第105話

 ゴーストとなった執事をまじまじと見つめるアイル。

 ポツリとこう漏らした。


「まさか……」


 その目に涙が浮かぶ。

 だが、アイルの感情を、時の流れは汲み取ってくれないし、待ってもくれなかった。


『はは……おやおや。私としたことが安心したのでしょうか』

「じいや!? 待って! じいやなの!?」


 アイルが慌てて近づくが、その姿は先程までの形を保った霊体ではなく、不完全な光のもやのようになっていた。

 本人の言葉通り、安心したのだろう。

 未練がなければとどまれない。それがゴーストだ。


『ええ……貴方様の帰りを、ずっとこの地で……』

「待って。じいや! 私はっ! ねえ!」

『お嬢さ……ま……とても、良い……方々と縁を……結ばれたの……ですね』

「私ね、騎士団にはいったの。次期団長って言われるくらい頑張ったんだよ?!」

『それはそれは……』

「お父様もお母様ももう会えないけど、いつかこの家を……なんとかしてって!」

『頼もしい……限りで……』

「あとは……あとは……! 待って! 私をまた、一人に……しないで……」


 アイルがすがりつく。

 だがそのゴーストはもう、形をとどめていない。


「待って!」


 アイルが叫ぶ。


「アイル、執事の名前はなんだった?」

「え?」

「名前を」

「ロバート」

「わかった」


 安心するのはまだ、早いんじゃないか? ロバート。


「【ネクロマンス】!」

「え?」


 アイルが泣き顔をこちらに向けて固まる。

 心配しなくとも、悪いようにはしない。その気持ちが伝わったのかアイルの表情もどこか安心したように力が抜けた。


 ──ロバート(ゴースト)と盟約を結びました

 ──スキル【隠密】を取得しました

 ──能力吸収によりステータスが向上しました

 ──使い魔強化によりレイ、エース、ミルム、アールの能力が向上します


『おぉ……これは?』

「成仏出来そうだったところ申し訳ないんだけど……まだお嬢様アイルにはあなたが必要みたいだからな」


 その一言で理解したロバートは、感極まった表情を伏せて隠し、膝を立ててこう言った。


『感謝……申し上げます』


「ロバート!」


 アイルが改めてロバートの元へ駆け寄った。


『お嬢様……』

「ロバート……ロバート!」

『全く……お嬢様は変わられませんな……これでは確かに、ご主人さまの元へ向かうのは早かったかもしれませんな』


 ロバートの言葉から察するに、アイルの両親はもちろん、肉親で自我を保って残ったものはいないのだろう。

 さっき見たメイドや召使いたちも服だけは残っているのに顔や形は不定形の黒い影になっていた。あれは自我がどうこうというより、ロバートが動くためにこの屋敷に残っていた行動履歴を元に生み出されたシャドーという魔物だろう。


 そう考えると……この老人、只者ではなさそうだな。




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