第13話 昔の男
「そうなんですよ、コルセットがキツくって」
「普段はおつけになる機会がないのですか?」
「ええ。カッシング領に住んでいると、舞踏会などはあまり縁がありませんので」
クローディア様とは少しお話したらすっかり仲良くなった。
さすがは王子殿下の婚約者だけあって、見た目だけじゃなくて心もキレイだ。
優しくて、よく気がついて、ボクはすっかり気に入ってしまった。
思えば、ヘンリ以外に年の近い女の子の友達はいなかったっけ。
「クローディア様。よろしければこれからも仲良くして頂けますか?」
「もちろんですわ、エーレントラウトさま」
ね。仲良くなってるでしょ。名前呼びしてくれたし。
くすくす。
笑い方もホントに上品でかわいらしい。憧れちゃうなぁ。
少し休んですっかりと気分もよくなったボクは、彼女と一緒にダンスホールへ向かいながらお話を続けていた。
「実はわたしは舞踏会がはじめてなんです」
「まあ、そうでしたの。それは心細かったでしょうね」
正確に言えば、女の子としての参加が初めてなんだけどね。
魔族の王子をやっていた頃は、さすがに何度か出席したことがある。
ただ、ボクのダンスは当然男性側のものだし、それも人間の国のものとはだいぶ違う。結局、サラ先生に紹介されたダンスの先生に、女性側のそれを短期に叩き込まれた形だ。
もっとも、これでも、女の子の身体を動かすのは慣れていたし、それほど運動神経が悪い方でもない。赤点まみれだった刺繍のような醜態をさらすことなく、それなりの形にはなったと思う。
……って、もう、一年以上前の話だから、ステップが少々怪しいと思うけど。
「わたくし、先ほどカッシング卿に踊っていただきましたのよ。とてもお上手でしたわ」
「え、だんな様が。そうなのですか」
「エーレントラウトさまは、カッシング卿と踊られたことはないのですか?」
「ええ。だんな様が踊りが得意だったとは初めて知りました」
「あらあら。それでは、私が先にお相手していただいたのはよくありませんでしたわね。お許しくださいませ」
「いえいえ、とんでもありません。わたしが休んでいたからですし」
ていうか、できればあんまり踊りたいとも思わない。
衆人環視の中で、こんなひらひらでキッツキツなドレスでくるくるまわるなんて。ああ、いやだ。
そうそう、コルセットはヘンリが締めたのよりずっとゆるい感じに締め直してもらっているよ。
そうこうしている間に、ホール前に到着だ。
入り口の大きな扉を、係の男性がうやうやしく一礼をしてから開いてくれた。
わっ、と、喧噪が広がる。
さすがは王子様の婚約発表だ。集まった人の数が桁違いだよ。
「お、エーレン、戻ったか」
「あ、だんな様」
あっけにとられていたボクは、背後からの声に気付いて振り返った。
そこにはギデオンと、もう一人 ――
「おお、彼女が
「おいリオン、今日はおまえの、というよりクローディア嬢が主役だろう」
「そう堅いこと言うなよ。
なるほど、この方がリオン殿下なんだ。
よし、いまこそ練習の成果を見せるときだ。
まず、スカートの裾を軽くつまんでちょっと持ち上げてから広げる。
間髪入れずに片膝を引きながら腰を落とし、なおかつ顔も背筋もまっすぐに!
「お初にお目にかかります、リオン殿下。エーレントラウト・カッシングと申します。どうかお見知りおきください」
よし、完璧な
「…………エーレン?」
ん? 殿下の反応がなんかおかしいな。あれ、間違った?
