第12話 騎士

「住民の避難確認! 終了次第、すみやかに退避する!」


 絶望からいち早く立ち直ったのは、やはり王国騎士団街道警備隊長ガラムだった。だがその指示は建設的とは言いがたい。全員退避とはつまり、この宿場町を放棄することにほかならないのだ。


 指示を受けた騎士たちは、素早く周囲に散る。建物の内部に入り、あるいは細い路地に飛び込み、逃げ遅れた人の有無を確認する。ニーズヘッグは頭部を繰り返し建物に叩きつけ、瓦礫に変えていく。じきにこの場所までやって来るだろう。


「お前らはアレの魔力をもらっとけ。事情は知らんが必要になるだろ?」


 ガラムが壁に突っ込んだままの蛇の頭部を顎で指しながら言った。あれだけ強力な魔物だ。魔力の量も膨大なことだろう。この先の冒険に役立つことは間違いない。さらにガラムは「大丈夫だろうが、注意しろよ」と背中を押す。


「いや、でも……」


 アレを倒したのはガラムだ。横取りをしてしまうようなものだろう。しかしタンゴに支えられて立つコルトが、そんなタンゴを促した。


「パーティ以外の集団戦の場合、魔力吸収は後衛優先になるのが暗黙のルールなの。そうしないとアタッカーばかり有利になっちゃうでしょ?」

「後衛って、俺なにもしてないよ」

「いいえ、あなたは十分役だったわ」

「ああ、あいつを倒せたのはお前の手柄だ」


 コルトの言葉にガラムも同意する。そこまで言われればそうなのだろう。二匹のニーズヘッグもこちらに近づいている。あまり躊躇している時間もない。タンゴは意を決して、ニーズヘッグの生首に向き直った。

 

 コルトを支えたまま、動かなくなった首に近づく。コルトを見ると、黙って頷く。それからそっと背中を押す。前回のことを思い出しながら、その表面に右手を当てる。


 ドクンっ!!!


 心臓が一度、大きく脈打つ。魔力を意識するまでもなく、右手が燃えるように熱くなる。何かが喉につかえたような息苦しさ。内臓を押しつぶすような圧力に、一瞬意識が飛びかける。やがて胸の中心に向かい、熱は収束する。軽いめまい。その後、全身を駆け巡るように熱が広がった。大きな魔力が体に流れ込んだことが、理屈ではなく感覚で理解できた。


 続いてコルトが目を閉じて、蛇の首に手を当てた。一瞬だけ眉根を寄せた後、パチリと目を開いてタンゴを見つめ、小さく微笑む。きっと無事に魔力を吸収したのだろう。ガラムの方を振り返ると、仁王立ちのまま親指を立ててみせる。昔、一緒にいた頃と同じ仕草だった。


 それからしばし。轟音は何度も繰り返され、地響きは徐々に勢いを増す。二匹の巨蛇は、建物を廃墟に変え、街道に半分ほどその姿を現している。

やがて散っていた騎士たちが、再びガラムの前に集結した。


「避難状況は!?」

「右手の建物に負傷者多数。重傷者も多く、退避できません!」

「街道裏の路地に子供数人、現在ディーンが誘導中!」

「右手路地の食堂に住民二名。母屋に年老いた母親がいるため避難拒否っ!」

「路地の建物に複数の人の気配あり。閉じこもり呼びかけにも応答しません!」


 ガラムの問いに騎士たちが絶望的な応えを返す。

 ガラムは小さく頷く。

 そして胸を張り、剣を掲げると、言った。


「総員戦闘準備!」


 騎士団の全員が、同様に剣を掲げる。


「命令はひとつだけだ」


 そして騎士団の面々をぐるりと見渡す。


「死んでも通すな!」


 タンゴはただその姿を見つめた。コルトもまた黙ったまま、タンゴの隣に立っている。一匹で小隊を壊滅寸前まで追いやった強敵が、さらに二匹。勝てるはずがない。それでも彼らはここに立ち、守ることを選んだのだ。


 いや、あれだけ強い騎士団だ。何か奥の手があるのかも知れない。そんなタンゴの希望的観測は、次の言葉であっさりと打ち砕かれる。

 

「せっかく会えたがお別れだ。元気でな」


 ガラムはちらりとタンゴを見やると、言った。昔のままの声音だった。御前試合での賭けに誘ってきたときのような、食堂で嫌いな野菜をタンゴに押し付けてきたときのような、どこか照れたような、少しバツが悪そうな声だった。


「俺も残ります!」

「ならん」


 咄嗟に口から出たタンゴの決意は、即座に却下される。


「守ることが騎士団の務め。お前ら国民が傷つくことは、死よりもつらい騎士の恥だ」

「でも……」

「話してる時間はない! お嬢さん、このバカ連れて退避を!」


 コルトがタンゴの腕を掴む。その指にぐっと力がこもった。彼女も悩んでいるのだ。だがやがて、その手は北の方向、ニーズヘッグから逃れる方面にタンゴを引っ張った。

 

「行こうタンゴ。きっと足手まといになる」


 悲痛な表情で言うコルト。それから騎士団の方を向くと、杖を大きく振った。力強い紫色の光が騎士たちを包む。ガクリと膝が崩れそうになりながら、それでも気丈に立ち続ける。そして騎士たちに、小さく頭を下げる。


「ご武運を」

「嬢ちゃん、あんたも限界だろうに。ありがとうな」


 ガラムはコルトに微笑むと、巨蛇に向き直り剣を構えた。その後姿を目に焼き付けるように見つめるタンゴ。思いを断ち切るように、コルトが強く腕を引く。歯を食いしばり、拳を握りしめ、うつむいたまま。何か言葉を、だが何が言えるだろう。


 轟音が近づく。胴を引きずる不気味な音が響く。コルトに強く腕を引かれ、タンゴはようやく後ろを向いた。そしてふらつくコルトを支えながら、街道を北に向かって歩き始めた。


 やがて後方から、騎士たちの裂帛の気合が聞こえた。その声は、いつまでもタンゴの耳に残った。

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