第2話

 船の旅は思ったよりも快適に始まった。貨物船ということもあったし、飛び入りだしで居場所は貨物と同じところかそれよりもっとひどいところかと思っていたが、ちゃんと部屋を与えてもらえた。一部屋だったが三人には充分な広さだったし、貨物室に比べれば天と地くらいの差があった。

「こんな部屋に泊めてもらえるなんて素敵ね!野宿が嘘のよう!」

 ネイラはとても喜んで部屋の隅々まで探索していた。

 もっとも家具と言えば天井から吊るされた多数のロープと金槌などの道具、灯り取り用のランプ、それから壁に固定された小さなタンスみたいなもの、それと布団の代わりの布団が三セットあるだけだった。

「二、三日で着くってドミノさんも言ってたし、寝床があるだけでもありがたいよな」

「野宿は体が痛くて寒いものね~で、私とネイラはこの後食堂に来るように言われてるんだけど、ヤタは何か言われてる?」

「俺は甲板に来いって。力仕事で男手が足りないんだってさ!船初めてなのに役に立つのかなー」

 そう笑いながらヤタは来ている服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと!着替えるなら出てくから言ってよ!もー!」

「ちが…!ちがうよ!暑いし、汗かいたから上だけ脱ぐんだよ!裸になるわけないだろ!」

 三人で一部屋なんだからこんなことも今からいっぱい起こるんだろうなと思いつつ、照れて恥ずかしがってるヤタと頬を赤く染めたネイラがすごく微笑ましかった…かわいすぎだよ二人とも!!初々しいなもう!!

 とか感想を述べている間にヤタは脱いだ服を壁にある突起にかけ、靴もその付近に脱いだ。服の上からではよく分からなかったがわりと筋肉質な体だった。し、よく見なくてもヤタの体は傷だらけで、体中に無数の傷跡があった。

「ヤタ…その傷…」

「あ…忘れてた…こ、れは…」

 ネイラはフラッとヤタに近づきその傷に触れた。わりと痛々しいその傷痕は壮絶な過去がありそうだった。ヤタは少しだけ迷っていたが意を決したように重い口を開いた。

「言うつもりは…なかったんだけど…まぁ、もう見られちゃったし、あれこれ詮索されるのもメンドイから言うけど……昔の…こと…だから…そんな気負わないで…欲しいんだけど、ちっさいときさ、俺…奴隷…だったんだ…」

 突然の告白だった。読み始めた頃のページには、まだそこまで詳しくはまだ書かれていなかった。ネイラも初耳であるのか、ビックリして震えていた。

「あまり…記憶にはないっていうか…消した…のかも。ちっちゃい頃売られたっぽくて…十才にはなってなかった…かな、そこで買われたのは。そこから先は…まぁこんな感じで、何年か経って火事があって、その時にそこを抜け出したんだ。その時の火傷も少し混じってる」

 初耳過ぎるし『昔のことだから。逃げる途中とか普通に暮らしてる時に出来た傷もあるし、そんなに気にすることない』って笑ってるけど、そんなに深刻に捉えるなよと言ってるけど、気になるものは気になる。むしろ気にならない方がおかしい。二人がかける言葉に迷っていると、

「やっぱ、気になる…かな…脱ぐのは止めとくかな。こんなにまだ痕残ってたとはなぁー…あんまり自分の体見ないから分からなかったよ」

「ヤ、ヤタは悪くないよ!悪いのはヤタをいじめた人たちだし。私も、もしかしたらそうなってたかもだし…」

「ネイラが気にすることじゃないよ。大丈夫。絶対ネイラはちゃんと家まで無事に送り届けるし、そんな目に合わせないから。ごめん。空気暗くしちゃったね!ほんとに、気にしないで二人とも。昔だし、俺はほら、ちゃんとこうして生きてるし…じゃあ行ってくるよ」

