レプブリカ ナン フィリピーナス 太陽の国(2)

 思い出を語りだす前に、更新を約一年サボるという体たらくを晒した私をどうか許していただきたい。いろいろあって転職活動に励んでおり、ただでさえ忙しい仕事との両立が困難でありました。というのは甘えだと重々理解したうえで五体投地でここに謝罪します。

 誠に申し訳ございませんでした。




 さて、思い出しながら物を書くのも久しぶりで、相変わらず拙い文章ではありますが頑張ってみましょう。



 フィリピン、バターン半島は旧日本軍の基地、砲台などが今でも残っていて、観光される方はそちらを目的に訪れることが多いようですが、当時の私にとってそこは白浜と照り付ける太陽、そして青々と茂るジャングルのような木々のざわめきが特徴の、美しい土地でありました。それはそこに生きる快活な人々の笑顔と合わさって、まったく過去の悲惨な戦争を思い起こすことのできないほど、日本人の過ちを感じさせないほど美しいものとして、私の脳裏に焼き付いています。

 私たちの泊まった親戚の家は木造で、風通しの良い家でした。言葉の通り風通しが良く、言ってしまえばスカスカの、少し斜めになっているくらいの、まさに「あばらや」という感じでしょう。

 ですがそんな家でも、当時の私たち、私と兄弟にとっては心躍る興味の対象だったと思います。ひどい、つらい、いやだ。とか感じた記憶がないんです。夜眠るとき、毎日蚊帳の中に入ってくる巨大な蚊やその他の虫たちに怯えた記憶はあるのに。今思えば、それは私たちが無邪気な子供だったから。

 いや、もしくは、それだけ周りが美しかったからなのかもしれません。



 親戚の家は山の上、もしくは中腹あたりにあったと思います。目の前の道は海岸まで一直線に続いていて、途中に氷売りの大きな家(冷蔵庫のある家から購入するのです。お店ではありません)があって、海の音が聞こえてくるあたりから出店が見えてくるのです。

 氷売りの家はやはり地元の有力者の家らしく、私と兄弟は母と氷を買いに行ったついでに、そこの家の子と遊んだりしました。向こうも私たちも、お互い興味津々なんですね。ホントは大人の都合があって遊ばされていたはずなんですが、彼らは何度か私たちのいるあばらやを訪れています。とはいえ私は彼らとの思い出があまり記憶にないのです。やはり特に兄が気に入られていたと話に聞きました。



 さて、私はこの時初めて海を知りました。

 小学一年生の夏、この時までまったく連れてこられなかったんです。なので私はこの時にした勘違いを次に海に行くまで続けることになります。

 初めての海です。暑い日差し、すでに焼け切った体、水着なんて買ってないのでパンツ一丁でビーチサンダルだけ履いていました。

 そこは広い広い、白い砂浜でした。薄い水色の海岸が続く、常夏の地でした。

 母はビーチパラソルを刺して、適当な木箱を机に親戚のおばさんとお話ししていました。

 もちろん私たち兄弟は遊び放題していました。しかし日焼け止めなんてしてない肌は焼けに焼け切っておりまして、塩水に飛び込んだ瞬間に兄は泣きました。それを見て私は足だけを海につけて、どこかで見たテレビの通りに海を蹴って兄に掛けました。よくある兄弟の一幕ですね。

 そういえば弟は母の近くから動いていなかった気がします。まだ小さかったですから。

 私と兄が海を離れ、弟の近くで砂遊びをすることにしたのはそういう理由だったと思います。しかしその熱さに土を盛ることすらできなかった。

 なぜかその時、私はビーチサンダルを脱いで砂浜に立とうとしたのです。そもそも母がその前に、絶対にビーチサンダルを脱いではダメだと言うから、興味が湧いてしまったのでしょう。自信もあったかもしれません。この足で立てない場所はないだろう、みたいな。実際フィリピンにいた時の私は大分無茶をしていましたから。よく分からんのに藪に突っ込んだりね。

「あっつ」

 という言葉と笑い声は同時に上がりました。もちろん笑ったのは私以外の全員です。私は必死に足裏を吹いて熱を冷まそうとしました。もちろん無理です。しかし驚いた拍子に私のビーチサンダルは遠くに行ってしまっていて、そこまで行くのが熱い状態でした。そこで母が机にしていたのと同じ木箱が近くに、いくつか転がっていたのでその上に足を置いて、またひっくり返ったのです。だから結局ピョンピョン飛びながらビーチサンダルを取りに行きました。

