第8話 方針

「見えてるって、なにが?」

「今の吹き矢。それにさっきのコッカー」

「いや、それはその……」

「高速で動く“モノ”を二度も止めたんだよ!? まぐれじゃないんでしょ!?」


 コルトの責めるような口調に気圧され、つい言い訳がましくなるタンゴ。何か悪いことでもしてしまったのだろうか。考えてみても、何も思いつかない。


「目で追って、到達点というか、行き先というか、そのへんを……」

「つまり! 見えてるんでしょ!」

「うん、まあ」


 昔から、といっても記憶にある4年前からだが、タンゴは目がよかった。港の仕事でも、次々に放り投げられる木箱に書かれた識別番号を簡単に読み取って書類に書き込むことで、最初は驚かれたものだった。集中さえしていれば飛ぶ鳥の羽の動きや虫を捕らえるトカゲの舌さえも、タンゴはまるで静止画のように、しっかりと目で捉えることができた。慣れれば誰でもできるものだと思っていたが、そうでもないのだろうか。

 コルトは目を見開いている。それからしばしの沈黙。ますます不安になるタンゴの目を見つめる。それから突然、弾けるような笑顔になった。


「すごいよ! それすごい才能だよ!」

「はい?」


 コルトのめまぐるしい表情の変化についていけないタンゴ。いったいなにが言いたいのだろうか。


「さっき“ほとんどすべての基礎能力”は魔力で強化できるって言ったよね?」

「うん、言ってた」

「ほとんどってことは例外もある。そのひとつが“動体視力”なの。魔力で筋力を強くすることはできるけど、緩急があって動くものにピントを合わせることはサポートできない。速ければいいってものでもないからね」


 なんとなく理屈はわかる。筋力強化で素早くすることはできても、動きに合わせて自動で追尾することまではできない。タンゴはいまだ自分の視力がそれほどのものだとは思わないが、コルトの驚きぶりを見るに少しは喜んでよいことなのだと思い始める。


「だってほかの力は魔力で強化できるんだよ。たしかにこれからたくさん魔力を集めなきゃだけど、普通に訓練するよりずっと早いの。それでほかの人にはない動体視力があれば、それはすごいアドバンテージじゃない?」


 そこまで言われて、ようやく事態を飲み込みはじめる。これでこれから修業を詰めば、強い剣士になれるのだろうか。


「なれるなれる! すごい剣士になれるよ、きっと。協力するからね!」


 テンションの上がったコルトの話は少し要領を得なかったが、まとめるとこういうことのようだ。つまり、ひとつ突出した才能があれば、その部分を魔力で補う必要がない。そのため、魔力を他の能力アップに割けるため、成長はハイペースになる。そうするとさらに強力な魔物を多数討伐できるため、やがて加速度的に成長速度は上がる。

 しかも動体視力という能力が高いタンゴの場合は“攻撃を喰らわずにすべて避ける”という前提のもと、耐久力を上げずにその分もほかに回せるとのこと。先ほど言っていた“能力の振り分け”が格段にやりやすくなったというわけだ。


「って言っても、耐久力がないのも怖いんだけど」

「いいじゃない、全部避ければ」

「でももし喰らったら一撃死でしょ?」

「まあいざって時は私の魔法で補助してあげられるし」

 

 左頬にエクボを作って微笑むコルト。たしかにさっきの戦闘を見るに、頼りになることは間違いなさそうだ。緊迫した戦闘中も、常にタンゴのことを気にかけていた。


「さっきのコッカーね。直進だけで予備動作も大きいから雑魚扱いだけど、スピードだけならあらゆる魔物でも上位なのよね」

「そうなの?」

「もちろんさらに上だっているけど、初見であれを見切れるなら、たぶん大丈夫」


 たしかに急な動きでも、なんとか目で追うことができた。しっかり集中さえしていれば、あれより多少速い敵が居ても、見えもしないということはないだろう。


「というわけで耐久力は無視! 発現魔法も後回し! とりあえず動作速度を上げましょう。見えても避けられなきゃ意味ないし。いまの攻撃速度も激遅だし」


 さらりと傷つくことを言ってタンゴの目の前まで足を進めるコルト。ちなみにいまだ足元で伸びている男たちに対しては、すっかり興味を失ったようだ。


「わかりやすいところからいきましょう。いい? ここにあるタンゴの魔力」


 言うと鎧の上からタンゴの胸の中心に手のひらを当てるコルト。少しドキッとする。


「右手を握って、力を入れて」


 言われた通り、拳を握る。


「イメージして、剣を抜く動作、剣を振る動作。上から下、下から上。腕を動かす筋肉と関節」


 言いながらコルトの手のひらが胸の中心から腕の方へ動く。ゆっくりと。


「イメージした腕の動き。そこへ魔力が広がる。動きはスムーズに、速く、軽く。腕に魔力が宿る」


 コルトの手の動きに合わせて、胸のなかの温かい塊も移動する。やがて温かさは腕全体にぼんやりと広がり、そのまま消えていった。


「はい! これでスピードが上がったよ。剣、振ってみて」


タンゴは数歩さがって、言われた通りに剣を抜く。非常に微妙な差だが、たしかに剣が軽くなった気がする。続いて上段に構えた剣を振り下ろす。シッっと空気を切る音が聞こえた。


「まあ、コッカー一匹の魔力だから、あんまりわからないだろうけど。たしかに上がったはずよ。あとはこれの繰り返し。あと今のはサービスだから、次からは自分でやってね」


 乙女なんだから、とブツブツ言うコルトを無視して、さらに何度か剣を振る。自分だからわかる。何度も繰り返してきた素振りだ。確実に速度が上がっている。

“強くなる”ということが、これほど強く実感できたのははじめてだ。タンゴは胸の奥からふつふつと湧き上がる喜びを感じていた。


 こうなると早く次の魔力が欲しくなる。成長への欲求というやつだ。そういえばさっき“魔力は人からも受け継げる”と言っていたような……

 なんとなく地面に倒れる御者の死体に目を走らせるタンゴ。その動きを見たコルトが少し厳かに、静かに言う。


「魔力を持った人や魔物が死ぬと、しばらく体内に魔力が残るの。吸収できるのは、この間だけ。時間が経つと魔力は地面に吸い込まれて、それから大地を流れる龍脈に吸収される」

「うん?」

「たぶんそれは自然なこと。死んで、星に帰ることね。強制はしないけど、私は敵対していなかった人から許可なく魔力をもらうのは、あんまりおすすめはしないかな」


 昨晩出会ったばかりだが、真面目だったり、ふざけていたりであまり心の内を見せないコルト。何か隠し事をしていることも間違いないだろう。だが今の言葉にだけは、コルトの本質がにじみ出ていた気がする。

 タンゴは静かに微笑み、肯定の意味を込めて軽く頷く。

 たぶん、それだけで伝わったはずだ。


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