 ヤタは一度壁掛けにかけた服をまた着て、二人に笑顔を見せながら部屋を後にした。二人は呆然とヤタが去った後の扉を見つめていた。あんなにひどい傷痕を見た後で普通になれるはずもない。今後、ヤタを見る時どうすればいいかわからないけど、きっと普通にしててほしいに違いないから、香帆はこの重たい空間を少しだけ振り払うように話題を切り出した。

「さ、ネイラ…私たちも行こう?きっと食堂で当番の人が待ってくれてる。私たちも仕事しないと、ヤタにやっぱ話すんじゃなかったって悲しい顔されちゃうよ?お互いに気まずいの嫌でしょう?」

「うん…そうだね…でも知らなかった。そんな過去があったなんて。言ってくれても…っでもほんとは黙ってたかったんだろうな…」

「黙っててもいずれバレちゃうかもだし、ならここで。って思って思いきって打ち明けてくれたんだよきっと。だから私たちはそれを受け止めてあげて忘れるの」

「受け止めるのに、忘れるの?」

「そう。ちゃんと受け取ってあげて、それでいて今までと何も変わらないで接していくの。ネイラなら出来るでしょ?」

「私のことを知ってもちゃんと向き合ってくれて、こうやって家まで送ってくれようとしてくれてる。そんなヤタだから私は好きなの。付いていくの。だからやってみる。ちゃんと、向き合って忘れるの」

 香帆は嬉しくなって、ネイラをぎゅっと抱き締めた。

「さすがネイラだね!うんうんそれでこそヒロインだ」

「ひろいん?」

 抱擁から解放されたネイラは聞いたことのない言葉に疑問を抱きまくっていた。から、香帆はかわいい女の子ってことだよとやんわり誤魔化し、そして通じない言語もあることを忘れないでおこうと誓った。

 二人は気持ちを切り替えて教えられた食堂の部屋へ行った。真っ暗で誰もいないことに首を傾げたが、キッチンに明かりが灯っていたためそちらへ向かった。すると奥から船乗りにしては肌の白いひょろ長い、優しそうな男の人が奥からひょっこり顔を除かせた。

「やぁ!待ってたよ!なかなか来ないから迎えに行こうか迷ってたんだ、よかった!迷子とかになってなくて。僕はニタカっていうんだ。ここの調理場を任されてる。ここの男衆は大食いのくせに、作ることには役に立たないから女の子が来てくれて助かるよ」

 二人はお互い自己紹介をして、遅くなってすみませんと詫びをいれたが、ニタカは気にしていない風でテキパキと何か作業をしていた。

「よろしくね、カホちゃんにネイラちゃん。早速で悪いんだけど、これ、剥いてくれるかな?出来ればもう一人はこっちを手伝って欲しいんだけど、どう?」

 ニタカが皮を剥いて欲しいと指差したのは、カゴにたくさん入ったジャガイモ、ニンジンとカブの中間のような野菜だった。それとは別に手伝ってほしいというのは、流し台に置いてある大量の葉もの野菜の水洗いとざく切りだった。ニタカは話を振る間にも、目の前にある大鍋で沸々と煮たっているスープのようなものに香辛料を足したり、横にある具材を切りながらフライパンに油を敷き、それを投げ入れ炒めながら横の鍋をかき混ぜたり忙しそうだ。

「カホはどっちしたい?」

「私、あんまり剥くの得意じゃなくて…」

「じゃあ私、皮剥きするね!こういう細かいこと好きだしぱぱっと終わらせちゃおう」

 というわけで、ネイラは野菜の皮剥き、香帆は野菜の水洗いとざく切りという内訳になった。ネイラは普段からやっていたのかテキパキと野菜の皮を剥いていく。そのスピードにはキッチンで鍋をかき回していたニタカも驚いていた。

「へぇ~ネイラちゃん上手!そんなに手際がいいのに、すぐ船降りちゃうなんてもったいないなぁーずっと手伝ってほしいよ。皮剥くだけでこの量だから、いつも大変なんだ!あ、剥いたらこっちに持ってきて、ここに置いといてくれるかい」

