第6話 魔力

 とりあえず、と話しはじめるコルトの言葉を、草むらに正座して聞くタンゴ。よくわからないが若干説教のニュアンスがあるため、さしあたってはおとなしく聞いておくのが無難だろう。それに面倒ではあるものの、自分にとって有益な情報であることは間違いないのだ。


「まず、さっきの質問の答え。騎士と戦士、魔物と動物の違いは、どっちも魔力ね」

「魔力? 魔法使いの?」

「まあ、そうね。有能な戦士が叙勲で魔力を授与されて騎士になるの。あるいは野生動物が魔力を得て魔物になることもあるわ」

「じゃあ魔法が使えるってこと?」


 率直な疑問をぶつけるタンゴ。コルトは少し焦れったそうに、しかし我慢強く説明を続ける。


「魔力っていう名前がわかりにくいわね。生命力とでもいえばいいかな」

「うん、余計わからない」


 コルトは少し目を閉じて、それからひとつ頷く。


「そうね、まずは体験してみようか。そこのコッカーの体に右手を当ててみて」


 そういうと足元に横たわるオスコッカーの死体を目で指し示す。死体に触れるというのはあまり気持ちのよいものではないが、とりあえずいわれた通りにするタンゴ。

 コッカーの体はまだ少し温かく、しかし急激に温度が失われつつある。


「どう?」

「どうって、まあ、普通に死体だな」

「温かさは感じる?」

「少しだけ。だんだん冷たくなってる気がする」

「もっと奥。血管の奥、内臓の奥、細胞の奥。別の温かさがあるはず。探して、見つけて」


 曖昧な助言に戸惑うが、いまとても大切なことを教えられている気がする。言われたままに手のひらに集中し、温もりの気配を探る。

 と、その時。

失われつつある体温とは異質の、冷たいような、温かいような、不思議な感触がタンゴの手に伝わった。


「あれ? なんだろう、冷たくて温かいみたいな……」

「そう、それを意識して。その塊が手のひらから入ってくる。ゆーっくりと」


 意識を向ける。温かい塊が手のひらに触れ、タンゴの体の中へ流れる。


「息を吸うと腕の中を上る。ゆっくり。手首から肘の方へ。息を吐くとその場に止まって、塊は凝縮される。綿みたいなふわふわから、少しずつ小さく、固く」


 コルトの声は心地よい催眠術のように、じわりとタンゴの心に染み入る。


「肘を通り抜けて肩の方へ、息を吐くとその場でギュッと小さくなる。ゆっくり吸って上に、ゆっくり吐いて小さく……」


イメージとして人間の頭部ほどあった形のない塊は、呼気とともに凝縮されることで、いまや握り拳ほどのサイズになっている。肩から胸へ。じんわり温かい塊が体を通る。


「肩を抜けたら胸の中心に。両方の乳首の真ん中くらい。そこまで行ったらとどまって、もっと小さくなる。ゆっくり息を吐いて。肺の空気を出し切るくらい、ゆっくり」


 タンゴの胸の中心で爪ほどのサイズになった塊。しかしぼんやりと心地よいような温かみが、胸から体へ広がっている。


「よし、オーケー! 魔力が上がったわ」

「え?」


 急にテンションが変わるコルト。しかし魔力が上がったといわれても、タンゴにはなんの実感もない。


「胸の中心、そこが魔力の変換場所。コッカーから奪った魔力が、タンゴの魔力になったの。たった今ね。あと乳首とか言っちゃった、乙女なのに。忘れて」


 コルトのどうでもいいコメントを無視しつつ、胸の中心に意識を向ける。魔力、といわれてもピンと来ないが、そこに何か温かい塊があることは感じられた。


「これで魔法が使えるの? 俺も」

「まあ、そうなんだけど、もうちょっと複雑なのよね。それじゃステップ2」


 そういうと杖を振ってまた座るように指示する。今度も素直に草の上に座るタンゴ。


「ここからはちょっと難しいからね。しっかり聞いて」

「はい」

「さて、魔力は無事にタンゴのものになりました。でもいまはまだ持っているだけ。使わないと無意味」

「使う、っていうと魔法? 爆発とか、回復とか?」

「それもあるけど、それだけじゃないの」


 なかなか話が進まないが、コルトももったいぶっているのではなく、どこから話すか迷っているようだ。


「たとえば伝説の騎士が、岩でできたゴーレムをまっぷたつ!」


 と、大袈裟に杖を縦に振る。


「なんてさ、どれだけ体を鍛えればできるのよ?」

「難しいから伝説なんじゃないの?」

「それでも人間の身体能力を越えてるでしょ。ドラゴンとやりあうとか、剣で城門を叩き切るとか」

「確かにありえないとは思うよ、伝説には尾鰭がつくからね」

「でも実際に居たとしたら? そんな達人が」

「……訓練? じゃ無理があるよな」

「そう、そこで魔力です。思い出して、さっきのコッカーの突進」


 いわれてタンゴは先ほどの戦いを思い出す。コッカーというのがどの程度のレベルの魔物かわからないが、あの急加速は確かに筋力だけでできるようなものではないだろう。


「あれはビビった。すごいスピードだった」

「でしょ? たまたま剣にぶつかったからよかったけど、そうじゃなかったらタンゴ今頃オカマになってたかもね」

「笑いごとじゃないって! 先に教えてくれよ、あんな強いなら。“練習にちょうどいい”とか言ってたじゃない」

「それはゴメン。知ってると思ったのよね」

「知ってても難しいわ」

「うーん、実はね。コッカーは頭を下げてターゲットを決めたら、そこから直進しかできないの。予備動作も大きいから、左右どっちかに一歩動けばかわせるんだよね。サクッと。突進後の隙も大きいから、農夫さんでも自分たちで駆除してるくらいなの」


 言ってコルトは、上目遣いにタンゴを見る。ちょっと気を使うような仕草に、タンゴは余計にがっくり項垂れる。あんなに苦労して倒した魔物が、農民が狩れるほどの弱小だったとは。自分が弱いのは認めているが、ここまでだとちょっと今後のスケジュールも考えなおさなくてはならいだろう。

 

「はーぁ。先は長いな」

「はい、そんなアナタにスペシャルチャンス!」

「いいよ、無理に慰めなくても」

「まあまあ落ち込まないで。ここでさっきの魔力の話が登場するわけです」


 コルトは軽やかに岩から降り立つ。杖をくるりと回して肩に乗せ、腰をかがめて膝をぎゅっと縮めると――タンゴの視界の外へと消えた。


「え?」

「ね?」


 タンゴの驚きは、真後ろから発せられたコルトの声に重なる。


「これが魔力。さっきのコッカーのね」

「どういうこと?」

「足の筋力の増強、地面の反発力の増幅、進行方向の空気抵抗の軽減。コッカーは羽の揚力にも干渉してるかもね」

「魔力の……応用?」

「いいえ、こっちが初歩。で、さっきのもろもろの質問ぜんぶの答えね。魔力は魔法だけじゃなく、筋力を増幅させたり、物理法則に干渉したりもできるの。騎士が強いのも、魔物が恐いのも、この魔力のおかげってわけ。できることは多いから、それはおいおい説明してあげるね」

「覚えること多そうだなぁ」

「魔力の基本なんて5才児だって知ってると思うんだけどな。タンゴって本当は世間知らず?」

「まあ、記憶的には4才児だから、計算は合ってるけどさ」

「?」


 父が死に、タンゴも大怪我を負った事故は4年前、18歳の頃。

 それ以前の記憶は、タンゴにはない。



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