたからだが」
☆★☆★☆★☆★☆★
「さて、ギデオンよ」
「ははっ」
重々しく口を開いた国王の御前で、ギデオンのこめかみに脂汗がにじんでいるのが見て取れる。
いかに歴戦の勇者であっても、これから王にハッタリをかまそうとしているのだ。緊張しないはずがない。
「魔王はどこで何をしている」
「それは、言えません」
ざわざわざわ。
この質問に答えないことは、敵国の王を匿うことを意味することは言うまでもない。
室内の全ての視線がギデオンへと集まるのがわかる。
近侍すらもがたしなめるのを忘れ、喧噪は激しさを増すばかりだ。
「だまれ!」
王の一喝。効果は抜群だ。瞬時に訪れる静寂。
当代のブレンドン三世は、このたびの戦乱が最も激しかった時期に即位した王だ。武闘派の王子として名を売っていたことが功を奏したのか、身体の弱かった第一王子に代わって、死の床にある先王の遺言で玉座に座ることになったのである。
歴代でも一、二を争うほどに気性が荒いと言われる存在だからこそか、このように王らしくない叱咤は茶飯事であるとは耳にするのだが ――
「ギデオンよ、それは、余に対する裏切りか」
「……違います」
ギデオンの息づかいが荒い。額から滝のように汗が噴き出し流れている。
顔全体が紅潮して熱を持っているのがわかる。
「では、話せ」
「は……」
意識がもうろうとしてきた。
これ以上は無理か。観念したギデオンが、おもむろに懐へ右手を差し込み……懐剣を抜く。
それを目にしたかしないかの一刹那に、王の警護が玉座の前に立ち塞がった。
「乱心されたか、勇者殿!」
ギデオンはただ黙って
ざわざわざわ。
「何事だ」
「やはり乱心か」
「なんと、あれほどまでに深く……」
鍛えられた右手の渾身の力で突き立てられたそれは、厚く硬い骨をあっさりと貫通して、石の床にまで食い込んでいるのが誰の目にも明らかだった。
もはやそれは脂汗などではない。汗みずくだ。冷たい床に汗の水たまりができている。
王から放たれる過大なまでの精神的圧力に屈しそうだった心を、自ら骨を砕き肉体的な激痛を伴う覚悟で強化した。
―― 身体の痛みにならいくらだって耐えられる。
もう一つ。
この武王相手にどれだけの効果があるかは疑問だが、少しは度肝を抜いてくれるかもとの打算もあった。
「陛下、改めて申し上げます」
果たしてその効果があったのかどうか。
「……申してみよ」
「ありがたき幸せ。
魔王の約定はこうです ――」
『その身を
☆★☆★☆★☆★☆★
「……は? はぁ? ひとっ一目ぼれって、なんだキミは、頭おかしいのか?」
「どうしてだ。男がかわいい女の子に一目ぼれするのがそんなにおかしいか?」
「かわっ、かわいいって言うなって言ったぞ、ボクは」
「そう言われても、かわいいから仕方ない」
「~~~~~!!」
実のところこれは嘘だ。
ギデオンは最後に一人生き残った歴戦の勇者である。エーレントラウトに心奪われたことは間違いなく事実だが、それだけで任務も仲間も国も放り出して女性のために生きる道を選ぶほどにウブではない。
当然、魔王もそうだろう。即位から間もない若い王にしても、魔族を束ねる最強の魔力をその身に宿した恐るべき魔王だ。
考えるまでもなく ――
「いや、キミだけど、うんと、そういういや、それはそういうのはさ、ほらこういう場所じゃなくて、もっとそういうなに?えっとムードとかあるし、ほら、あの、なんだろ、ああ、えっと」
―― ウブだった。
「いいか。君も、君の仲間も……そして、俺の仲間も、これ以上死なせないために、協力してくれ」
ギデオンの本音はこちらだ。
魔王を利用して戦争を終わらせる。そして報復を錦の御旗にしたその先の犠牲を生まないようにする。