 なんてキツネみたいな細い眼をさらに細めてニヤニヤしながら、まな板と包丁の辺りを指差した。ネイラは持てるだけの量を剥いてはそこに置く。という作業を繰り返していたが、野菜を洗い終えた香帆が途中から、葉物野菜を切っている間を縫って、運び役で入ってからは剥くことに集中して、あっという間に剥く作業を終えた。

 香帆が使っている物とは別のまな板に置かれた、表面がツルツルになり肌がみえてしまった野菜たちは、ニタカがその都度カットして鍋に放り込んでいた。ネイラと香帆は一通り終えると、香帆が洗い終え、カットした野菜を人数分小皿に盛り付け、テーブルに設置。という作業を黙々とやった。乗組員はそこに半分ずつが交代で食事をしにきた。始めの半分が食事を終えるとすぐ食器を下げて、次のセッティングに入った。そして二番目の食事の組の中にヤタもいた。ネイラはヤタを見つけると少し迷ったあげく駆けつけて、

「お疲れ様、ヤタ!疲れたでしょう?いっぱい食べてね!」

「二人ともずっとここで手伝いしてたの?」

「そうよ、ニタカさん…あ、今あそこで鍋を混ぜてる調理番の人なんだけど、すごく優しくしてくれてね…あ、ヤタはどうだった?甲板?のお仕事」

「うーん。わりと大変だったよ。まさかマストに登らされるとは思わなくて、落ちたらどーしよーとかヒヤヒヤしてた。」

「あの高いとこに登ったの?」

「まぁね、でもちょっと揺れる木登りだと思えば慣れたら平気だったよ。後は荷物運んだりとか力仕事ばっかで」

「おいこらヤタぁ!それじゃあまるでオレたちがコキ使ってるみてぇじゃねぇかハハハハハハ」

「ちょ!スミさん痛い痛い痛い!!」

 隣に座っていた、スミさんと呼ばれた黒髪の人物は、ヤタの首を片腕で絞める格好をしながら愉快に笑っていた。絞められているヤタも、苦しそうにはしているがそれを笑いながら受け止め、二人はじゃれあっている兄弟のようだった。最もヤタはアッシュグレーの髪の毛をしていたし、肌も彼に比べれば格段に白かったので、大柄で無精髭を生やし、男にしては髪の毛が肩まである長髪の、ムキムキで日焼けしまくった体をしたスミとは似ても似つかないかった。正しく海の男。いくつもの荒波を乗り越えてきた、その過酷さを物語っていた。

 ネイラは微笑ましく二人のやり取りを見ていたが、やがてじゃあ頑張ってねと告げてこちらへ戻ってきた。

「私、ちゃんと普通に話せたよ」

「うん見てた。ちゃんと忘れられてたよ」

「よかった…」

 調理場組の三人は最後のグループが食べ終えた後、食事に入った。黙々と急いで食べ終え全ての後片付けを終える頃には夕食の準備。という感じでせわしなかったが、なんとか充実した一日目を終えた。

 二人が部屋に戻るとすでにヤタが部屋に戻ってきており、おかえり。と迎えてくれた。

「二人とも今日はお疲れ。なんか、いい人たちばかりでよかった。この船に乗り込む事ができてよかったよ」

「ヤタもお疲れ様。ほんとそう!ネイラともさっき帰りながらその話してたの!船長さんもすごく愉快な人だったし、海の男の人っていい人たちばかりなのね」

「いや、この船の人がいい人たちなんだ。海の男はもともと荒いし、乱暴者が多いから。じゃないと海賊なんて生まれないしね」

「海賊…ずっと島にいたからそんなの夢物語だと思ってた…ほんとにいるんだ…」

「いるよ。特にネイラ、君は捕まってしまったら本当にヤバイ。ヤバイどころじゃないくらいヤバイ。から絶対ここでも正体はバラすなよ。この船も全員がいいヤツとは限らない。女の子だし、変なことされないように必ず一人で出歩かないように。わかった?」

