第103話
一瞬だけ顔をあげたアイルだが、またすぐにうつむいて心を閉ざした冷たい声でこう言った。
「お館様から何かお聞きになられたのですね?」
「さぁ、どうかしら」
「では私の口から話す意味など……」
「違うわ。貴方がどうしたいかを聞いているの」
お館様……セシルム卿から伝えられたのは……。
◇
「あの子の名は、アイル=アルバル。かつてあの地を治めた男爵家の唯一の生き残りだ」
「唯一?」
「知っての通り、我が領地はモンスターの巣窟。あの地もそう。森に深く入れば、Bランク相当と呼ばれる魔獣が餌になるほどだった。さらに瘴気漂う未開拓のダンジョンも複数ある状況でねえ……」
Bランクが餌!? 驚く俺の横で何か考え込んだミルム。
そしてミルムの口から、男爵家滅亡の引き金が告げられた。
「スタンピード……」
「御名答。ダンジョンの一つが崩壊し、中から瘴気と魔物が溢れ出した」
スタンピード。
異常発生した魔物たちが押し寄せたということか……。
「あなた……そんな場所に私達を送り込むつもりだったのかしら?」
「ははは。まあ君たちなら問題ないだろうという話もあるが……心配はいらない。すでに王国が動いて大討伐隊が掃討作戦を実行したあとだ」
「王国が動いたのか」
王都騎士団の実力は、ロイグを見ればわかる。実力だけで言えばSランク冒険者に全く引けを取らない集団が、パーティーとは規模の異なる人数で動ける。
それだけの大事件だったことが伺い知れるというものだった。
「本来であれば私の私兵だけで片付けたかったのだが、もはやあれは手に負える事態ではなかった」
悲痛な表情を浮かべるセシルム卿。
分家の領地だ。責任も感じるのはわかる。
「幼かったアイルはその時、奇跡的に崩れる建物の影で生き延びていた。私はそれを拾って、今に至る」
「領地の生き残りは?」
「わずかにはいた。今は私の領地で暮らしているよ」
一呼吸おいてセシルム卿が続ける。
「だが、アルバル家のものたちは貴族らしからぬ貴族でねえ……最期まで領民を守るため、戦う力のないものまで皆戦って……」
話すセシルム卿の表情には暗い影が差していた。
事情は読めた。
「いまは文字通りゴーストタウンというわけね」
ミルムが言う。
そのあえて軽い言い回しにセシルム卿も乗り、笑って話題を切り替えた。
「あの地にはダンジョンが四つあった」
「四つも?!」
「あの地は四方を山脈に囲まれた陸の孤島、とはいえ敷地は広大でね。この辺りでは珍しくはないのだよ」
そうなのか……。
「そのうち一つが暴走。到着した王都騎士団によりスタンピードは鎮圧。一つはそのときの勢いで攻略。二つは完全に封印したから、それもまとめて君たちに託すよ」
「そのまま爵位までもらいかねない勢いね……」
「そうしてくれても構わないのだけれどねぇ」
「いやいや……」
仮に面倒なしがらみとか役割を全部勝手にやってくれるというなら少しくらい貴族の生活というものに興味はなくはないけど……意外と事務処理に追われるイメージがあってめんどくさそうというのが俺の持つ貴族の印象だった。
「まあそれはおいおい考えてくれたまえ」
どこまで本気かわからないセシルム卿の表情に惑わされながら、その話はここで終わった。
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