「エーレンなのか?」
「はい? あ、はい。どうぞエーレンとお呼びください」
目を伏せて軽く頭を下げる。
「ぶっ」
「?」
「ぶっはははははははははは! エーレン、エーレンだこいつ。なにやってんだおまえわはははははははは」
「………………」
あまりのことに、ボクだけでなくだんな様も、クローディア様まで目を丸くして言葉を失っている」
「あの。殿下?」
「で、殿下じゃねえよ、なんなんだよお前そのひらひら。あっはははははは」
いち早く立ち直っただんな様が気色ばんで殿下に食ってかかる。
「おい、いいかげんにしろ。俺の妻だぞ」
う、ちょっとカッコいいじゃないかだんな様。
いや、でもいまそれどころじゃない。
この
「え、ああ、すまんすまん、だけどさ」
王子らしからぬ馬鹿笑いに、周囲で踊りや談笑に興じていた人々の注目も集めている。これは、場所を移した方がいい気がするよ。
「だけどもなにもない。公衆の面前で俺の妻を辱めたんだぞ」
「いや、すまん、それはすまん。謝る。でも聞いてくれギデオン」
ここは割って入った方がいいね。
「だんな様」
「エーレンだいじょうぶか。心配するな、
ううっ。困るなぁ、こういうときあんまりカッコいいこと言わないで。
「ありがとうございます。ですが、とにかく、広間の外に出ましょう。殿下も、よろしいですね」
「あ、ああ。そうしよう」
「……エーレン?」
ギデオンがいぶかしげにボクを見ている。
わかるよ、ボクだってなんでこんなことにって思ってるくらいだ。
好奇の視線を背中にビシバシと感じながら、四人の先頭に立ってボクはダンスホールを後にした。付き従う三人は無言だ。
ふぅ。聞こえよがしに大きなため息をつく。
聞かせてやりたいのは、
「レオン。キミ、王子様だったんだ」
「ああ。さすがに身分を明かして冒険者はできなかったんでね。すまない」
「ビミョーな偽名まで使ってさ」
リオンとレオン、か。
「……どういうことなんだ、二人とも」
なんだろ。ギデオンの目が怖いけど。
冒険者やってたことを隠してたから怒ってるのかなぁ。
実はボクにとっては冒険者は隠れ蓑にすぎなかったんだけどね。
「だんな様は、リオン殿下が以前に冒険者をやっていたことはご存じでしたか?」
「ああ、知ってる。もともと俺たちが知り合ったのはそこでだ」
そっか。じゃあ話は早いね。
「少しの間でしたが、そのとき組んでいたパーティメンバーの一人がボクなんです」
「あー、おまえ『ボク』はまだ直ってないのか」
ぐしゃぐしゃ。
「ぎゃー! なにすんだこの馬鹿野郎! この髪どれだけ時間かけていじったと思ってるんだ!」
「あー、くせっ毛だったもんなぁ」
ぎゃーぎゃー!
ホントにこの男はぜんぜん変わってないじゃないか。なにが王子殿下だ。
「ね、だんな様。こいつはずっとこんな調子で ――」
おや。
「「…………」」
なんか、だんな様がこわい。
クローディア様は、ニコニコしてる、けど。
目が笑ってない。
「あらあら、勇者様の若奥様は、ずいぶんと
「え。あれ?」
「そうだな、楽しそうで何よりだよ、エーレン」
「あの。あれ?」
そのときになって気付いた。
こ、これはまずい。
婚約者のいる男性と、人妻が。
男性の婚約者の女性と、夫の前で ――
なんかいちゃこらしている! ように見える、よね。これ。
「あの、あのあの、違う。違うの。違うんですだんな様」
「女の『違う』が、本当に違ったためしがないのですわ」
「く、クローディア様ぁ」
「なんでございましょうか? カッシング伯爵夫人?」
う。うう。
「レ、レオン、ほらあんたもなんか言いなよ。誤解されてるよ」
目を向けると、彼は『あちゃー』とばかりに顔を覆っている。
頼りにならない男だよ。
「カッシング卿? これ以上私たちがここにいてはお邪魔では?」
「そうですね、クローディア嬢。ホールに戻りましょうか」
「もう一度踊っていただけます?」
「喜んで」
あの、えっと、その。
弱々しく伸ばした手は、むなしく宙を掴むだけ。
二人は黙って、腕まで組んで、ホールへと入って行った。
入り口に立っている男性と一瞬目が合う。
ササッ。逸らされた。
だよね。関わり合いになりたくないよね。
「エーレン」
「キミがいけないんだぞ! なんでちゃんと説明しないんだよ」
「いや、これは無理だろう。何を言っても聞いてもらえそうにない」
「ねえ、これ、キミの婚約発表なんだよね。どうするのこれから」
「さぁ」
さあ、じゃないだろぉ。もうっ!
どーおするんだよー。
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