「「わかった」」

 半分真面目に半分笑いながらヤタは二人に念を押した。そりゃあ海の上に男だけでいたら…うん。気を付けよう。と二人とも身震いせずにはいられない忠告であった。


 次の日も初日と同じようなルーティーンの生活を送った。お風呂と呼べるものはなく、水で濡らしたタオルで時々体を拭く程度だったが、一日の終わりにそれが出来ることだけが、その日の疲れを癒してくれる唯一だった。男たちは船室の船尾側にトイレ兼のそういった部屋があり、ヤタもそこで貯めた雨水を使い体を拭いたりしていた。最も、男たちは海で用を足していたので、そこをトイレ代わりに使う人は一人もいなかった。一方女性用のそういった部屋はなかったため、船に唯一の船首側にある客人用のトイレ兼お風呂?を使わせてもらった。そこにはちゃんと鍵もあるし、客人用なのでキレイに使われ清掃もされていた為快適だった。後からヤタに聞いたところによると男性用のところは狭いし順番待ちだし、汗くさくて、汚い。と笑いながら話していた。何だかんだ言って楽しそうなヤタに二人は釣られて笑いながら二晩目が過ぎた。


 船長のドミノの話に寄ると、あと二日程でリングバー島に到着しそうだとのことだった。ここまで嵐も何もなく順調な船旅になったのは久しぶりなんだそうだ。という今日は雨なので、いつ嵐に変わっても不思議ではないそうだが、雨というのは天然のシャワーみたいなものらしいのでヤタを含む男たちは素っ裸になり甲板で水浴びを楽しんでいた。もちろん香帆とネイラが混ざれるわけもないし、見たくないものも目に入ってしまうので彼女たちだけは、湿気った船室に閉じ籠っていた。

 しばらく二人で過ごしていたら、びしょびしょになった体からポタポタと雫を垂らしながら、上半身だけを脱いだヤタが現れた。相変わらず体には痛々しい傷があったが、そんなことは目に入らないくらいの満面の笑みと荒い呼吸が二人を包んだ。

「こんなところにいたのか!雨すっごい気持ちいいよ!二人ともこんなジトジトした陰気な所にいないで外来なよ!水浴びしようよ!」

「い、行けるわけないでしょ!みんな素っ裸なんだし!ネイラも私も裸になんてなれる訳ないじゃない」

「そうよそうよ!行きたいけど行けないこの葛藤を理解してほしいものだわ」

「わかってるって。そう不貞腐れないでよ二人とも。船長たちがさ、船尾の方に女性用の場所を用意してくれたんだ。使ってない物置小屋の壊れかけた屋根を取っ払って、壁も除けないように、布で二重張りに囲ってくれたんだ!来なよ!折角雨降ってるんだし、俺が案内してあげるからさ!」

 二人は半信半疑で悩んでいたが、あまりにも熱心な勧誘が続いた為、薄出の服に着替え、マントをまとってから、案内された場所に向かった。船尾では小屋がドンとポツンと鎮座しており、その周りを布がぐるぐる巻きで覆ってあった。入り口は船尾側にあり、布を少しめくって潜り込む形にされていた。

「なんかカイコになった気分」

「カイコ?」

「そうよ。繭を作って羽化する虫。知らない?」

「聞いたことないかも…」

「あ…まあ守られてるなあってことよ、うん!」

「なるほど~カホって物知りね」

「そうでもないんだけど…」

「ほら二人とも、早く中入って!雨が止んでしまったら来た意味ないぞ!」

 小屋の前で立ち尽くしていた二人をヤタが急かした。二人でマントを羽織ったまま、布でぐるぐる巻きの小屋の中にようやく潜り込み、思う存分天然のシャワーを浴びまくった。時々上や布のわずかな隙間を確認して、覗く者がいないかビクビクしながらのシャワーだったが、久々に体を隅々まで洗うことができ大満足だった。

 雨足が弱まるどころか強くなってきた為、丁度いいところで切り上げることにし、びしょびしょのマントを軽く羽織り、重たくなった布をめくりあげて小屋から這い出た。

「おせーよ、ま、全く楽しそうで何よりだけど」

 小屋からちょっと離れた場所にヤタがいた。屋根などはないので、びしょ濡れで雨に打たれながら突っ立っていた。どうやら誰かが来ないように、ずっと見張ってくれていたらしいのだが、そうならそうと、小屋へ入るときに言ってくれればよかったのにと、ちらちらと隙間を気にしていた無駄な労力を思い返した。けれど、こんな雨の中、文句もいわずひたすら待って見張っていてくれたヤタを思うと、何も文句は言えなかった。