これは、結果的に魔王の命も守ることになる計画だ。嘘はついていない。
そうこうしているうちに、エーレントラウトもようやく落ち着いてきたようだ。
「まあ、キミの、なんだ。告白はさておいて、本題だ。宣言だけでいい、ということは、脅しをかけるということ?」
「その通りだ」
さすがに魔王。こうなると話が早い。
「いいか、エーレントラウト」
「あのさ、ボクは『魔王スタニスラス』だ」
「いいから聞け、エーレントラウト」
「なんなんだろうな、キミは」
ぷんすか。
ギデオンはわざわざ口にしようとはしないが、泣きはらした真っ赤な瞳のままでふくれっ面を見せるエーレントラウトには、魔王の威厳など一ミリも感じられないのだ。
「ときに、君の目から見て、勇者とはどんな存在に見える?」
「殺人鬼、放火魔、強盗、強姦魔、詐欺師、それから――」
「ああ、いい。もうそのくらいでいい」
ギデオンは、彼女のそれをなかなかに
「つまり、君の直轄していた第十九師団と同じというわけだ」
「……っ」
第十九師団とは、魔族のゲリラ部隊の隠れ蓑であり、魔王直轄師団だ。もちろん直轄とは書類上のことで、実際の運営は部下が行っているのだろう。
エーレントラウトが先ほど
これをもっと正確に表現するなら ――
『人間連合軍が用いる勇者というシステムは、第十九師団の活動をコピーしたものなのだ』
―― となる。
似ていて当然。むしろ似ていなければおかしいのだ。
「だけど、ボクはそんな……いや、違うな、ごめん。その通りだ」
おそらくは「ボクはそんなものに関わっていない」とでも言いたかったのかもしれない。しかし、いかに即位から間もない
「それでいい。言われずに気付いたのなら上出来だ」
「ふんっ、そもそも不敬だぞキミ。いくら敵だって王には最大限の敬意を払うのが当然だろう」
「あいにく俺は軍人じゃないんでね。無作法な冒険者さ」
「ああ、そうか。『勇者』はそうなってるんだったね」
「勇者に関する造詣は深いようだな。余分な説明の手間が省けて助かる」
「そりゃね、もともと
「なに?」
「おや、知らなかったのかい」
人間連合軍では、勇者とは天啓を受けた戦士に神聖魔法により常人を超えた力を付与するものだと伝えられていた。
それが、実は魔族が開発した魔術? いやまて、エーレントラウトが自分を騙そうとしているのでは。
だが、黙り込み考え込んでいた自分の顔を、小首をかしげて覗き込んでいる少女を見た瞬間に、そんな疑いは霧散してしまった。
この男も、実は案外ウブでチョロいのかもしれない。
「とりあえずその話は後だ。本題の方の相談をしよう」
「わかったよ、だけど、どんな言い訳を積み重ねても、絶対に『玉砕』は使わないから」
「当然だ。使うというなら、俺は君を斬る」
エーレントラウトの瞳に再びおびえの色が浮かんだ。が、それも一瞬。
「……一目ぼれとか言っておいて。だけど、そういうキミの方がまだ信用できるよ」
「そうか。それで、エーレントラウト」
「あのさ、どうしてもスタニスラスとは呼ぶ気がないんだね」
「ああ」
「じゃあ、エーレン。エーレンでいいよ、そう呼んで。長いでしょ」
「友人たちはそう呼ぶのか? 少しは俺に心を開いてくれたのかな」
「……んー、まあ、
友人たちは戦死したと言う話だろうか。
だとすれば悪いことを聞いたかもしれないが……いまはこれからのことを考えるべきだな。
ギデオンは言った。
「まずは約定書を作るぞ。もっとも、一国の王様と一介の
ギデオンのたたき台にエーレンが提案したり駄目出しをしたりしながら、人間も魔族もまとめてペテンにかけようとする計画が進んでいくのだった。
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