第7話 見えているの?

 二人は街道に戻って食事を取ることにする。タンゴは朝に昨日のフィッシュサンド(おまけに揚げたポテトがたっぷり入っていた)を食べて以来、何も口にしていない。徒歩で数刻の旅と戦闘をこなし、確かに腹ペコだった。

 だがタンゴは昼飯の準備など何も考えていなかった。悩んでいるとコルトが背嚢から紙包みを取り出す。二人分をしっかりと準備してくれているようだ。いまさらながらに、冒険の基本も知らない自分の無知を思う。


 燻製の鶏肉と少し苦味のある野菜を挟んだサンドイッチは、コルトの手作りとのこと。なかなか家庭的な一面もあるようだ。鶏肉と聞いてタンゴは先ほどのバトルを思い出したが、食べてみるとビネガードレッシングの酸味と香辛料の香りが絶妙だ。聞けば香辛料は、冒険者には欠かせないアイテムだという。

 

 街道脇の岩に腰掛けて食事を取る間、そして食後に街道を行く間も、コルトのレクチャーは続いた。メインはやはり魔力の使い方についてだ。


 胸の中心で自分のモノにした魔力を、今度は必要な場所に送り出す。筋肉や関節に送って基礎能力の底上げ、あるいは体全体に薄く纏わせて耐久力上昇というのが最も初歩的な使い方らしい。逆に先ほどコルトがやってみせたような物理法則への干渉、そして魔力と聞いて思い浮かぶ魔法の発現には、もう少し複雑な手続きが必要なのだという。


「腕力、脚力、握力、瞬発力、持久力、それに視力や聴力まで。ほとんどすべての基礎能力は魔力で底上げできるのね。でも、そうやって色々使える魔力をどう割り振っていくかっていうのが、悩みどころなのよね」

「割り振り?」

「だってそうでしょ? 力も必要だけど速さがないと当たらない。耐久力も欲しいけど、魔法だって大切。で、全部にバランスよくって思うと、全部が中途半端」

「じゃあたくさん魔物を倒して、たくさん魔力を奪えばいいってこと? そういえば魔力に容量とかあるの?」

「うん良い質問。魔物をたくさん倒して魔力をいっぱい集めれば強くなる、それはその通りね」

「魔物を倒す経験値みたいなものか」

「そう。魔物と戦えば剣技や立ち回りなんかの基礎技術も上達して、かつ魔力も増える。そうすることで“強さ”が上がるってわけね」

「で、魔力の容量は?」

「容量、というか一度に吸収できる量は人それぞれ、才能みたいなものね。ただ全体量は、ちょっとずつ魔力を蓄積することで増やすことができるわ」


 コルトはなぜか機嫌良さそうに、杖を振り回しながら話す。周りに人がいたら危ないが、いま視界に入るのは、少し前方にいる隊商の一隊だけだ。


「ちなみに伝記や冒険譚なんかにある“レベル”って概念は、その魔力の全体量のことだと思うわ、私は」

「あるね、レベル。そういうことだったのか」

「ただね、魔物を倒すだけが魔力を得る方法じゃないの。遺伝もあるし、魔法具に貯められていることもある。もっといえば特定の場所から湧いていることだってあるし」

「湧いているって?」


 また少し複雑な話なんだけど、と前置きしてコルトは続ける。


「大地には龍脈っていう魔力の流れがあって、それが時々地上に溢れ出すのね。龍穴っていうんだけど。そこにいけば一気に魔力を得ることができるの」

「よし行こう。すぐ行こう」


 そんな便利な場所があるなら、一気に強くなれる。タンゴの思いももっともだ。だが、コルトの返事は歯切れが悪い。


「うーん……ほとんどの場合は龍穴は聖地になっていて誰でも入れるわけじゃないんだけよね」

「あ、聖騎士教会か。叙勲式がある」

「そう、あそこも龍穴のひとつ。国の騎士に認定されたらそこで魔力を得て、強い力をもらえるってわけね」

「やっぱり騎士にならなきゃダメなのか……」

「騎士認定はそれまでに猛烈な訓練があるものね」

「はぁ……近道はないのね」

「それに野にある龍穴もたいていは危険な場所にあるわね。そうでなければすぐに国の管理下に置かれちゃうから。そこに行けるくらい強くなるために、やっぱり訓練が必要ってわけ。ちなみに魔物も魔力を得られるわけだから、龍穴近辺の魔物はとうぜん強敵ばっかり」

「わかったよ。横着すんなってことでしょ」

「まあ龍泉っていって、突然不規則に龍脈から魔力が吹き出すこともあるにはあるけどね。そっちはもう富クジが当たるような確率」


 タンゴは富クジなんて買ったこともないが、それが途方もない確率であることはわかる。だが、クジに当たる人がいるのと同様、ある日突然、伝説級の莫大な魔力を得る人もいるということなのだろうか。だがそんな疑問も、あっさりとコルトが否定する。


「さっきも言ったけど、一度に得られる魔力には限界があるの」

「じゃあ龍穴に行けば一度で限界まで実力アップ!ってわけでもないのか」

「そんなことしたら体がついていけなくて破裂しちゃうわよ。吸収できるのは、体が耐えられる量だけ。自己防衛のリミッターってわけね。それでも魔物に換算したら数百匹分くらいはあるでしょうけど」


 強さに近道なし。タンゴは「やっぱり先は長いな」とうそぶきつつ、少し気にかかった疑問を口にする。


「でもさ、その龍穴で――」


―――!!!