「ずっと見張っててくれてたの?ありがとう」

「ば、ばか!あまり近づくな!寄りすぎると…見える…それから耳も注意しろよ」

「え?やだっ!見ないでよ!」

「だからこっち来るからだろっ」

「帰り道は分かるから、ヤタこそあっち行ってよ!」

「そんな格好の女の子を、こんな男しかいない船上に放っていけるわけないだろ!襲われたいのか!」

「大丈夫だよ!二人いるもん!」

「ネイラ、ここはヤタの言う通りだよ。ここ来るときも、見ないように歩いてたけど、結構私たち注目されてたよ?ヒソヒソ聞こえたし…」

「え!うそ!」

「ほらな!大人しくあきらめろ」

「う、後ろいるから!絶対振りむいたらダメだからね!」

 恥ずかしがってるネイラも、ドヤ顔で後ろを気にしながらも頬を淡く染めているヤタもかわいいなぁと思いながら、この二人初々しくてなんか見てるだけで面白いし、絵になるなぁと思った。さっさとくっついちゃえばいいのにとも。

「ほらネイラ、髪の毛で軽く耳覆いましょ。今結ぶのは変だから、とりあえず髪が乾く朝まではこのまま」

「あ…うん。でも体びしょ濡れだし、体を拭く物ってあったかしら?このまま部屋に入ったら部屋中ビショビショにしてしまうわ」

「それなら大丈夫。俺が体拭くやつもらっといたから。部屋まで取りに行こう。ちゃんと三人分貰っといたから、風呂場で拭いておいでよ」

 三人はまず部屋に戻り、ヤタがあらかじめ用意してくれていた、乾いた布を掴み体を拭きに風呂場へ向かった。戻ったときにはホカホカした気分に包まれていて、眠気が一気に押し寄せてきた。髪の毛を乾かすドライヤー等もこの異世界には存在しないので、それだけがネックだったがまぁいっかと、雨が水面を打ち付けるザァーッという音を聞きながら、それがまるで子守唄のように、船がゆりかごのように揺れる中、三人は深い眠りについた。


 翌朝は威勢のいい声で目が覚めた。というか起こされた。耳が痛くて鼓膜が破れんばかりの大声が船中に響き渡った。

「おっはよーーー!!諸君!起きてるかーー?寝てるかーー?起きろよー!朝だぞー!あっかるいぞ!太陽がギンギンだぞーー!いい風も吹いてるぞーー!おっはよーーーーーガハハハハーーーー!!!!」

 ばたん。扉が閉まった。声の正体はまぁスミだろう。船長のドミノも声がデカイが、無駄に高いテンションと意味のないセリフにスミだと誰もが確信した。三人が姿を確認する前に扉が閉まってしまったので断定は出来ないが、百パーセントそうだ。間違いない。

「あ~~朝からうっせぇぇあいつーー。なんなんだ、いつもは起こしに来ないのにどーした…なんであんなに朝からテンション高いんだよ…あーーあったまいてぇぇ」

「なに?今の?なにかあったの??」

「あったまジンジンするー…鼓膜…やぶける…」

 えらくご機嫌なモーニングコールに無理やり起こされ、緊急事態なのかもとドキリとしたが、テンションがポジティブ方向に高かった為、ただの上機嫌のイタズラなのだと分かった。何がしたかったのかは、後で朝食に来ていた本人に確かめたが、どうやらやっぱりただ気分がよかっただけらしい。昨日の雨で一番はしゃいでいたのは彼と船長だったみたいだし、テンションマックスで夜を過ごし、テンションマックスで朝を迎えた。というところだろうと思った。にしても、朝一番にあのスピーカーボイスは目覚めによくなかった。一人で全部屋回っていたみたいで、あのあと違う場所でバタン。モーニングコール。バタン。モーニングコールと遠くの方で何度も、彼の大声スピーカーボイスが響いていたので間違いないと思う。し、他の船員たちもいつもより若干、元気がなくイライラしているように見えた。というか、スミに向ける視線があからさまにどキツかった。

