第55話

 両親が生きていると告げたミルムの表情はこれまでで一番やわらかいものに感じた。


「多分、ね。その時の動乱で私を残して逃亡。今どこにいるかはわからないけれど、その時にヴァンパイアハンターに捕らえられたり殺された記録はないのよね」

「生きてたら子どものことを心配しそうなもんだけど……」


 少なくとも、人間の感覚、いや俺の感覚ならそうだ。


「何を考えてるかはわからないけれど、まあそう簡単にこっちに来られなくなったのだと思うわ」

「こっちって言うと、場所の目星はあるのか?」

「残念ながらないわね」


 淡々と告げる口調に反して、やはり表情は柔らかいままだった。

 置き去りにされたというのであれば、場合によっては恨んでいてもおかしくないと思ったが……。


「遠くにいるんじゃないかと思うわ。私たちに寿命の概念はないし、そもそも親子の繋がりも人間たちほど強くない。だって私が生まれてすぐ放置されたのにこうして育ってるのだから、必然的に親子の関係性は薄くなるわよね」

「そう言われればそうか……」


 種族によっては生まれた瞬間に親子は敵になったり、親が餌になったり逆のパターンが起きたりするケースすらある。

 そう考えるとミルムの言うこともなんとなくだが理解はできるように感じた。


「私はね、あの時ろくに動けもしなかったから、普通にしていれば殺されて終わりだったはずなの」


 普通にしていれば、ということは……。


「誰かわからない。私を殺さずに封印した者がいる。それも、生まれて間もない私がその後成長するための全てを残して……」

「どうやって育ったんだ?」

「気づいたら本で囲まれた部屋にいたわ。衣食住は望めば揃う環境にいた」

「どんな原理だ……」

「さぁ……少なくとも私には作れない封印だったわね……」


 相当高度な魔法であることは間違いない、か。

 それこそ、人間であれば賢者クラス。魔族だとしても、四天王クラスの存在だろうか。


「部屋の中で国に起きた悲劇を見た。部屋の本でこの世の歴史を見た。部屋の魔法で私は力を得た」


 ミルムが静かに語る。


「だから私は、人間が怖い。国に起きた悲劇も、私が見た歴史も、全てで人間は大きな脅威だった」


 そうだろうな……。

 ヴァンパイア目線で、なんて物事を考えたことはなかったが、ミルムが知る範囲で言えば本当に恐ろしい存在になるのは事実だろう。


「ただ、かといって同族のことを知っているわけでもないわ」

「起きて最初に出会ったのが、俺か」

「ええ。人間なのにこちら側の匂いがするし、我ながら変な引きをしていると思うわ」


 引きときたか……。


「ミルムが心配してるようなことにはならないぞ?」

「どうして?」


 ミルムを封印した技術はとんでもないものではあるが、一つだけ穴がある。


「ミルムの知ってる知識、封印された当時のままだろう?」

「それは……」

「今の人間はそんなにヴァンパイアにとって悪い奴ばかりじゃない」


 ヴァンパイアハンターの最盛期といえば数十年以上も前の話になる。

 そこから人間は亜人たちとの共存を図ってきている。

 ミルムの知るヴァンパイアを見れば敵と捉える古い考えはもう、ほとんど無くなったと言えるだろう。


「まあ、こうして話を聞くより実際に見た方が早いだろ」

「わっ。ちょっと!?」


 躊躇うミルムの手を引いて、多少強引に村まで引っ張っていった。

 きっとミルムが思うような人間なんて、今から行く村で見ることはないはずだから。

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