 

 言いかけたタンゴの言葉を、地を揺るがす轟音が掻き消した。

 腹に響く音、地を伝う振動。

 咄嗟に頭を低くし、音のした方を窺う。見れば前を行く隊商の荷馬車から、黒煙がもうもうと上がっている。まだ耳鳴りの残る鼓膜に、少し遅れて悲鳴や怒号が届く。走れば3~4呼吸で届く距離だ。


「戦闘。複数」


 コルトが鋭い目で前方を見つめたまま短く言う。タンゴの頭をよぎったのは、噂の旅客強盗だ。ここまでド派手にやるとは思ってなかったが。


「強盗かな」

「わからない。けど気づかれてる」


 そういうとコルトは空中に絵を描くように杖の柄を振った。空間が少し揺れたような気がする。だが何も起こらない。


「逃げ切れない。戦うわ。構えて。でも動かないで」


 静かに抑えた口調に、余計に切迫した雰囲気が漂う。タンゴは急いで剣を抜き、正眼に構える。息を飲み前方を見つめる。鼓動が早くなる。眼の奥にわずかな痛み。

 突然、前方の煙の中から、炎の矢が飛び出した。斜め上方にゆっくりと上がり一度速度を落とすと、急加速してこちらに向かってくる。回避は間に合うか、いや避けた後にあの爆発があるのなら、すでに手遅れか――


 だが、炎の矢は空中の見えない壁にぶつかり、一度小さな爆発を起こすと、そのまま消滅した。何が起こっているのか、まるでわからない。

 続いてコルトの足元から放射状に青い光が広がる。蜘蛛の巣のようなそれは、瞬く間に街道一帯に広がる。そしてその先端が荷馬車に届いた時、小さな悲鳴があがった。


「前進。注意して」


 低い姿勢のまま駆け出すコルト。タンゴも慌てて後を追う。


 荷馬車を回りこむとそこには8人の男が倒れていた。商人風の恰幅の良い男、護衛らしい剣士風の男が4人、覆面で顔を覆った2人。御者と思しき男と弓を担いだひとりは半身が黒く焦げ息がないことは明らかだが、残りの6人は気を失っているだけのようだ。

 タンゴは荷馬車の幌を上げて中を覗く。麦が詰まった籠と密閉された木箱がそれぞれ10個ほど。人が隠れる隙はなさそうだ。念のため荷馬車の下も覗くが、ここにも誰もいない。どうやら登場人物はこれですべてのようだ。


「そっちの4人をお願い」


 コルトは荷車の手綱をナイフで切り取り、覆面の二人の手足を手際よく拘束している。タンゴは商人と剣士を縛れということなのだろう。


「でもこっちは被害者じゃないの?」

「それは話してから判断するわ」


 商人風の男の脇には、綺羅びやかな装飾が付いた短剣が落ちていた。タンゴはそれを拾い上げると、コルトを真似て荷台のロープを適当な長さに切る。次いでそのロープでまずは剣士風の男の手を後ろに縛り、両足を揃えてそちらもきつく縛る。それから商人の手足を縛りあげる。


 ひと仕事終えてコルトを見ると、男たちの覆面を躊躇なく取っているところだった。覆面の下から表れた顔にもちろん見覚えはないが、その雰囲気になんとなく違和感を覚える。コルトも同様なのだろう。二人の男の間に座り込み、その顔を覗きこんでいる。タンゴもなんとなくコルトに近づき、二人の顔を眺める。コルトは難しい顔つきで何やら考えこんでいるようだ。

 だからタンゴが縛り上げた剣士が素早く頭を上げたことに気づいたのは、タンゴの方が先だった。縛られたまま頭を上げ、さっと周囲を見渡すと、頬を膨らませて――


「!!!」


 タンゴの声なき叫びにコルトが振り返るのと、男が口の中に隠した短筒から小さな矢が飛び出すのは同時だった。おそらく毒矢だろう。矢は一直線に、振り向いたコルトの右目に向かっている。回避は――間に合わない! 魔法も、今度は発動しない。タンゴは瞬時に判断し、夢中で矢の進行線上に拾った短剣を突き出した。


 キンッと高い音がして、弾かれた矢が地面に落ちる。ほぼ同時に立ち上がったコルトから青い光が伸びて縛られた剣士に向かう。一瞬光りに包まれた剣士はビクンと体を痙攣させると、再び気を失った。タンゴは素早く荷馬車の幌を破り、剣士に猿轡をかませた。


 無言のまま一連の作業が終わる。まだ油断なく剣士を視界にとらえたままコルトを見ると、彼女は怪訝そうな表情でタンゴを見つめていた。

それから小さく息を吐いた後、真面目な調子でタンゴに問う。


「ねえタンゴ、あなたひょっとして見えてるの?」



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