「てっめぇ!!スミ!!朝からうっせーんだよ!!クソが!!」

 とか

「この脳ミソクラゲ野郎!!」

 とか

「くそったれ!!くたばれ!!○ンカス!」

 とか、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられていたので、朝は食堂のピリつきが怖かったのだが、そんな中で笑いながら、神様のように気にせず聞き流してケロリとしているので、怒ってる側が肩透かしをくらいまくって、最後は全員大人しく朝御飯を貪り食べていた。結局は明るい人柄で、自然に丸く収まめる事ができる彼の人柄が勝利をおさめた。

 四日目の朝は騒々しく始まった。食堂に居合わせた船長ドミノも被害者らしく、スミに激しくタックルし、大声同志で罵りあっていた。ある程度の船員が食べ終わり食堂が静かになって行くと、まだ残っていたドミノへそれとなく、島への到着はいつ頃なのかを尋ねたのだが、

「ん?今日の予定だったんだがなぁ!いやぁガハハハハ!今日の上陸は無理そうなんだなあこれが!ガッハハハハ!」

 到着は順調にいけば今日の予定だったが、どうやら昨日の雨の影響で到着が夜になりそうで、夜の着岸は危険な為翌朝の到着になるらしかった。ネイラは少し残念そうだったが、ものすごく急ぐ旅でもないしと切り替えて仕事をこなしていた。

 昼食時はバタバタしていてヤタと話が出来ず、夕食時はタイミング悪く炊事場から離れられず、ヤタの周りにも人が多くいて近付けず話が出来なかったので、その日の仕事を終え、部屋に戻ってきた時にその事をやっと伝えることができた。ヤタはすでに他の人から聞いていたらしく、そろそろ夜になることもあり、やっぱりな。みたいな顔をしていた。

「着く時間までは聞けなかったけど、明日ってのはなんとなく思ってたよ。船から見える島影まだ遠かったし。朝到着なら宿も見つけやすいし、移動もしやすいだろうから逆によかったよ。二人も今日はゆっくり寝ときなよ。屋根があるとこに泊まれるの、最後になるかもしれないしフフフッ」

 そんな、冗談を楽しそうに語っているヤタへネイラは膨れっ面を向けて見つめた。

「もう!ヤタったら!本当にそうなったらどーするの!」

「ごめん、ごめん、そこで怒るなんてネイラ可愛すぎ」

「か、かわ、かわ!!??」

「あ!や!!今のは忘れて!!や!忘れなくていんだけど!忘れて!」

「な~に~二人とも顔真っ赤だよー?なんでかなー?」

「茶化すなよ」

「えー無理ー」

「カ~ホ~」

「ネイラまで怒んないでよ~」

 美男美女な二人の赤ら顔をこんな感じで茶化しながら、やいのやいのと言い合うやり取りを続け、はしゃぎ疲れた三人は倒れるようにようやく明かりを消して床に入った。真っ暗になった室内で、三人の目はなぜか冴えわたり、なかなか寝付けずにいた。

「いよいよ、か」

「明日だね」

「二人とも長旅だったね」

「カホも付いてきてくれてありがとね」

「こら、まだ終わりじゃないぞ、こっから何日かかけて歩いて島の反対側に出て、そこで小型の舟を借りて、無人島に寄って、舟引っ張って逆っ側に行って、また船こいでやっとネイラの島だ。先はまだまだ遠い」