 そう、だから、片足だけはビーチサンダルを履いたままだったと思います。

 そして私は、砂浜はビーチサンダルを履いていないと火傷をする、と勘違いをしたのです。



 ブタの話をしましょう。傘豚のカサブタのモデルです。

 親戚の家ではブタを何頭か飼っていました。母はペットだと言っていましたが、今思うと、それは私たちがショックを受けないようにと言ってくれたのでしょう。

 ブタはとても賢いです。犬より賢いと母も言っておりました。私もそうだと思います。彼らは人の言うことを理解します。個々の名前を覚え、反応します。犬と同じようにお手ができます。そして何より木に登れます。あの蹄で木を器用に上るのです、半端まで。

 フゴッと鳴いた気がします。食欲は私より旺盛です。そしていつも笑った顔していました。

 そんな彼らの一頭が最後の日に食卓に上がったのです。美味しかったです。

 上がったと知ったのは、そこを離れてからでした。あまりに美味しかったので、しつこく母に聞いたのです。あれって黒毛和牛? って。そしたら教えてくれました。だからその時は何とも思わず食べられたのです。

 ショックでした。あんなに楽しく遊んでいたブタを食べてしまったというショック、しかしそれより、「え、いつの間に一頭減ってたの?」というショック。そっちが大きかったです。あんなに遊んでいたのに、全然気が付かなかったのです。確かにブタの識別なんてできませんでした。全部同じ顔に見えました。でも数くらい覚えていると思っていたのに。あー、そんなもんだったのかな、と。

 これが「この料理はあのブタなんだよ」と聞かされていたなら、私は今頃、菜食主義者の先陣を切っていたでしょう。多分おそらく。しかしとても美味しく頂いてしまったことから、私は彼らに感謝することを覚えたのです。

 きっと人間なんてこんな単純なものだと思っています。いや私だけかもしれませんが。

 


 さて、ブタを食べる前の話です。親戚の家に来てまだ三日もたっていないような時の話。

 前述したように、そこでは蚊帳を張って眠っていたわけですが、子供三人と大人三人(親戚はご夫婦だったと思います)が横に並んで寝るには小さすぎたので、縦横になって眠っていました。四角、いや六角だったような気もしますが、蚊帳の中にそうしてどうにか収まっていたので、少し身じろぎするだけで防御に穴が開くわけです。そして虫たちが堂々と入ってくる。

 そう、夜は蚊帳の頂点にある明かりが点いたままだったと思います。それで虫たちがたむろしているのが目に見えていましたから、私は必死に中心によって眠ろうとするわけです。そうすると、怒られるんですね。暑い、と。それで定位置に押し出されるわけです。今考えると割とヒドイ話かもしれません、しかし、実際くっ付いているとこっちも参ってしまうくらい朝方に体が茹ってしまうので仕方ないのです。

 しかしその日は私も必死でした。顔ほどもある大きさの蚊がそこにいたからです。寝ろ、と言われても寝れませんでした。ムリだと、誰かとくっついていないと怖い、と。ところで兄と弟は遊び疲れてぐっすり寝ていました。ズルい、なんてその時感じたものです。

 結局ビビりな私の願いを母が聞き入れてくれて、その日は私が眠れるまで外で夜風にあたることになりました。そうなんと、なぜか、外に出されることになったのです。

 当然嫌がりました。

「嫌だ!!」

 と、この時の私の涙は口の中に入りました。いつもより塩辛かったのを覚えています。

 まぁ外の方が明かりがないので虫が集まってはいない、そういう話でした。そうするとなぜ明かりを点けたままだったのか疑問ですね。何か理由はあったと思います。


 ――そんなわけで、私は初めてフィリピンの星を見たのです。


 そう不思議なことに、それまで夜になればもう家の中にいて、空を見上げることがなかったんです。太陽とともに寝て、太陽とともに起きる。それもフィリピンのルーチンでした。

「はぁ」と吐息が漏れたのを覚えています。汗ばんだシャツが夜風に揺れて、ふと体を抱いた気がします。軒先に座ると、母がそんな私の隣に座り、星を指さして言いました。

「キレイだけど、なにがなにか分からないね」

 と。こうして書くとマヌケな話です。しかしその時の私にはそれがとても素敵だと思えた。それが一番の答えだと思った。

 鼻に香るのは土と豚小屋の匂い、背後には虫の音がする。でも不思議と静かです。

 いつの間にか私は母の膝に寝転んでいて、母の顔越しに星を見ていた。ああ、星と一緒に、母の顔が落ちてきそうだ、そう感じて、ふと手を伸ばしたんです。持ってあげないと、って。

 母は私の手をとって、まどろむ私の額にキスをしました。おやすみ、と。いつものことです。でもあの時はそれが、とても特別なことに思えた。

 これが私の神秘体験です。





さて、次は朝逃げの話と、山で暮らした三か月の話をします。今まで割と都会にいた少年がド田舎で過ごした一冬と、熊を食ったり、野焼きしたり、そしてヤクザと触れ合ったりの話です。

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