第106話

「落ち着いたか?」

「ええ……お見苦しいところを……」


 アイルの顔が赤い。

 まああれだけ堅物騎士って感じだったのが屋敷についてからを思うと……。


「やめてください! 思い出そうとしないでください!」

「ふっ……お化け、怖い」

「どおおおしてそういうこと言うんですかあああああ」


 ミルムにからかわれて叫ぶアイル。

 すっかりキャラが崩壊していた。


『しかし……私にまた主人あるじ様が出来るとは……感慨深いものですな』

「主人あるじか……」


 ネクロマンスの盟約は基本的に対等な関係なんだが、こちらが主体になる分受け手としてはそういう認識になりやすいらしい。

 ミルムもそんなこと言ってたしな。


「良いんじゃないの? 優秀な執事ができて」

「そうです。じいやは本当に良い人なんです」

『今はいいゴースト、でしょうか』


 朗らかに笑うおじいさんなんだが、溢れるオーラはゴーストになってなお普通ではなかった。


「生前はかなり強かったんじゃないのか?」

「はい。じいやは生前冒険者たちと渡り合うほどの武力、お父様たちの実務を全てサポートする知力、私たちや他の使用人たちまで行き届く細やかな気配り、と。もはや人間業ではありませんでした」


 冒険者と渡り合う……と言ったが、それもかなりのレベルなんだろうな。

 そして吸収した【隠密】。スパイのようなこともできるだろう。

 万能っぷりが恐ろしいな……。


「文字通り人間でなくなった今も、その業は健在ってわけか」


 とんでもない人だな。

 死んでから何年もこの屋敷を維持してきているだけでもすごいと言うのに。


『して、お嬢様は主人様とご婚約されたのですかな?』

「え?」


 突然のロバートの発言。

 アイルはこの手の話で茶化されるのは見た目からして苦手だろう。堅物そうだし。

 猛抗議をするとおもってその様子を窺ったが、顔を真っ赤にして口をパクパクするだけのアイルがそこにはいた。


「何やってんだ……」

「ここここ婚約はその……まだ……」

『いけませんなお嬢様。このお方と子をなして初めて、アルバル家の復興は成り立つのですから』

「あわわわ……」


 チラチラこちらを見ては顔を赤くするアイル。

 どうしたんだ。俺たちを倒したいんじゃなかったのか……。


「すっかり懐かれたわね」

「懐く要素なんてあったか……?」

「自分の大切なものを守ってくれたのだから、不思議ではないけれど……まぁ単純な子であることは間違いないわね」


 ミルムに言われるのか。

 かわいそうに。


「そもそもなんで俺と子どもを作れば復興になるんだ?」

『それはもちろん。主人様が持つ爵位を継ぐ男子が産まれれば……』

「俺は貴族じゃないぞ?」

『おや。ではそこからですか』


 そこからってなんだ。

 セシルム卿といいどうも簡単に人を貴族にしようとする節があるな?


「あわわ……」


 一番止めてほしいアイルはあわあわして役に立たない。


「いいじゃない。楽しそうで」


 そんな理由でもらうもんじゃない! 爵位!


 要するに誰も止める人はいなそうだった……。

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