「ねぇ、ヤタ。前から効こうと思ってたんだけど、どうして行き方を知っているの?私の島は外界とは遮断されてるし、知ってる人は少ないのに…行ったことあるの?」

「前に…前に話したろ。俺が奴隷やってたこと。逃げる時にあちこち迷いまくったんだ。屋敷から外なんて出たことないし、土地勘なんて皆無。そんな中その辺の船に潜り込んだり、あちこちさ迷ってたら流されて無人島にたどり着いたんだ。そしたら人が来る気配がして隠れて見て、そこで来た人を見たんだ。で、耳とんがってるし、肌白くてキレイだったから、あーそーなんだなって感じで、そのあとをなんとなく付けていったら、小舟に乗り換えてどっかいったんだ。妖精の島になんかに入ったら殺されそうだし、島なんて見えなかったんだけど、しばらく待ってたら荷物抱えていて、あー…じゃーやっぱそこにあるのかなーって」

「そっか…なんかすごいねヤタ。小さかったのに、いろんな事乗り越えてて。私なんて頼ってばっかなのに」

「そんなことないよ。ネイラはちゃんと強いよ。じゃないとあんなやつらに捕まって、追っかけられて無事なわけないもん。心が強いんだよ。ちゃんとすごい」

「フフフ、二人とも仲いいなぁ~いいなぁ~」

「えーカホとも仲いいよ~!そーいえばカホはどこから来たの?空の上に国があるの?ちゃんと聞いたことなかった気がする」

「え。んーと、ちょっと難しいんだけど、空っていうか、こことはすごく遠いところかな。でも空の上みたいな…?この世界を見渡せ?たり出来るところかな?」

「かな?ってなんで疑問系なんだ?」

「いやぁ~説明しにくくって~」

「まぁいいけど」

「ほんとにカホって天使みたいね、見渡せるなんて夢みたい」

「そんな力、砂粒ほどもないけどねー」

「うっそだぁ」

「ホントの本気だし」

「ほら、もう寝ろよ二人とも」

「「はぁ~い」」

 夜は更に深く濃くなる。会話もしなくなり一人、また一人と寝息が聞こえ始め、ほどなく三人は誘われるように眠りについた。


 次の日の朝は、起こされることなく静かに起きることができた。最後の朝。顔を洗い。ネイラと香帆は朝食の支度をしに食堂へ。ヤタは甲板に荷運びをしに部屋をあとにした。

「やあ、おはよう二人とも」

 食堂ではニタカがいつものように、にこやかに二人を迎えてくれた。

「今日お目当ての島に上陸するみたいだから、これでお別れだね。ここも寂しくなるよ。」

「こちらこそお世話になりました。ニタカさんとのご飯作り楽しかったです」

「私も、皮剥き誉められたの初めてですごく嬉しかったです!ありがとうございました」

「まだ終わってないけどね!さ、二人とも最後の仕事よろしくね!」

「「はい!」」

 一方、甲板へ向かったヤタへは、激しい洗礼が待っていた。

「よぉ!ヤタぁ今日、船降りるのか?ほんとに降りちまうのか?折角楽しかったのになぁーもったいないなぁー!もう少ししたら肌も黒くなって、完璧な海の男になったのになぁー残念だなぁー」

「す、スミさん、痛い!痛いですって!首!首締まる!」

 相変わらずの熱めのスキンシップが、さらに激熱になったスミに軽く首を絞められかけたが、もがきまくって無理やり抜け出してゴホゴホと咳をし、第二波の気配に身構えた。

「いやーだってこれが最後だからと思うとついなぁー!強くなってしまってなーハハハッハ!すまんなー」

「いや俺だって寂しいですけど、首はやばいですって。死にます。毎回死にかけてます。俺も、もうちょっとほんとは居たいけど、やらなきゃならないことがあるんで。それが終わったらまた会いに来ます!お世話になりまくったし、正直楽しかったし。またいろいろ教えてください」

「ヤタぁーー!いいこと言うなぁコイツぅ」

「寂しくなるぜ小僧!」

「痛い!!みなさん痛いですって!頭叩きすぎだし!首絞めないでください!今軽く殴った人ちょっと力入れすぎてません!?」

「なんだぁ!こんなのがいてぇのか?もやしかおまえ」

「よわっちい体しやがって!」

「もうちょっと焦げた方がいいぜ?」

「お前細すぎだからちゃんと食え!」

「ヤタぁぁぁ!俺さびじいよおおお!」

「おい!まだ、別れじゃないんだから泣くなよスミ!仕事だ仕事お!!」

 なんて言葉が行き交っている。リングバー島に着くまでにはまだ時間があるのでマストに登って穴が空いてないか目視で確認して、引っ掛かって絡まりまくっている紐を一本ずつ解き、軸になっている木材などに痛みがないかとか、何か引っ掛かってないかとかを確認して下っていく。その作業が終わると島で降ろす予定の荷物を倉庫から甲板に運びいれる作業が待っていた。島なので物資は貨物船に頼りきっており、量が多い。下船の時間ギリギリまで荷物を運び出すというこの作業が続いた。作業が終わり、一息ついていると船長に呼び出され船長室に向かった。

「ヤタ!短い間だったが助かったよ!ありがとうな!!また何かあれば頼りたまえガッハハッハハ!我らブルーバード号は君たちを仲間と認め、いつでも歓迎するぞ!このバックに旅に必要な物を入れておいたから持っていくといい!少ないが食料と水も少し入っているからな!おう!元気でやれよ!」

「ドミノさんも急に頼み込んだのにありがとうございました。みんないい人たちばかりで、この船にしてよかったです。教わったたくさんのこと、一生忘れませんありがとうございました」

 深々と船長に礼をすると、船長は頭をポンと叩いてガハハハハハと大きく笑いながら部屋を去った。ヤタは荷物を抱え自室に戻ると、先に戻っていた二人に餞別をもらったことを伝えた。袋の中には竹のようなものの中に水を入れ蓋をした水筒が三つと、リンゴみたいなフルーツが三つ、干し肉が七切れに、果物ナイフくらいの大きさのナイフと火起こし用の石、それに小銭が少し入っていた。

「こんなに!?重いなぁとは思ってたけどすごいや」

「優しくて、あったかい人たちでよかったね、ヤタ」

「ああ…」

「ヤタの知り合いの人にも後でお礼言っとかなきゃね…これ、一つにまとめて持つのは大変だから分担して持つ?」

 カホの提案により、荷物は三つに分担されることになった。三つずつある水筒と果物みたいなのは、一人一個ずつ持つことにし、小銭とナイフ、火起こし用の石二つはカホ、干し肉は多いのでネイラ。ニタカからもらっていたステンレス制のお皿とフォークとスプーンはヤタが持つことになった。来るときはあんなに身軽で何も持っていなかったのに、出るときは荷物でいっぱいになるなんてびっくりだ。三人はそれぞれもらったバックに荷物を詰め込み四日と半日を過ごした部屋をあとにした。

 甲板に出るともう着岸作業は始まっていて、三人は激励の言葉で迎えられた。ゴゴゴゴという音とともに着岸し、橋げたから延びる道へ向かい船員たちの間を歩いた。

「またな!三人とも」

「またここに来いよ!」

「ちゃんと送り届けろよヤタ!」

「嬢ちゃんたちも元気でな!」

「立派な美人になれよ!貰い手なかったら俺に言え!」

「お前ふざけんなよ!抜け駆けすんな!俺にも言えよ!二人とも!」

「おめぇらなんかに来るわけねぇだろバァァカ!」

「ヤタァ!飯はちゃんと食えよ!」

「筋肉つけろ!筋肉!!」

「次までにひょろっこいのは無くしとけ!」

「負けんじゃねぇぞ!」

「俺達は仲間だガッハハハッハハ」

「ブルーバードばんざーーい!!!」

 とたくさんの激励の言葉をもらいながら、ヤタは何度か何人かの船員にわしゃわしゃと髪の毛を掻き回されたり、肩を組まれたり叩かれたり、絡み付かれたりしながらその波を抜けた。

「「「お世話になりました!!」」」

 三人は船から延ばされた板を降りきると、涙をぐっとこらえ笑顔でそう告げながら深くお辞儀をし、手を降りながらブルーバード号という優しくて温かい豪快な青い船をあとにした。

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